第48話 電子妖精
「ウホッ! 遅いゴリ」
「ゴリラ……この世界にもゴリラがいたんだ」
「タロウさん、この砂獣はゴリラって言うんですか。タロウさんのいた世界には、変わった生き物がいますね」
「そうだな。随分と逞しいが……」
「この人、ウォーターヴィレッジの酒場で働いていたジョージさんによく似てます」
「フラウ、その人は人間で、これは砂獣だから」
「失礼なゴリ! ゴリは砂獣ではなく、この移動都市『ゴリさんタウン』を管理する電子妖精『ゴリマッチョ』ゴリ」
扉を開けて中に入ると、移動都市の中心部は、謎のパイプ、配線、装置などが配置された空間であった。
砂獣や罠の気配すらなく、百メートルほど歩くと、そこには謎の金属でできた円筒形の台座が置かれており、その上に立体画像のように見えるゴリラが浮かんでいた。
彼?は、自分がこの移動要塞『ゴリさんタウン』を管理する電子妖精で、その名を『ゴリマッチョ』だと名乗った。
移動都市の名前とか、ゴリラが電子妖精である事実。
ゴリラ自身の名前など、色々とツッコミどころは多いけど、先に話を聞いた方がいいだろう。
「この移動都市は、もう動かないのか?」
「これまで苦労してゴリさんタウンを維持してきたゴリが、もうエネルギーの限界ゴリ。どうにかすでに死した仲間のところまで辿り着いたゴリが、ここで力尽きたゴリ。さらに、グレムリンに襲われたゴリ。でも、あなたたちに助けられて完全な活動停止は避けられたゴリ。でも、時間の問題ゴリね」
「時間の問題? エネルギー切れか?」
「オッサン、話が早くて助かるゴリ」
助けてもらった恩人に対し、オッサンって……。
事実だけど腹が立つな。
「エネルギーって、なにで動いているんですか? この移動都市は」
「水を利用した常温完全核融合ゴリね」
「初めて聞く言葉ですね」
ミュウは、ゴリマッチョの回答に首を傾げていた。
そりゃあ、魔法文明が主流のこの世界において、常温核融合は聞き慣れないよな。
「放射線とか出て危険じゃないのか?」
「大丈夫ゴリよ。『完全』常温核融合だから、放射線は出ないゴリ。少量の水で莫大なエネルギーを生み出すゴリ。もっとも、初期の頃は水を大量に消費したゴリ。水資源の極度の不足が起こり、このエネルギー効率に優れた新型完全常温核融合炉と、発生させたエネルギーを効率よく使うための管理システム、ゴリたち『電子妖精シリーズ』が開発されたゴリ」
「なるほどね」
どうしてこの世界が砂漠ばかりなのか理解できた。
古代文明は、水を用いた常温核融合により発展した文明だったのだ。
ところが、水をエネルギー源として使いすぎた。
そのため、海が極端に小さくなり、世界中で水が不足して砂漠化が進行。
古代文明は滅んでしまったわけだ。
そして、使いすぎた水はいまだに元に戻っていないと。
「水は大切にね」
「ゴリにそれを言われても困るゴリ」
「で、私たちは、君がじきに活動停止になる事実を理解して、ここを去ればいいのかな?」
「オッサン、そんなこと言わないで助けてくれゴリ。このままだと、じきにこの移動都市も死んでしまうゴリ。実は、もう動けるエネルギーがないゴリ」
ここに到着したところで力尽きたわけか。
「この都市の持ち主をオッサンたちにしてあげるゴリ。だから、助けてゴリ」
「タロウ様、このまま活動停止なんて、ゴリマッチョさんが可哀想です」
フラウは優しい子だな。
ゴリラの電子妖精に同情するんなんて。
しかもコイツ、何気に私をオッサン呼ばわりしているし。
「タロウさん、移動都市が手に入るのであれば、船よりも快適な生活を送れますよ」
「そうゴリ。この移動都市は、まだ大半の機能が生きているゴリ。エネルギーを回復させたら、自律メンテナンスモードが復活するから、完全に回復するゴリ」
「引き受けるのは吝かではないのだけど、必要な物は水だけか?」
それなら、この電子妖精が単独でなんとか確保できるような気がするんだよな。
完全常温核融合なんて、地球でもまだ開発されていない最新技術なので、これを復活させるのに必要な物がなんなのかわからなかった。
「そんなに難しい話ではないゴリ。完全常温核融合で使う触媒の材料が不足しているゴリ。水はもう少し大丈夫ゴリが、できれば予備タンクに欲しいゴリ」
触媒の原料が不足ねぇ……。
どんなものが必要なのか。
大学は文系だった私には、まったく見当がつかなかった。
「白金、パラジウム、硫黄が必要ゴリ」
「手に入るかな?」
早速『ネットショッピング』で検索してみるが、白金はアクセサリーで売られていた。
硫黄も普通に売られてる。
これが入った入浴剤もあるので、購入に許可が必要ということもなかった。
パラジウムは、パラジウムメッキの商品や、特殊活性炭でパラジウムがあるな。
「こんなのでいいのか?」
「原子があれば、あとはゴリが取り出して損耗した触媒を直すゴリ」
「じゃあ、これね」
私は、電子妖精が求める品を『ネットショッピング』で購入して渡した。
「これで活動停止を避けられるゴリ。ありがとうゴリ。オッサン」
「……」
この電子妖精、まだ私をオッサンと呼ぶが、悪意はないようだ。
本当にオッサンなので仕方ないというか、そんなに腹を立ててもなと思う……ことにしておいた。
「水も補充してほしいゴリ」
電子妖精から少し離れた場所に水のタンクが設置されており、中身を見るとほとんど水が入っていない状態であった。
「大部分の機能を停止していたから、補修と暫くの稼働は可能ゴリが、水の量が心許ないのは事実ゴリ」
水は簡単に手に入るので、ペットボトルのミネラルウォーターを大量に購入し、次々とタンクに補充していった。
数百リットルほどでタンクは満タンとなる。
「これでどのくらい稼動できるんだ?」
「これで十年は大丈夫ゴリよ」
「えらく効率的なんだな」
「古い装置だと、この量のタンクで数日しか保たなかったゴリよ。完全常温核融合は、放射線も出ず、空気も汚さない夢のクリーンエネルギーシステムという大義名分の下、海水が大量に摂取され、砂漠化が進行してしまったゴリ」
その後、慌てて効率のいい新型完全常温核融合炉が開発されたわけか。
開発した連中は滅んでしまったけど……。
「発生したエネルギーの大半が無駄になる問題もあったゴリが、ゴリたち電子妖精や最新型充電器などの活用で、水の使用量は大幅に減ったゴリ。オッサンたち、一旦外につけた船に戻ってくれゴリ。これから夜が明けるまでに、この移動都市を完全な状態まで回復させるゴリ。触媒の素材と水があれば、これからはほぼ永遠にこの移動都市が稼働できるゴリ」
「それはよかったな」
明日、この移動都市は完全に元通りになるのか。
私たちを一旦退去させるのは、そうしないと回復作業の邪魔になると判断したのであろう。
「素材だけ出させて逃げるのでは?」
ミュウは、電子妖精に対し疑惑の目を向けた。
彼女からすると、私をオッサン呼ばわりする電子妖精が信用ならないのであろう。
うん、きっとそうだ。
「ゴリ、疑われているゴリ?」
「ミュウ、それはないよ」
「タロウさんは、どうしてそう思うのですか?」
「電子妖精は、人間じゃないからなぁ……」
電子妖精は、移動都市を維持するために作られた人工生物みたいなものである。
彼に人間のような欲はなく、唯一あるのは移動都市を維持するという使命だけ。
ここで私たちを裏切って逃げても、また稼働停止の危機に追い込まれるだけだからだ。
「またグレムリンに襲撃されるかもしれない。私たちがいなければ、この部屋に続く扉はいつか破られるかもしれない。ここをグレムリンに破壊されたら、この移動都市も終わりだからさ」
「なるほど。逃げた方が不都合なのですか」
ミュウは、私の説明に納得してくれたようだ。
「もう一つ、ゴリは、オッサンにこの都市の主になってもらいたいゴリ。水はともかく、触媒の原料が手に入る者こそが、移動都市の主に相応しいゴリ。他の生きている移動都市も、触媒の素材を用意できる耳の長い人間たちが新しい主になっているところが多いゴリ」
「砂漠エルフのことだろうな。彼らは手先が器用で、技術力もあると聞く。移動都市の再建は無理だとしても、維持は可能なわけだ」
ララベルの言うとおりで、砂漠エルフは完全常温核融合に必要な触媒の素材についての知識と、入手方法があるのであろう。
逆に言うと、人間にはそれを得る方法がないから、移動都市の主はいないとされているわけだ。
「ゴリはあくまでも、この移動都市の管理者ゴリよ。ここで暮らす人間及びそれに類する知的生命体の主が必要ゴリ」
「それが私だと?」
「触媒の素材を用意できたゴリ。触媒がなければ、水はエネルギーにならないゴリ。エネルギーがなければ移動都市は死んでしまうゴリ」
「わかった。この移動都市の主になろう」
「これでゴリさんタウンも安心ゴリ」
「その名前を変えるつもりはないんですね。タロウ様の移動都市なのに……」
「そこは譲れないゴリ」
フラウからの、『その町の名前はどうなの? 管理者じゃなくて持ち主の名前を使った名前に改名しないの?』という指摘に対し、そこだけは譲れないと断言する電子妖精。
変なことに拘る電子妖精だが、移動都市が一つ手に入るメリットに比べたら、別にそのくらいはいいんじゃないかなと思う私であった。
「じゃあ、明日だな。自動修復のロボットでも動かすのか?」
「オッサン、この世界の人間じゃないゴリ? 古代文明の技術にも詳しいゴリ。この世界の耳の長い連中はともかく、人間ではまずいないゴリ」
「そうだ。私は、別の世界からこの世界に召喚されたんだ」
私は電子妖精に、自分がここに来た経緯を簡単に説明した。
「だから触媒で使う金属が理解できたゴリね」
白金と硫黄はミュウも知っていたが、さすがにパラジウムは知らなかったからな。
触媒の材料には、その他数十種類のレアメタルや希土類が必要だそうだが、使用量は少なく、これらは砂漠の砂から回収できるので問題ないそうだ。
「エネルギーの安定供給ができれば、この奥にあるナノマシン工房で生産されるナノマシンで移動都市は修繕され続けるゴリ」
「SFだなぁ……」
「毎日のちょっとした修繕やメンテなら人がいてもいいゴリが、ゴリさんタウンは八千六百年と百七十八日も無人状態で、省エネモードで砂漠をさ迷っていたゴリ。今回は本格的な修繕が必要ゴリね」
「わかった」
「タロウ殿、わかるのか?」
「大凡は。私のいた世界では、研究途上で実用までまだ時間がかかる進んだ技術でこの移動都市は動いているというわけだ。私にはチンプンカンプンなので、ゴリマッチョに任せるしかないのさ」
「一晩経てば、あとは細かい修繕とメンテだけで済むから、いちいち移動都市から出なくていいゴリよ」
「じゃあ、一旦出ようか?」
私たちは、移動都市の修繕を電子妖精ゴリマッチョに任せ、一旦移動都市に停泊させていた船に戻った。
そして翌日。
「タロウ様、この移動都市は綺麗ですね」
「王都の上級貴族街よりも綺麗で豪華な町ですよ」
「そうだな。あの電子妖精が本当に一晩で直してしまったのだな」
再び移動都市に上陸するが、そこは無人ながらも綺麗で洗練された街並みであった。
わずか一日で新しい建造物が増えたとかいうことはないのだが、壊れた部分が見事に修理され、まるで作り立てのような街並みが広がっていたのだ。
移動都市の中心部にある、あの大きな扉の奥に向かうと、そこには昨日と同じくゴリラの電子妖精が待っていた。
「オッサンたちはゴリさんタウンの町長だから、中心部にある屋敷に住むといいゴリ」
「あの屋敷か。随分と豪華だが」
「オッサンは、この町の主だから当然ゴリ」
「せっかくなのでありがたく」
結局、私の呼び方をオッサンで固定してしまったが、私がこの移動都市の主であることは認めているようだ。
オッサンって、この電子妖精的には敬意を表した呼び方なのであろうか?
「定期的に触媒の原料を提供すること。水を補給すること。水は汚くてもいいゴリ。どうせろ過するゴリ。それさえしてくれれば、ゴリがこの移動都市を維持するゴリ」
「わかった」
「あと、ゴリにもご褒美が欲しいゴリ」
「ご褒美?」
「当ててみるゴリ」
ゴリラのご褒美……。
私は『ネットショッピング』を開くと、即座にバナナを検索した。
ゴリラといえばバナナ。
非常に短絡的な思考で申し訳ないが、当たらずといえども遠からずだと思ったのだ。
「これ?」
「正解ゴリ! 欲しいゴリ!」
電子妖精って、食べ物を食べるんだな。
購入した有機無農薬栽培で、燻蒸処理をしていないオーガニックな高級バナナを渡すと、電子妖精は貪るようにバナナを食べていた。
「美味いゴリ! よくわかったゴリ!」
「タロウさん、よくわかりましたね」
「私がいた世界にもゴリラはいて、バナナが大好物みたいだから」
本当に大好物かどうか疑わしいところもあるが、電子妖精が喜んで食べているので問題はないだろう。
電子の妖精なのにものを食べる……深く考えない方がいいか。
「これ、もの凄く美味しいバナナゴリ。高級品ゴリね」
本当に高級なバナナだからな。
結構高かったし。
「毎日、五キロ分くらい欲しいゴリ」
「電子妖精なのに? そんなに食べ物がいるのか?」
「移動都市とゴリの本体である有機スーパーコンピューターを常に維持、修復するナノマシンの材料、炭素を含む有機化合物の補給ゴリ。休眠中はそんなに必要なかったゴリが、これからは決まった量が必要ゴリ。もしもに備えて、ある程度の在庫は必要ゴリ」
この移動都市は、ロボットの類ではなくナノマシンによる補修で維持されているのか。
その材料であるバナナ……バナナ?
「炭素が入っていればいいゴリが、ゴリにも味覚があって、バナナが一番いいゴリ」
ゴリラの電子妖精だから、製作者はあえてバナナ好きにしたのであろうか?
まあ、バナナくらいならいいけど。
「わかった」
「これで、一週間後にはゴリさんタウンも砂漠を航行できるゴリ。忙しくなるゴリ」
これからは、移動都市での移動となるのか。
小型船から中型船へ。
そして、巨大な移動都市か。
まるでゴージャスなわらしべ長者みたいだな。
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