第51話 移動都市生活と砂漠エルフ

「……朝か……」


「そうだな」


「ララベルは、目覚めがいいんだな」


「ハンターの癖だな。それにしても、朝起きると隣に夫がいる生活というのはいいものだ。その昔、兄から『お前と男性が一緒に寝る? 朝起きた男性がショックのあまり死ぬではないか』と言われていたが」


「それは思い出さない方がいいよ……」




 船での旅とは違い、移動都市での旅は電子妖精任せのため楽でよかった。

 電子妖精は製品名、通称みたいなもので、私から言わせるとAIのアバターみたいなものか。


 それぞれの個室の他に、私は専用の寝室を作り、そこでララベルとミュウと順番に一緒に寝ていた。

 奥さんが二人いるので、そこは平等に順番にというわけだ。

 明日はミュウと一緒に寝る予定だ。


 夫婦なのでそういうことをするが、しないで話をしたりゲームをして遊んだりすることもあって、それはそれで楽しい夫婦の時間を満喫できていた。

 ちなみに、昨日はちゃんと夫婦生活があったので、お互いに裸であった。


「船の時とは違って、このベッドは大きくていいな」


 勿論『ネットショッピング』で購入したものであり、最近イードルクが増え続けていたので、屋敷に置いたり、使えるものを多量に購入していた。

 この、五人は一緒に寝られそうなベッドも、某外国製の超高級ベッドだったりする。

 屋敷で使うものを数億イードルク分も無駄遣いしてみたが、考えてみたらスカルワームを駆除して得た分を考えると黒字なので、まったく問題はなかった。

 この移動都市の維持費も、思ったほどかからないというか、稼ぐ分に比べたらゼロに近かった。


「朝風呂に入ろうか?」


「それはいいな。これが一番の贅沢だと、砂漠の民であった私は思うのだ」


 二人で、屋敷の風呂場へと向かう。

 船旅では小さなバスタブに水を入れ、ミュウが魔法で温めてお湯にしたり、面倒な時は水浴びで済ますこともあったが、この屋敷には大浴場が完備されていた。

 完全常温核融合炉で発生したエネルギーで発電し、蓄電池に貯蔵、その電気でこの町は動いているというわけだ。

 移動都市の維持、修復を担当するナノマシンも、電気をエネルギー源に工場で作られていた。

 なぜかコンセントの規格と電圧が『ネットショッピング』で購入できる電器製品と同じなので、これらも購入している。

 ただ、移動都市内の温度や湿度はゴリマッチョが管理しているので、エアコンは必要がなかったのだけど。

 二人で巨大な浴槽に入るが、贅沢気分を味わえていいな。

 この世界において、巨大な浴槽に入る以上の贅沢はないのだから。


「あっ、おはようございます。タロウさん、ララベル様」


 とそこに、ミュウもやってきて浴槽に浸かり始めた。

 当然裸だが、彼女も私の妻なので問題はない。


「おはようございます、タロウ様、ララベル様、ミュウ様」


 さすがにフラウはどうかと思うのだけど、彼女はまだ十二歳……日本人の十二歳よりもはるかに成長しているけど、本人はともかくララベルもミュウもまったく気にしていないので、この世界ではそんなものなのかもしれない。


「タロウ様、今日はなにをする予定ですか?」


「実は、庭を作ろうかと思って」


「庭ですか?」


「オアシス風の庭をね」


 私たちが水源の枯れたオアシスを脱出した時、ララベルがこのまま枯れるのは可哀想だと、そこの木や植物を持ってきており、それを庭に移植してオアシス風の庭を作ろうというわけだ。


「私たちはオアシスの民。移動都市生活になっても、そういうものがあると心が落ち着きますね」


「だからだよ」


「私も手伝いますよ」


「私も」


 風呂から上がって朝食をとってから、私たちは空いている屋敷の庭に、ヤシの木や他の植物などを、配置をよく考えてから植えていった。

 私が地面に掘った穴に、ララベルは片手でヤシの木を植えていた。

 さすがは凄腕のハンターというか、高レベルなので力があるのであろう。

 ミュウとフラウは、他の草木や花を植えていた。


「こんなものかな?」


「あとは、オアシスの泉を再現した池に水を注ぎます」


 これは、使わずにポリタンクで保管していたオアシスの泉の水を入れていく。

 池に水を入れ終わると、これでオアシス風の庭園の完成である。


「いやあ、捨てた領地を思い出しますね」


「そうだな。あのまま残っていたら、今頃私たちは干からびて死んでいたと思う。いくらハンターとして強くても、水不足だけはどうにもならないのでな」


 ララベルに領地として与えられたあのオアシスは、もう完全に砂漠に呑まれただろうな。

 なにしろ、泉から水が湧かなくなってしまったのだから。

 この移動都市みたいに、水の蒸発を防ぐ透明なドームがあるわけでもないので、短期間で干からびてしまったはずだ。


「木や植物に水を与えないと」


 植えたヤシの木や植物に水をやり、これで今日の仕事は終わった。

 続けて散歩がてら町を見に行くが、当然多くの建物は無人で、農業地区もなにも植わっていない状態であった。

 人手がないので仕方がない。

 それに野菜などは、『ネットショッピング』で購入できるからな。

 農作業をするよりも、砂獣を倒して得たイードルクで購入した方が圧倒的に早いのだ。


「町長としては駄目なんだろうけど」


「とはいえ、いきなり余所者を入れられないだろう」


 乗っ取りや騒動でも起こされると困るからだ。

 あの王様の差し向けたスパイや暗殺者だったとしても困る。


「ゴリマッチョがちゃんと町を維持しているから、もしその時が来たとしたら対応すればいいさ。戻ろう」


 屋敷に戻ると、私は久しぶりにコーヒーを自分で淹れた。

 『ネットショッピング』で購入したコーヒー豆を一緒に購入したミルで挽き、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。

 この世界に召喚されてから、久々にノンビリした時間を過ごしているような気がする。


「コーヒーとは贅沢だな。王都のものよりも圧倒的にいい香りだ」


「輸入品で移動中に香りが飛んでしまうってのもありますからね。それでももの凄く高いですけど」


 ララベルによると、バート王国ではコーヒー豆は生産されていないそうだ。

 すべて輸入品なので、とてつもなく高価らしい。

 というか、バート王国って嗜好品の類がまったく生産されていないような気がする。


「今の王様のみではなく、前の王様からの方針ですよ。世界制覇のため、まずは食料の生産が最優先というわけです。でも、酒はかなり力を入れていますね。質ではなく量が最優先ですけど」


「娯楽のためか?」


「酒を飲ませておけば、平民の不満も少ないだろうと。そういうわけです」


「よくある手というか……タバコじゃないのか」


「タバコは葉っぱの栽培に手間がかかりすぎるそうで。これも高級品ですね」


 麻薬の類よりはマシなのであろうが。

 ただ、今の王様になったら酒の税金が上がったそうだけど。


「世界制覇ねぇ……その前に、自称自領であるこの南西部の掌握が先だろうに。ミュウ、砂糖は入れる?」


「少し入れてください」


 ララベルは、コーヒーそのものの味を味わいたいのでブラックを。

 ミュウは砂糖を少し。

 フラウにはまだブラックコーヒーは早かったようで、砂糖とミルク入りを作ってあげた。


「美味しいですね。これ」


「コーヒーなど何年ぶりかな」


「ララベル様ですらこれですからね。私なんて、今まで生きてきて三回しか飲んだことないですよ」


 となると、コーヒー豆も金稼ぎには使えるのか。

 これ以上、金稼ぎをしても意味はないけど。


「この付近の砂漠には、耳の長い人たちが稼働させている移動都市が最低でも十数個が彷徨っている状態ゴリ。他にオアシスもあるので、ここに手を突っ込むと薮蛇になると思ったのでは? ゴリ。ゴリは、砂糖とミルクをタップリでゴリ」


「いきなり現れたな」


 いつの間にか椅子に座っていたゴリマッチョは、ゴリラなのにコーヒーを所望していた。

 そんなものを飲んで大丈夫なのか?

 完全な生物ではないから問題ないのか。


「砂漠エルフねぇ……」


「男は世界一美しく、女は世界一醜いと称される種族ですね」


 まあ、この世界の基準だとな。

 男と女で同じような容姿なのに、男は美男子、女はドブス扱い。

 やっぱりこの世界は変だな。


「生きている移動都市同士は、顔を合わせやすいゴリ。このゴリさんタウンは八千年以上無人で省エネモードだったので、あまり他の移動都市と遭遇していないゴリが、これからは違うゴリ」


「砂漠エルフたちと接触するわけか。彼らは危険なのか?」


 遭遇したはいいが、いきなり攻められでもすると困るからだ。


「砂漠エルフは温厚ですよ。人間たちにオアシスを追われ、壊れた移動都市を稼働させて生活の拠点にせざるを得なかったのに、人間と普通に交易もしますから」


 砂漠エルフは技術力が高いそうで、移動都市内でほぼ自給自足が可能だそうだ。

 余った産品……特に魔法薬の製薬技術に優れているそうで、主にこれを輸出の目玉としていた。

 あとは、特別な製法で織った布も人間に人気だという。

 力がないハンターは、この布でできた服を防具の材料にするらしい。

 レザーアーマーよりも防御力は高いが、値段もかなり高いそうで、一流のハンターしか購入できないそうだが。


「移動都市の持ち主は砂漠エルフばかりで、遭遇した時には同胞なので挨拶をしたり、お互いに贈り物をしたり、交易もするとか」


「私たちもそうした方がいいのかな?」


「した方がいいと思いますよ」


「兄たちに比べれば、砂漠エルフたちの方が人間ができているはずだ。礼儀に則って挨拶し、ちゃんと贈り物をした方がいいと私も思う」


 エルフなのに人間が出来たってのも変な言い方だが、砂漠エルフは温厚で理性的な種族だというのが理解できた。

 ララベルに言わせると、自分の兄よりもよほど常識的だと思っているようだ。


「そうしたら、タロウ様がゴリさんタウンの町長だって認められますね」


 挨拶は人間関係の基本。

 ちゃんとして、同じ移動都市を住処とする仲間だと認めてもらった方がいいか。


「ゴリマッチョ、他の移動都市と行き合いそうなら教えてくれ」


「明日には行き合うゴリ。それを知らせに来たゴリ」


「そうなんだ、早いな」


 私たちと同じく、移動都市で生活を送る砂漠エルフという種族たち。

 男性は美しく、女性は醜い……私は同じく美しいと思うはずだけど……彼らと対面した時に備え、『ネットショッピング』で贈り物に相応しいものを探し始める私たちであった。


「バナナチップが欲しいゴリ。ゴリ、大好きゴリ」


「そうなんだ……(変なアバターだなぁ……)」


 なお、ゴリマッチョはさらにバナナチップを要求し、私はそんなものが好きなゴリラが地球にいたかなと思いながらも、業務用バナナチップ十キロをゴリマッチョに渡したのであった。

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