第87話 軍の本格始動

「ようし! 正面主力は砂獣の群れをできる限り引きつけろ! 倒すことばかりに集中するな! 少しずつなら下がってもいい! おっと、絶対に横の隊列を崩すなよ!」


「「「「「了解!」」」」」


「まだだ……もう少しだ……今だ! ドラを鳴らせ!」


「サンダー将軍、左軍と右軍が砂獣の群れを挟み込むことに成功しました!」


「ようし! 正面軍も全力で攻撃開始! 砂獣どもの後方は回り込まずに空けておけ。傷ついて逃げる砂獣は危ないからな。一旦こちらに背中を向けさせてから追撃で討ち取る。もっとも、そんなに逃げられはしないがな」


 王都からシップランドに引っ越してハンターをやっていたサンダー元少佐を引き抜き、ゴリさんタウンの軍の指揮を任せたのだが、実戦訓練代わりの砂獣の討伐で大きな成果を出していた。

 この世界の国や貴族の軍勢は、砂獣の集団を狩って訓練の代わりにすることが多い。

 練度も上がって収入も得られる一石二鳥の方法だったからだ。

 もっとも、このグレートデザートではここ数百年ほど大規模な戦争はなかったそうで、小規模の軍勢による小競り合いと砂賊退治くらいだそうだ。

 あとは、訓練と称して砂獣ばかり狩っているらしい。

 いつ攻めてくるかわからない、補給も心もとない敵軍よりも、油断すれば町を襲ってくる砂獣の群れの方が脅威であったからだ。


 サンダー元少佐はサンダー将軍(現在は少将)となり、砂獣狩りをしているアイシャの元手下たちに、彼がチェックしてスカウトした元王国軍兵や将校を編成して、早速実戦形式で砂獣の大群と戦っていた。


「強ぇな。砂獣の大群が溶ける溶ける。オレは軍勢の指揮なんてしたことないから、サンダー将軍は凄いと思えるぜ」


 アイシャの言うとおりであった。

 彼女の元手下たちは、ハンターとしてもそれなりに優れてはいた。

 だからこれまで多くの戦果を挙げてきたのだが、サンダー将軍が訓練と指揮を担当するとここまで強くなるとは。

 アイシャは元砂賊の頭領で手下たちはよく言うことを聞いていたが、軍勢の指揮という面では非効率だったのであろう。

 サンダー将軍が呼び寄せた者たちの分だけ人数は増えていたが、それを差し引いても効率的に砂獣を退治していた。

 まさに、砂獣の群れが溶けるなのだ。


「こりゃあ、プロに任せて正解だな」


「私も個人の武ではサンダー将軍に負けないが、軍勢を指揮する点においては足元にも及ばないな」


 あの王様、平民だという理由であんな逸材を退役させてしまうのだから、彼の考えている新しい国作りの前途は多難かもしれない。

 私は大いに得をしたけど。


「そうですね。もっとも私やララベル様の指揮だと、兵のやる気が削がれるかもしれません」


「そんなことはないんじゃないの?」


 ミュウは、兵たちも自分たちのようなブスに指揮されたくないだろうと言いたいようだが、軍においてそんなことは関係ないと思う。

 いくらイケメン、美人の指揮官でも、無能なら兵たちは戦死してしまうのだから。


「大族長の言うとおりです。兵は優秀な指揮官を望むのです。優秀な指揮官とは、一人でも兵の損失を抑えることなのですから」


 予定どおり砂獣の群れを殲滅し終わったサンダー将軍は、戦闘後の処理を部下たちに任せ、私たちの乗る砂流船に報告にやってきた。


「一人でも兵の損失を減らす? 勝つのではなくですか?」


 フラウは、『軍人は勝つのが一番大切なのでは?』という疑問を私にぶつけてきた。


「たとえ一勝できても、そこで大きな損失を出してしまえば次に負ける確率が上がる。負けても犠牲が少なければ次で挽回しやすい。最後に勝つのは後者である可能性が高いのさ」


 戦争は一発勝負で終わることは少なく、長期戦に移行することも珍しくないので、兵力の温存は非常に大切なことであった。

 ましてやうちは、人口が少ないので回復力が皆無に等しい。

 犠牲を極力出さないようにしなければ。


「時間と金をかけて訓練した兵が次々と討ち死にしてしまったら、うちなんて特に補充のあてもないのでね」


 サンダー将軍は自分のツテを利用し、元部下である下士官や兵たちを家族ごとゴリさんタウンに呼び寄せ、アイシャの手下たちの中で見どころがありそうな者たちと合わせて訓練と教育を始めていた。

 とはいえ、兵数は以前とそんなに変わっていない。

 結局のところ、シップランドと同じく専業の将校や兵士はほとんどいない状態であった。

 編成した軍勢で砂獣の群れを狩らせているのは、ハンターと軍人兼業という、半ば苦肉の策であったのだ。


「大族長、ようやく少し動くようになりましたよ」


「オレが手下たちを指揮していた頃よりも、砂獣の討伐スピードが凄いけどな。結局元砂賊なんて、プロの軍人に比べればなぁ……って思うよ」


「アイシャ様、それはバート王国軍を過大評価しすぎですよ」


「でも、強いんだろう?」


「元々数が圧倒的なので……ですが、貴族やその子弟なら全員将校にしてしまうという問題がありますけどね。どんなに無能な者でもです。そいつらが足を引っ張るんですよ」


 王国軍は数は多いが、指揮能力に問題があるというわけか。

 貴族のボンボンたちの中にはかなり酷い人が多かったのを、私は思い出した。


「でも、大軍の戦法に複雑な戦術はいらないのでは? 全員レベリングはしているから、そこまで弱くないでしょう」


「数に押し切られてしまうのは事実ですな」


 残念ながら、うちとシップランドの戦力を合わせても十対一くらいの戦力差があると、サンダー将軍が教えてくれた。

 やはり、戦において数が多いということは絶対的に有利なのだ。


「どのみち、今のバート王国軍の補給能力ではシップランドに辿り着きませんよ。王国自体は意外と船を持っていないのです」


「そうなんだ」


「大半は商人と貴族のものですよ。戦争をするという理由で徴発しようとしても、徴発しすぎれば国民の生活が成り立ちません。反発は必至でしょう」


 この世界の土地の大半が砂だらけなので、大軍を編成して遠征するのは難しい。

 現地で略奪すればいいって?

 それをしたら現地の食料生産力がゼロになり、敵地を占領した方が飢えてしまうのだ。

 水はオアシスから補給できるが、人は水だけでは生きていけない。

 グレートデザートという世界の自然環境と生産性の低さが大規模戦争を防いでいるという、皮肉な結果というわけだ。


「とにかく、急ぎ仕上げますよ」


 軍は、普段は都市の治安維持も担当する。

 編成を急いだ方がいいだろう。

 サンダー将軍がいるので、丸投げできるのがいいな、


「呼び寄せた連中ですが、ゴリさんタウンの方が住みやすいので喜んでますよ。まあ、町の名前はどうかと思うんですけどね……」


 それは私も思うけど、町の管理者であるゴリマッチョが決めたものなので変更はできない。

 いい名前だけど、住みにくい町よりはマシだと思うことにしよう。


「移住者を増やさなければな」


「条件はいいので希望者は多いと思いますよ。選別が難しいですけどね」


 特にバート王国の出身者だろうな。

 スパイが混じっているかもしれないからだ。


「その辺は、追々考えるよ。サンダー将軍は軍の編成を頼む」


「わかりました」


 優秀なハンターが多数混じっているし、サンダー将軍はこう見えても士官学校出のエリートだ。

 彼に任せて、私は大族長としての仕事に励む……たまにはそうしよう。

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