第34話 いきなり…...

「おおっ! 本当に私が写っているな! しかしあまりにも似すぎている……タロウ殿、この『しゃしん』のせいで、私の魂が抜かれる危険はないのであろうか?」


「安心してくれ、ララベル。そういうことは一切ないから。そういえば私がいた世界でも、昔初めて写真を撮られた人がそんなことを言っていたそうだ。それを理由に頑なに写真を拒否した人もいる」


「そうか。しゃしんを拒否したのか。その人は人生をまっとうできたであろうな」


「いや、のちに反乱を起こして死んじゃったけど。西郷隆盛っていう有名な政治家で軍人だったんだけどね……」


「しゃしんは関係ないのか」


「大丈夫だよ、迷信だから。それに、ララベルの花嫁姿はとても綺麗に写っているじゃないか」


「タロウさん。私はどうですか?」


「ミュウも綺麗に写っているな。元がいいからだろうな。私は普通だから」





 シップランドを出た私たちは、突然だが結婚してしまった。

 この世界の結婚については、バート王国にいれば教会で式を挙げたり記録に残すそうだが、私は死んだことになっている人間で、ララベルとミュウも元の身分を捨ててしまっていた。

 水源の枯れたオアシスを見れば、バート王国の人たちは二人が死んだとは思わないが、もう死んだようなものだと理解するはずだ。

 せっかく王様が与えたオアシスを放棄して逃げてしまったのだから、そんな奴はもうバート王国の王族でも貴族でもないという理屈らしい。

 水源が枯れたオアシスで暮らし続けるなど不可能だが、王様からすれば邪魔な妹とその親友を死んだことにできるのは、非常に都合がいいというわけだ。


 そんなわけで、私たちは三人だけで式を挙げた。 

 『ネットショッピング』でドレスや指輪などを購入し、ご馳走とお酒、ウェディングケーキで祝っただけであったが。

 ララベルとミュウとの結婚を急いだのは、とにかくこの二人、自分の容姿に自信がないので、理屈ではわかっても本能では私にブスだからと避けられていると、思ってしまうからだ。


 この世界の常識では、自分たちはドブスである。

 長年そういう認識だったので、そう簡単に修正できるものではない。

 この問題を解決するには、とっとと結婚してしまうに限るというわけだ。

 私からすれば二人は美しいわけで、これほどの美女と美少女と結婚など、前の世界では私の容姿と才能、経済力ではまず無理であったはず。

 どうせ私たちは、船で砂漠を放浪する生活を選んだ身。

 外の人間がどう思おうと気にならないわけで、シップランドを出てからすぐに結婚してしまったというわけだ。


 そして今は、その時に撮影した写真をプリントして一緒に見ていた。

 なお、ララベルが写真を撮ると魂を抜かれるのではないかと心配していたが、これは初めて写真を撮った人あるあるかもしれない。


「タロウさんの世界では、しゃしんは当たり前に普及していると聞きます。写真を撮る度に人が死んでいたら、その社会が成立しませんよ」


「そう言われると納得だ」


「世界は変わっても、新しいものには抵抗あるのが人間なんですね。タロウさん」


「逆に、ミュウはそういうのに抵抗がないな。理解も早い」


「魔法使いの特性ですよ。この世界における魔法使いって、神官と並ぶ文化、教養を担う生き物ですから」


「生き物?」


「まあ……中には変わった人も多いので……タロウさんの世界で言う、『天才となんとかは紙一重』ですか? 口の悪い貴族が、別の生き物だみたいだと揶揄したことがありまして……」



 新しいものの発明では、これまでの常識を打ち破ることが求められるケースが多い。

 過去の常識をしきたりと言って頑なに守ろうとする貴族とは、相性が悪いのかもしれないな。

 そういえば、船を動かす魔力動力も魔法使いの発明だった。

 他にも魔力で動かす道具は……そんなには多くないが普及はしていた。

 非常に高価なので、金持ちくらいしか購入できないそうだが。


 錬金術みたいなものは、大凡魔法使いの担当だそうだ。


「人の姿を写す装置は、研究途中と聞いたことがあります。しかも、色なしで大分苦労しているそうで、総天然色なんて夢のまた夢ですよ」


 この世界では、カメラの研究自体は行われているそうだ。

 ただ、白黒写真の段階で大苦戦しているそうで、いまだ一般には販売されていないそうだ。

 私が購入した『デジカメ』を見て、ミュウはその性能に驚いていた。

 この世界には電気がないが、『ネットショッピング』でソーラーパネル、蓄電池、充電器などを購入して対応している。


 今の生活だと大した電力も使わないので、太陽光発電で十分に電力は賄えた。

 メンテナンス?

 使えなくなったら、また『ネットショッピング』で新しいものを購入すればいいのだ。

 修理に時間をかけている暇があったら、砂獣を倒して新しいものを買った方が早いのだから。


 ララベルとミュウ、そして私の花嫁・花婿写真をデジカメで撮り、ノートパソコンとプリンターを使って印刷。

 あとは、同じく『ネットショッピング』で購入した写真立てに入れて終わりである。

 どうせ三人しか見ない写真だし、カラー写真自体がこの世界にないものなので、二人はとてもいい記念になると喜んでいた。

 残念ながらというか、ララベルとミュウは結婚式場のパンフレットのモデルみたいに綺麗だったが、私はただのオッサンなのは言うまでもない。


「(この世界だと、やはりネットには繋がらないんだな……)」


 パソコンの使用用途がかなり限定されそうだ。

 私に、プログラムを組むなどの高度な技能はないからだ。


「タロウさんの世界は、高度な技術が発展しているのですね。洗濯が楽でいいですよ」


 せっかく電源を確保したので、洗濯機も購入してみた。

 この世界では水が貴重なので洗濯の頻度は低かったが、私の場合水も簡単に買えてしまうので洗濯はマメにするようにしていた。

 私が二人に服や下着を購入してあげているので、それを洗濯するためだ。

 私も普段着などを購入しているが、男性の服はこの際どうでもいいと思う。

 洗剤や仕上げ剤なども購入したが、念のため自然素材ばかりのエコ製品にしている。

 どうせ砂漠に排水しても、すぐに砂獣が食べてしまうので問題はないと、ミュウに言われてしまったが。

 砂獣の悪食ぶりは凄いというか、この世界は過去高度に発展した文明が崩壊した成れの果てだと聞く。

 その時に汚染された世界を綺麗にするため砂獣が生まれた……そんな設定のアニメがあった記憶があるが、そんなわけはないか。


「写真はここに飾ればいい。夕食をどうしようか?」


 シップランドを出た私たちは、昼間はゆっくりと航行し、夜は地図にある安全地帯に船を停止させ就寝していた。

 砂漠における砂獣の生息分布はかなり偏っており、夜に船を停止させても安全な場所は存在していた。 

 ガルシア商会の当主がくれた地図にはそういうポイントも記載されていて、それを有効に活用していたわけだ。

 絶対ではないが、それに備えて購入したセンサー類も置いており、ララベルとミュウが砂獣の気配に気がつかないわけがないので、ほぼ安心と言えた。


「ラーメンがいいです」


「そうだな。あれはいいものだ」


「また?」


 この世界は食料生産が難しく、その種類も非常に限られている。

 二人は、私が購入したラーメンをえらく気に入り、それをよくリクエストすることが多かった。

 インスタント麺から、カップヌードル類に、各地の名産ラーメン、冷蔵、冷凍の商品まで毎日色々な味を楽しんでいたのだ。


「タロウ殿にとっては食べ慣れた料理でも、私たちにとっては非常に珍しいものだからな」


「色々な味がありますからね」


「すべてを食べるのにどれだけ時間がかかるかな?」


「随分と先の話だと思いますよ」


 『ネットショッピング』で売られているラーメンの種類は多く、それでも二人は全種類を食べきるつもりでいるようだ。

 私もラーメンは嫌いではないのだが、さすがに毎日は辛い。

 さり気なく蕎麦を茹で、それもラーメンの一種だと言って食べ始めた。


「変わった色の麺ですね。この世界には麺という料理自体がないので珍しく感じますよ」


 夕食をとり、購入したデザートも楽しみ、風呂は大きなバスタブを購入したので、そこに水を入れ、ミュウが魔法で温めてくれた。

 夜は冷えてくるので、熱いお湯が肌に心地よい。


「大きなお風呂がほしいですね」


「そうだな。新婚の夫婦は、一緒にお風呂に入ると聞いた」


 この世界だと、多分それは大金持ちの夫婦のみだと思う。

 庶民は水浴びか、濡れた布巾で体を拭くのが精々だからだ。


 妻たちの願いを受け入れてあげたいのだが、残念ながらこの船の一室に風呂場を改築することは『ネットショッピング』だけではできなかった。

 必要な資材は購入できても、工事を行う人たちや作業を購入するのは無理だからだ。

 私の大工の腕前は素人DIY程度で、この船もいつまで使うかわからない。

 風呂の場合、下手に水漏れすると船の木材が腐るので慎重な方がいいだろう。


「残念ですね」


「こらっ! ミュウ! そう言いつつ、ドサクサに紛れてバスタブに入ろうとするな!」


「いいじゃないですか、ララベル様。私たちは夫婦なんですし」


「なら、私も入るぞ」


 抜け駆けして私が入っているバスタブに入ったミュウを叱りつつも、ララベルも服を脱いでバスタブに入ってきた。

 大きめのバスタブとは言っても三人は無理なので、やはり大きなお風呂をなんとかしたいところだな。

 これはこれで、新婚生活としては楽しいのだけど。




「プールならいけるな。それにしても、ララベルの剣の腕前は凄いな」


「岩は動かないので、それほど難しくはなかった」


「砂漠の真ん中で水浴びとは贅沢ですね」




 特にあてもない旅路だったので、私たちはここ数日間、地図に記された砂獣が出ないとされる岩場に船を置いて生活していた。

 そこにちょうどいい大きさの岩があり、それをくり抜いて小さいプール代わりにして水浴びを楽しんでいたのだ。


 水は、虚無の襲撃で水源のみ残っていたトレストのオアシスから。

 私たちは、『ネットショッピング』で購入した水着に着替えている。

 岩は、ララベルの剣技によってくり抜かれたが、その腕前は見事という他ない。

 本人は相手は動かない岩だと謙遜していたが、普通の人がやれば岩が割れてしまうか、くり抜きすぎて貫通してしまい、完全に穴が開いてしまうであろうからだ。


「二人とも、似合っているな」


 前に着ていた水着とはまた別の品だが、それほど高価というわけではないので問題ないであろう。

 私からすれば、色々な水着を着てくれた方が目の保養になるというもの。


 それに毎日、朝方には周辺の砂獣を退治してイードルクを稼いでいた。

 これも、私たちの豊かな生活のためである。

 私は戦闘技能がいまいちなので、実は槍も達人級だというララベルから槍術を少しずつ教わっていた。

 ララベルは、武芸百般で他の武器の扱いも上手なのだそうだ。

 『器用で羨ましい』と言ったら、それも兄に疎まれている原因の一つだと言っていた。


『幼い頃、兄が散々苦労して覚えた剣技を、私は一日で覚えてしまったのでな。あの時の兄の射るような視線。思えばあの時から、兄は私をどうにか排除しようと思っていたのであろう』


『王様なら、有能な人材はそれも親族は使いこなすものだけどな。私は、ララベルがいて心強いと思っているよ。綺麗な奥さんでもあって嬉しい限りだ』


『タロウ殿は、兄よりも器が大きいのだな』


『そうかな? ただ単に才能がなくて臆病だからだと思うよ』


『それを認め、臣下や一族で補おうとするのも王としての才能だと私は思う。兄は私を使いこなせなかった。どこか他人を信じていないのだと思う』


 そう話すララベルは、どこか寂しそうであった。

 王様というのは、その器がない人がなると不幸な結果になってしまうようだ。

 そういうことから逃げている私たちが言うのもなんだが、砂漠の真ん中で水浴びを楽しみ、昼食は『ネットショッピング』で購入した肉、魚、野菜でバーベキューをして楽しんだ。


 勿論、バーベキューコンロや炭なども『ネットショッピング』で購入している。

 購入に必要な電子マネーは砂獣を倒せば手に入るし、このまま一生気ままに砂漠を放浪するもよし、飽きたらどこかに定住するのも悪くないな。


「焼きそばを焼こう」


「美味そうな麺料理だな」


「このソースという調味料は美味しいですね」


 この世界には、ほとんど調味料がなかった。

 塩ですら不足気味で、本来なら沢山ありそうな岩塩も、この砂漠ばかりの世界ではあまり採れないそうだ。

 岩塩がある場所には水がなく、採取にも苦労するので、塩はかなり高価だった。

 王都にいた時にも、出てくる料理はみんな薄味だったな。


 魚醤や地域限定の発酵調味料の類はあるそうだが、生産量が少なくてほとんど輸出に回せない。

 輸入した時点で莫大な関税がかかるので、庶民には手が出せない代物であった。

 そのため、『ネットショッピング』で購入したソースをふんだんに使う焼きそばは、ララべルとミュウからすればご馳走というわけだ。


「タロウさんの世界では、どんな料理にも調味料をふんだんに使うので贅沢ですよ」


「そうだな。ラーメンのツユを捨てるなんてとんでもないと、最初は思ったほどだからな」


 調味料が貴重なため、最初二人はラーメンのスープを全部飲み干そうとした。

 塩分過多で健康によくないからと、私がそれを止めたのだ。


「特に目的がある旅ではないが、ここも飽きてきたので移動しようか?」


「それもそうですね。オールドタウンで観光ってのもいいですよ」


「古い町だから、観光をすると楽しいかもしれないな」


 オールドタウンは自称世界で一番古い町なので、観光客向けの遺跡、史跡の類が非常に沢山残っており、金持ち夫婦の新婚旅行先として非常に人気があるそうだ。

 勿論、ダンジョン目当てのハンターも多数集まっていて、シップタウン並に賑わっているオアシスだと聞いた。


「あっ、でもその前に小さなオアシスがあるって……これか!」


 地図を確認すると、オールドタウンから少し離れた場所に小さなオアシスがあった。

 こちらはオールドタウンに対抗してか、『リトルウォーターヴィレッジ』という、ちょっと捻りのない名前になっている。

 『水がある小さな村』といった感じの小さなオアシスだ。


「ここで水を補給する船が多いそうですよ」


 リトルウォーターヴィレッジは、規模の割に水の湧きがいいので、船が水を補給しに寄ることが多いそうだ。

 勿論有料なのは言うまでもない。

 小さなオアシスなので、船に水を補給するのが主産業らしい。


「オールドタウンのせいで、目立たないオアシスですけどね」


「そこで水を補給しておこうか」


「オールドタウンで水を補給すると、とても混んでいて時間がかかるそうなので、リトルウォーターヴィレッジで水を補給する船もそれなりにいるそうですよ」


 『異次元倉庫』に仕舞えるので、水はいくらあっても構わないであろう。

 今、プールで無駄遣いしてしまったからな。

 水は『ネットショッピング』でも購入できるのだが、他のこの世界では手に入らないものを優先したいし、一応通常のドルク神貨も確保しているので、リトルウォーターヴィレッジで水を補給しておこうと思う。


「ただ、本当になにもないオアシスだそうです」


「水を補給するだけだから構うまい。新婚旅行はオールドタウンで楽しめばいいのだ」


「ララベルの言うとおりだな。オールドタウンに到着する前に一休みって感じで」


 翌日、私たちはリトルウォーターヴィレッジに向けて船を発進させるのであった。

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