第63話 海の精霊
「一面の枯れた海かぁ」
「砂漠ではないのだな」
「ララベル様。海底の岩が露出したままですよ。海の塩分が岩塩になってへばりついているので、これでは植物も生えません」
「まさに死んだ海ですね」
「タロウ、ここでは砂流船も動かないぜ。中に入るなら移動都市で移動するしかない」
およそ五千年前に枯れたとされる極南の海は、一面に風化しかけた岩ばかりが広がっていた。
海が枯れた時、海水に含まれた塩分は岩塩として岩に張り付いているようだ。
そのおかげで砂漠化はしていないが、植物は一本も確認できなかった。
砂獣は……私が考える生物の範疇からは超えているものなので、どこかにいるのだろうな。
枯れた海に入った途端、多数の砂獣たちに襲われると困るので、まずは情報収集が最優先だ。
私たちは、移動都市で枯れた海と砂漠の境目付近を移動し始めた。
「砂がないから、所持している砂流船で偵察もできないな」
「移動都市なら大丈夫ゴリ」
移動都市は、多数のアームのようなもので動いている。
砂流船とは違って、岩場でも問題はないのであろう。
「見事に枯れているな。やはり、移動都市を動かしている完全常温核融合炉のせいか?」
「初期の常温核融合炉は水を大量に消費したゴリ。水が資源になった途端、各国がこぞって取水して戦争にもなったゴリ」
水は他にも多数用途がある。
というか、どんな生き物でも水がなければ生きていけない。
……砂獣は、必ずしもそうではないけど。
「もしかして砂獣って?」
「水がなくても、もしくは極端に少なくても生きていける生物を古代文明の各国が作ったゴリ」
砂獣は、古代文明時代に作られた遺伝子改良生物なのか。
「ただ、当時の人間も、砂獣がここまで進化するとは思わなかったゴリ」
「古代文明が滅んだあと、砂獣は人間の思惑を超え進化を重ねたわけだな」
「倒すと、貨幣が出るなんておかしいゴリ。これも古代文明の人間が聞いたら驚くゴリ」
砂獣を倒すと神貨がドロップするようになったのは、意外と最近……それでも二千年ほど前らしいけど。
「神の恩寵だったな」
「そうなの。神は、人間に一刻も早くこの砂漠だらけの世界を改善してほしいから、砂獣を倒すと神貨がドロップするようにしたの」
「えっ? 誰です?」
「ミュウ様、ゴリさんの横!」
「うわっ! 驚いたゴリ!」
突然ゴリマッチョの横に、水色のローブを纏った水色の髪の美少女が姿を現した。
ローブはかなり透明度が高く、油断すると体が透けて見えてしまいそうだ。
と思ったら、ギリギリ見えない。
そういう仕組みなのであろうか?
「タロウ、空に浮いてるぜ。こいつ」
「驚いたゴリ! もしかして精霊ゴリ?」
「そうなの。マリリンは、この極南海を管理する海の精霊なの。もっとも、この五千年ほどはまったく仕事がないけどなの」
枯れた海の精霊なので、仕事がないんだろうなとは思う。
なにをすればいいんだって話になるからな。
「自分で海を復活させるとか?」
「それができていたら、マリリンはここで五千年以上も暇していないの」
「精霊としては、自慢できる話ではないですね」
「ううっ……真実は、マリリンを傷つけるの」
ミュウの指摘に、マリリンと名乗った精霊は傷ついていた。
本当なら、自力で海を復活させなければ海の精霊の名が泣くからな。
「今のマリリンには力がないの。それと、この枯れた海を支配する『名付き』と呼ばれる砂獣ウォータードラゴンが討伐されないと厳しいの。もしこの枯れた海に水を補充したとしても、ウォータードラゴンがいたら、みんな吸収してしまうの」
この枯れた海には、名付きの砂獣がいるのか。
「枯れた海の傍にはいくつかオアシスがあって、そこの住民たちはウォータードラゴンの存在を知っていて、とても怖れているの」
名付きではあるが、あまり知られていない存在なのか。
しかし、話に聞く限りでは『虚無』よりも強そうな砂獣ではあるようだ。
「でも、精霊なんだよな? あんた。精霊って、古に滅んだとされるハイエルフとしか交信できないんじゃないのか?」
「この人は人間だけど、ハイエルフに近い存在なの」
アイシャの質問に対し、マリリンは私を指差しながらそう答えた。
「私がハイエルフに近い?」
「雰囲気なの。あなたは、ちょっとこの世界の人間とは違うの」
それは、私が『変革者』だからか。
スキルに精霊との交信能力なんてないので、スキルと呼ぶまでもない特技扱いなのかもしれない。
「だからタロウ殿の前に姿を見せたのか」
「もうマリリンは後がないってのもあるの」
「「「「「後がない?」」」」」
「マリリンのような精霊は、ハイエルフとしか交信できない。と思われているけど、まれに人間とでも交信可能なの。相性の問題なの。大昔の人たちがなにも考えないで海水を盗っていくから、マリリンは徐々に力を落とし、この海が枯れてからはさらに力を落としてしまったの。だから、マリリンは相性のいい人間に助けを求めたの」
その人の夢に立ち、この枯れた海をどうにかしてほしい。
自分が消えてしまえば、この海は永遠に枯れたままになってしまう。
力を落としてしまったマリリンは、懸命にその人たちの夢で助けを求めたそうだ。
「駄目だったの?」
「……『こんなドブスが精霊のはずはない。お前は悪魔だろう!』って、相手にしてくれないの」
「「「「「……」」」」」
皮肉なことに、女性の美醜を逆転させる装置の悪影響がここにも出ていた。
基本的に女神や精霊は美しいわけで……。
人間は見た目が九割なんてビジネス書もあるくらいだから、そのようにイメージされるのは当然だと理解できるのだが、この世界の場合、古い女性の神や精霊はブサイク揃いということになってしまう。
美人が枕元で願いをすれば、中には浮かれてそれを叶えようとする人間も現れるであろう。
しかしマリリンは、この世界だととてもブサイクな精霊という評価になってしまう。
『お前が枕元に立つな!』、『他の精霊に頼みに来させろ!』、『お前はチェンジ!』、『実はお前、精霊ではなくて悪魔か邪妖精だな!』などと散々に罵られ、その結果、誰も助けには来なかったそうだ。
「最近、この世界の人間はおかしいの!」
おかしくなったのは、ほんの五百年ほど前からだけど。
それを、時間の概念が人間とはまったく違う精霊に言っても意味はないか。
「あなたたちが助けてくれないと、マリリン、もう消えるしかないの……でも、もう消えてもいいかなって、ここ数百年は考えているの」
「「「「「……」」」」」
女性の美醜が真逆になったばかりに、美しい精霊の願いを叶える献身的な人間(男性)が消えてしまうなんて……。
これまで懸命に助けを求めたのに、『引っ込め!』、『悪魔の使いめ!』と罵られたこともあるとマリリンから聞いたら、私たちは居た堪れなくなってしまった。
「諦めるのは早いと思うぞ」
「そうですとも」
「タロウ様がいますから」
「そうだよ、タロウは優しいから」
みんな、そんな勝手に決められても……でも、このまま見捨てると可哀想な気もする。
どうせも目的のある旅というわけでもないので、私たちでできる限りは対処した方がいいのかな?
失敗しても駄目元か。
「海があるといいかもしれないね」
「そうなの! 星に海は大切なの! 今はあんなに狭い海が一つだけだから、この世界は貧しいの」
そういえば子供の頃、地球に海がある利点みたいな話を聞いたことがある。
この世界が、日が昇っている間はとても暑く、日が落ちると寒くなるのは、海がほとんどないからなのだから。
「問題は、どうやって海を取り戻すんですか? 枯れた海にいるウォータードラゴンとやらを倒したところで、結局この海は枯れたままでは? その前に、ウォータードラゴン自体を倒せるかどうかもわかりません」
海が枯れた根本の原因は、水の採取しすぎだからな。
ウォータードラゴンなる名付きの砂獣がどのくらいの大きさかは知らないけど、倒せば枯れた海がすべて満たされるほどの水を持っているとは思えない。
「よくぞ聞いてくれましたなの! ウォータードラゴンは、枯れた海の中心部にある『海のヘソ』に鎮座しているの」
「「「「「海のヘソ?」」」」」
実は、地下から水が湧いてオアシスができるように、この海も地下から水が湧いて復活できるそうだ。
ただし、その水が湧く枯れた海の中心部は、ウォータードラゴンが居座って水の流れを止めているのだという。
「ウォータードラゴンを倒せば、そこから水が湧いて海が復活するのか」
「そうなの! アレが倒されれば、沢山水が湧くの!」
水の栓に蓋をする、水の竜というわけか。
「問題は、我々で倒せるかだな。水の竜となれば、私の剣が効くかどうか」
「私の氷魔法でもですね。凍らせて倒せるのでしょうか?」
「矢が刺さったら、ダメージになるのでしょうか?」
「オレのエストックも、ララベルと同じ問題を抱えているよな」
ウォータードラゴンを倒せばいいというが、最大の問題はデータ不足であり、敵の強さや大きさ、性質などがまったくわかっていない点であろう。
「となると。まずは情報収集かな?」
「忘れてほしくないのは、この近辺にある移動都市の廃墟ゴリ。ウォータードラゴンを倒して枯れた海が復活したら、海の底ゴリ」
「拘るなぁ……」
有機スーパーコンピューターが壊れ、電子妖精が消えた移動都市なんて、端的に言えばケイ素の塊だろうに……。
「仲間たちの無念を晴らすゴリ!」
「わかったから」
「その前に、私も連れていってなの」
別にいいけど、海の精霊であるマリリンが移動していいのだろうか?
「私を祀る神殿があるの。ボロっちいけど、これを移動都市に移してほしいの! 独りぼっちはもう嫌なの!」
「はい……」
ほとんど人が来ない枯れた海にいて、時おり波長の合う人間の夢枕に立って枯れた海の現状を伝え、その回復をお願いするも、その容姿のせいで罵られ、強く否定され、挙句に悪魔と間違われと。
あまりに辛すぎて、マリリンは一人でいたくないのかもしれない。
私がララベルたちと普通に接しているという理由もあるのか。
「それで、神殿ってどこにあるの?」
「すぐ近くなの。案内するの」
マリリンが先導役になり、移動都市は海の精霊マリリンを祀った神殿へと向かうのであった。
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