砂漠だらけの世界で、おっさんが電子マネーで無双する
Y.A
第1話 いきなり失礼な話だ
「これは驚いた! こんなに巨大な生物が現実に存在するなんて……」
私たちの眼前で、砂漠を這うように進む『サンドウォーム』。
このグレートデザートではありきたりな砂獣であったが、唯一異質だったのはその大きさだ。
全長が一キロを超える生物など、地球では創作物にしか出てこないからだ。
「ここまで巨大な砂獣は滅多にいないがな」
「でも『滅多に』なんだ……。こいつだけ、ではないと」
「グレートデザートは広いのでな」
と、私の質問に答える若い女性は、故あって私と行動を共にするようになった元バート王国の王女ララベルであった。
凄腕のハンターにして、『バート王国の守護神』とまで称されていたが、色々とあって今はバート王国から離脱している。
「他の国や地域にも、討伐が難しい『名付き』及びそのクラスの砂獣が結構いますからね」
「この世界も大変だな」
「嘆いても、その砂獣が死んでくれるわけないですし、そんな化け物がいる場所に普通の人たちは近寄らないですからね。なんとか暮らすしかないんですよ」
もう一人の同行者は、元ララベルの従者にして、自らも優秀なハンターにして氷魔法の使い手でもあるミュウという少女であった。
彼女もバート貴族の娘であったが、今はやはり故あってバート王国を離脱し、私と行動を共にしている。
「タロウさん、これを倒す方法が本当にあるんですか? 私ではまず思い付きませんよ」
「策はあるし、勝算は高い。駄目なら逃げればいいんだし、試してみることは大切だよ」
「それもそうですよね。駄目元って言葉もありますから」
「この世界にあるんだ。駄目元って」
「昔の『変革者』が言い残したそうですよ」
「納得いった」
「タロウ殿?」
「じゃあ、作戦を開始しようか」
すでにオアシスの町を一つ飲み込んでしまった化け物に対し、私たちは戦いを挑むことになった。
元はただのしがないサラリーマンだったのに……。
生まれつき運動は苦手で、もう四十超えで体も疲れやすいというのに……この世界に来てからはそうでもないか……。
どうしてそんなことになってしまったのか?
それを、これから話していこうと思う。
「この男があの『変革者』なのか? 冴えない奴だな。大分年を取っているようにも見えるが……本当にこいつなのか?」
「陛下、間違いはございません。彼が今回の『変革者』です」
「そうか……。五十年ぶりに召喚した『変革者』だというのにな……。今回はハズレだな」
「……(随分と失礼な若者だな……これも若さゆえなのかな?)」
今は会社の繁忙期。
普段はほとんど残業がない会社なんだが、この時期だけは午前様も珍しくない。
長かった残業を終えて自宅に戻り、夕食にコンビニ弁当を食べ、明日に備えて急ぎ寝たはず。
それが目を覚ますと、王様のようなコスプレをした若者に『冴えない奴』だとバカにされてしまった。
大きなお世話だと声を大にして言いたいところだが、どうもここはコスプレを趣味とする人たちが集うイベント会場というわけではないようだ。
アニメや漫画で見たことがある、お城の謁見の間のような場所であり、王様らしき人の周囲には多くの騎士や兵士たち、豪華な服装の貴族、ローブ姿の魔法使いなどが私を興味深そうに見ていた。
あまり多くの人たちの注目を浴びたことなどないので、背中がモゾモゾするな。
「あの……これはどういう?」
「陛下に代わり、私が説明しよう」
王様らしき人物の取り巻きの中から、四十代前半ほどに見える男性貴族が、私に状況を説明してくれることになった。
いかにも貴族っぽい服装なので、彼は貴族で間違いないと思う。
「この世界は『グレートデザート』と呼ばれている。非常に砂漠が多い土地なのだ」
全領域の八割が砂漠に覆われていて、ちょうど世界の真ん中の一割ほどの領域にのみ小さな海が存在し、残り一割のみが草原や森林地帯、オアシスなどの、どうにか人間が住める領域なのだそうだ。
夢の続きにしては随分とぶっ飛んだ話であったが、ここで『冗談がお上手で』と言ってしまうと、話が進まず状況が掴めなくなってしまう。
静かに情報を集めることにしよう。
私もただ、状況の変化に動揺、激高する若造という年齢でもなかったからだ。
「しかも砂漠には、砂漠の厳しい環境に適応した『砂獣(さじゅう)』と呼ばれる化け物が多数生息しており、普通の人間では歯が立たない。ゆえにこの世界の人間は、わずか一割の可住領域にひしめいて生きている」
なるほど。
八割もある砂漠に生活領域を広げようにも、砂獣なる怪物たちに邪魔をされるわけか。
海上に住むのも難しいだろうから、仕方なしに残り一割の領域に住むしかないため、この世界はなかなか発展できない。
私は、王様らしき人物……もう王様でいいだろう……から『変革者』と呼ばれていた。
つまり私がこの世界に呼び出されたのは、『変革者』としてこの世界の発展に寄与させようという魂胆なわけだ。
寝ている間に別の世界に呼び出すなんて、随分と性格が悪い王様だな。
両親はすでに亡く、妻子もいない私だからまだよかったものの、これが一家の大黒柱だったとしたら、残された家族が神隠しだと大騒ぎしていたはずだ。
それに、アラフォーでどこにでもいそうなサラリーマンでしかない私を見た王様は、あからさまに『今回はハズレ』だという表情をしていた。
せめて表面上くらいは私に対し、『突然呼び出してすまない。これもこの世界のためだと、為政者として心を鬼にしたのだ。そなたにこの世界で不自由させない。その功績には必ず報いるから』くらい言えばいいのに。
若いからか?
……残念ながら、この王様にはあまり期待できないかな。
「水も足りなさそうですね」
「そうなのだよ!」
海が一割って……残り一割の可住領域を合わせても水不足だと容易に想像がついた。
水がなければどんな生物も生きていけないので、今のままだと人間の生息領域を広げるのは難しそうだ。
「それを解決するための『変革者』でしょうか?」
「そうなのだ。ある時、この世界の神は仰ったのだ。『グレートデザートで生きる哀れな者たちよ。その困難を克服するため、私はそなたらに『変革者』を与えよう』と」
つまり、突然呼び出された私に、この世界を変える力があるというのか?
しかし、私はただのしがないサラリーマンでしかない。
そんな私に、この砂漠だらけの世界を改善する力があるとは思えないのだが……。
「『変革者』には、なにかしらこの世界の人間が持たない特別な力があると聞く。貴殿には……そなたの名は?」
「加藤太郎(かとう たろう)です」
今の世に太郎って、自分でも平凡な名前……いや、アラフォーでも太郎は逆に珍しいのか。
亡くなった両親は、長男だから太郎ってつけたらしいけど……。
ちなみに、一人っ子なので弟が二郎とかいう事実はなかった。
「変わった名だな……大昔の『変革者』で似たような名の者がいたような……姓があるので貴族なのか?」
「ええ、零細貴族ですけどね」
勿論、貴族なんて嘘だが。
どうもこの世界は色々と厳しそうなので、せっかく苗字があるので貴族ですって名乗っておいた方が得であろう。
どうせ彼には、日本まで行って私の身分を確認できる術などないのだから。
「世界は違えど貴族なのか……。ならば、冴えなくても捨てるわけにはいかないか」
ここで突然、王様がとんでもないことを口にした。
どうやらこの王様、私が冴えない風貌なので『変革者』としては出来損ない。
捨ててしまえと思ったらしい。
咄嗟の判断だが、貴族を名乗っておいてよかった。
そういえば、亡くなった両親が言っていたが、私は一応武士の家系なのだそうだ。
賤ケ岳の七本槍に二人入っている『加藤さん』の子孫とかではなく、どこかの大名家の藩士の子孫程度らしいけど。
「五十年に一度の召喚にしくじるとはな……やはり、グレートデザートの開発には長い年月がかかるのか……下がるがよい」
いきなり別の世界に呼び出され、さらに呼び出した王様から突然戦力外通告を受けてしまった私。
どうにか、なにも知らない世界でいきなり捨てられずには済んだが、はてさてこれからどうなることやら。
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