第46話 気ままな旅 

「南西に向かうのか? 砂賊に気をつけてくれってのと、最近変な噂があるんだよな。砂漠を彷徨う謎の移動都市の話だ」


「それは、未発見の砂漠エルフの住まいなのでは?」


「いや、人の姿が確認できない無人の移動都市が、砂漠を移動したり、時に止まっていたりしているのが何度か目撃されたそうだ」





 翌朝、宿をチェックアウトして砂流船を預けた港へと向かうと、港の職員からそんな話を聞いた。

 砂賊に関しては、オールドタウンより西、南西部は、バート王国の影響力がほとんど及ばないばかりでなく、オアシスの位置などもすべて判明しているわけではない。

 治安も決していとはいえず、海賊に似た砂賊が出るそうで、私たちは注意するようにと言われたのだ。

 もう一つは、無人なのになぜか稼動している移動都市があるらしい。

 古代文明の遺産である移動都市だが、これは砂漠に住む砂漠エルフが住処としていた。

 彼らには技術力があり、比較的損傷が少ない移動都市を修理、再稼働させ、自分たちの住処にしていたからだ。

 彼らはそこで暮らしながら、たまに他の移動都市やオアシスと交易をしているそうだ。

 動かず廃墟となっている移動都市もいくつか地図に記載されており、今では船乗りの目印代わりだそうだが、稼働しているのに無人の移動都市とは、いったいどういうことなのであろうか?


「タロウ様、それって幽霊移動都市では? 幽霊船の話なら、私も噂で聞いたことがありますよ」


 砂漠を旅する砂流船は、砂族や砂獣に襲われたり、遭難してしまうものも多い。

 そんな砂流船が、夜な夜な無人なのに砂漠を彷徨っているという噂は、オアシスでは子供でも知っている話だ。

 もっとも、実際に見たという人は非常に少ない。

 実在するかどうかも、怪しい話というわけだ。


「幽霊船なんて迷信ですよ」


「でも、ミュウ様」


「誰もいなければ、船は動かないんですから」


 魔法使いであり、研究者、技術者でもあるミュウは、自身が持つ合理的思考から、幽霊船の噂を否定した。

 そんなことは物理的、科学的?にあり得ないというわけだ。


「タロウ殿はどう思う?」


「完全に否定はしないかな」


 幽霊が船や移動都市を動かしているとは思わないが、他の要因で動いているのを幽霊だと勘違いする例はなくもないからだ。


「例えば、ここは砂漠だから流砂が原因で動いているとか」


 自然現象が原因とはいえ、無人で船や移動都市が動いていれば、中には幽霊の仕業だと疑う人もいるかもしれない。


「あとは、デンジ君のような砂獣の仕業とか。船や移動都市の残骸に寄生したのかも」


 あの手の変わった砂獣はダンジョンにしかいないということになっているそうだが、それは絶対とは言えない。

 もしかしたら、『名付き』のような個体がいるかもしれないのだ。


「なるほど。一概に否定するのは合理的ではないですね。それにしても、さすがはタロウ様」


 ちょっと思ったことを言っただけなのに、えらくミュウに感心されてしまったな。

 これも年の功のおかげか?


「とにかく、実際に出会いでもしなければ真相はわからないというわけだな。タロウ殿、では参ろうか」


「じゃあ、出発!」


 私たちはオールドタウンを出て、さらにバート王国の影響が少ない南西部に向けて出発するのであった。




「今回ばかりは、私は大して役に立たないな。『砂怪鳥』相手では私の剣も届かない」


「さあ、『氷弾』でガンガン落としますよ。砂怪鳥は、大半の砂獣と同じく水や氷に弱いですからね。フラウも絶好調ですね」


「タロウ様が買ってくれた弓は使いやすいですね」


「そうかな? 私はあんまり当たらない……はい、ララベル」


「任せてくれ」


「フラウとそんなに遜色ない命中率じゃないか」


「しかし、フラウは弓の才能があると思うな。じきに抜かれるだろうな」




 オールドタウンを出た私たちは、南西に船で三日ほどの場所にある岩山が連なる場所で、空を飛ぶ砂獣を狩っていた。

 流砂で流されないよう船を岩場に乗り上げさせ、そこを拠点にハンターとして活動していたのだ。

 どうしてここなのかと言うと、実はこの岩山から船で一日ほどの場所にあるエリアで、現在大規模な『大流砂』が発生していたからだ。

 大流砂とは、流砂の嵐みたいなものである。

 これに巻き込まれると大型船でも破損、沈没してしまうので、この岩山に到着した時、先に待機していた商人が危ないから動くなと教えてくれたのだ。

 そこで、砂獣を狩って金を稼ぎつつ、大流砂が収まるまで待機することになった。


 そんなわけで四人で狩りをしているのだが、やはり私が一番役に立たないな。

 ララベルも、空を飛ぶ砂怪鳥に剣が届かなかったが、彼女は基本的に武芸百般である。

 フラウの予備の弓を使っている私がさっぱり当たらないので彼女に弓を渡すと、フラウと遜色ない腕前を見せていた。

 それにしても、あの王様は将来の『大将軍』候補を手放してしまうとは……。

 為政者が人を見る目がないのは罪なのだなと、私は思ってしまった。


「フラウも上手だなぁ……」


 現在のフラウのレベルは、レベリングしている仲間が……私を除いてだけど……チート揃いなので、すでに百を超えていた。

 このレベルで、レベルが六百を超えたララベルと弓の腕前に差がないということは、確かに将来ララベルを超える弓の名手になるというわけか。


「あれ? 私はレベル三百を超えているけど……」


 基本、突き出せばいい槍とは違って、弓は難しい。

 きっとフラウは、那須与一並に才能があるんだな。


「ふう……こんなものかな?」


「まだ少し早いような気もするが、いつ大流砂が収まるかわからないからな。長期戦に移行した時に備えて抑え気味にしておこう」


「私たちも、大概大金持ちですけどね」


 すでに、二千五百億イードルク以上残高があるからな。

 ちょっとやそっと贅沢しても、そう簡単になくなるものではない。

 ララベルたちも、そんなに金がかかる買い物はしないというのもあった。

 王女と貴族令嬢の時は、それに相応しい服装やつき合いなどもあったそうだが、枯れたオアシスで生活していた時は、すでにそういうのを気にしなくなっていた。

 元から、物欲が少なかったというのもある。

 私は定期的に、彼女たちに似合う服や下着、アクセサリーなどをプレゼントしていたけど。

 おっさんのチョイスで申し訳ないのだが、とても喜んでくれるので、今のところは良しとしておこう。


「夕食はフラウの負担を減らすべく、バーベキューをしよう」


「タロウ様、ありがとうございます」


 稼いだら使わないとな。

 船の外の岩場に『ネットショッピング』で購入したバーベキュー用のコンロを置き、それで同じく『ネットショッピング』で購入した肉、魚介類、野菜などを焼いていく。


「「「「乾杯ぁーーーい!」」」」


 私はとララベルはビールで、ミュウはお酒がまったく飲めず、フラウは未成年なのでジュースで乾杯してから焼けたものを次々と食べていった。


「タロウ殿、この肉は柔らかくて美味しいな。タロウ殿の世界では、こんなに美味しい肉を畜養しているのか」


 ララベルは、焼けた松坂牛のお肉を美味しそうに食べていた。

 確かに、これほど霜降ったお肉はこの世界にはないかもしれない。


「焼けたサザエに、カキも美味しいですよ。ショウユを少し垂らしてから食べると、これは最高ですね」


「エビという変わった形の生き物も、サンドスコーピオンの脚の身に味が似ていて美味しいな。ミソ部分が濃厚な味でこれまた」


「ホタテやイカも美味しいですね。この生物って、中央海にしかないですよね?」


「フラウはよく知っていましたね。まあ、この辺で中央海の産物なんて、高価すぎて手が出せませんよ」


 ミュウは海鮮を中心に焼いて食べており、これにララベルもフラウも釣られた。

 この世界において、海の幸は中央海でしか取れない。

 距離の関係もあり、バート王国では滅多に口にできない代物であった。

 ましてや南西部でこれらの品を食べるとなると、同じ重さの金くらいの価格がするそうだ。


「野菜も美味しいですよね」


「この世界の野菜はエグイからね」


 この世界の野菜は、原種に近いものである。

 日本のように品種改良され、食べやすくなっていない。

 苦い、固い、不味いのが普通で、某〇味しんぼみたいに昔の野菜は味が濃いとかそういうことはなかった。

 エグミが強いのを、味が濃いと言い張るのであれば間違っていないけど。

 よく料理をするフラウは、『ネットショッピング』で購入できる野菜の美味しさに感心していた。

 そりゃあ、品種改良して手間暇かけた野菜の方が美味しいよな。


「そして人は、バーベキューの締めで焼きそばを焼かずに済ませられない生き物なのです」


「タロウ様、今日はアッサリ海鮮焼きそばにしました」


 今日はとあるグルメ漫画でやっていた、蕎麦を麺つゆで焼く焼きそばにしたのだが、これはこれでサッパリしてとても美味しい。

 たまには、普通の焼きそばでなくても問題あるまい。


「デザートは、定番のアイスで」


 砂漠の世界は暑いので、オヤツやデザートでアイスクリームを食べることが多かった。

 無理に温かい汁粉を食べる意味がないからな。


「暑いし、旅にも大変なことも多いが、こうやって四人で美味しい物を食べながら自由に暮らすのはいいな」


「ええ、この先なにがあるかわからないですけど、バート王国の貴族の娘である身分を捨て、自由に旅をして生きるのはいいですね」


「私も、故郷の村を出てよかったです」


「毎日同じ時刻に会社に出勤して、仕事が終わったら一人マンションで夕食をとって寝る。危険はないけど単調な日々で。これはこれで悪くはないのかもしれないけど、今の生活も悪くないな。ララベルやミュウやフラウとも知り合えたから」


 この世界に召喚されてから数ヵ月経ったが、あまり日本での出来事を思い出さない自分に気がついてしまった。

 私はきっと、日本に未練がないのだと思う。

 この世界でララベルとミュウに知り合い結婚して、フラウという庇護すべき存在もできた。

 これからこの先どうなるかわからないけど、あまり深く考えず四人で自由にやっていこう。


 私はそう決意するのであった。

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