第37話 若い子は慣れるのが早い

「……あの子、普通に強いよね?」


「そうだな。私があの年齢の頃は、あそこまで強くなかったかな」


「王城やお屋敷に居場所がなかった私たちですら、王都の外に出て砂獣を退治し始めたのは十二歳からでしたからね」


「ハンターって、年齢制限あるんだ。知らなかったな……今初めて聞いた」


「そりゃあ、ありますよ。子供を砂獣と戦わせるってのは、色々と問題があるじゃないですか。王都でタロウさんが説明されなかったのは、そんなこといちいち言うまでもない常識だからと思われたのでしょう」


「フラウは?」


「こう言うと語弊があるかもしれませんが、田舎のオアシスだとそれが適用されないケースも多いかなって……。ぶっちゃけると、公衆道徳(パブリックモラル)が低いと言いますか……子供を使い潰しても、また産めばいいや的な考えといいますか……」


「では、バート王国の王族や貴族に常識があるのかというと、それも大きな勘違いだがな」


「ララベル様、それを言ってはお終いですよ」





 リトルウォーターヴィレッジを出た私たちであったが、目的地であるオールドタウンへの道すがら、フラウの実力を見てみることにした。

 毎日のように砂獣を倒していたと聞いたので、どのくらいの実力があるのか気になってのことだ。

 もし無理をしているのなら他の道もと思ったのだが、彼女は弓を連射して砂大トカゲを虐殺レベルで倒していた。

 『まだ十二歳のフラウがどうして?』と私は思ってしまったのだが、ミュウによると地方のオアシスほど、子供でも砂獣退治ができるのなら動員される現実があるそうだ。

 砂獣は、砂漠の栄養状況を考えると、物理的におかしいレベルですぐに増えてしまう。

 すべてのオアシスが砂獣により占拠されてしまえば、この世界に住む人間の大半が乾き死にか飢え死になので、人手不足の田舎のオアシスでは綺麗事を言っていられない、という理由もあるのだと思う。

 大人になっても砂獣を倒せない人の方が多いが、そういう大人もオアシスの維持に必要な人員なので、できもしない砂獣討伐で消耗させるわけにいかない。

 結果的に人手が少ない田舎では、砂獣を倒せる者は未成年でも動員されるというわけだ。

 その割には、リトルウォーターヴィレッジのために頑張っていたフラウの扱いは酷かったけど……。

 そういえば、ララベルとミュウもそうだったな。

 もしかするとこの世界では、非美人の扱いが異常なまでに悪いなどということがあるのであろうか?


「フラウ、もういいよ」


「わかりました」


 わずかな時間で持っている矢をすべて使い切るほど砂大トカゲを倒したフラウに対し、今日はもういいと討伐を止めさせた。


「矢の回収が楽です」


「砂獣の死体は消えてしまうからね。刺さった矢を引き抜く必要がないから」


 フラウは、倒した砂獣が消えてしまうことに驚いていた。

 死体の素材とドロップする神貨がすべてイードルクに変換されてしまうからだが、フラウには暫く持っているドルク神貨で給料を支払うので問題ないであろう。


 リトルウォーターヴィレッジに言った違約金云々は大ウソなので、ちゃんと彼女と雇用契約を結んだのだ。

 支度金も渡していて、さらに彼女はパーティメンバーにしているので、『ネットショッピング』も閲覧できる。

 欲しいものがあれば、持っている金額の範囲内なら購入していいと言ったら、早速狩猟用の弓と矢、そして手入れ用の道具を購入していた。

 ネット通販で弓なんて買えるんだと私が驚いたくらいだが、考えてみたら競技用や狩猟用ならおかしな話でもないのか。

 フラウは、アルミ合金、カーボンを用いたアメリカ製複合素材ロングボウと、矢を購入していた。


 今日は、そのお披露目も兼ねていたわけだ。


「軽くて頑丈で、いい弓と矢ですね」


「普通に使う弓矢にしたら、だろうけど」


 この世界には、特殊な素材で作られたり、特殊効果のある名品扱いの武器が存在する。

 例えばララベルの剣などがそれに当たるが、いくら現代科学と技術を用いた品でも、一品物である伝説の武器には勝てない。

 ただ、普通の武器屋で販売している弓矢よりは圧倒的に品質も威力も上なので、これまで手作りの弓矢を使っていたフラウは、『ネットショッピング』で購入した弓矢に大満足のようだ。


「素材の回収や処理をする手間が省けるのもいいです」


 倒すと、勝手にイードルクに換算してくれるからだ。

 倒した砂獣から使える素材をはぎ取るのと、オアシスまで持ち帰るのは、ハンターにとって大きな負担となる。

 素材もはぎ取り方が悪ければ買い取り金額も安くなるし、肉などを長時間炎天下に置けば腐ってしまう。

 素材を効率よくお金にするのは大変なので、私の『異次元倉庫』と、砂獣が勝手に電子マネーに変換されてしまう機能は非常に便利であった。

 ただ、電子マネーは通常のドルク神貨には戻せないので、『ネットショッピング』で買い物をするしか使い道がないのだけど。


「今日は様子見ということで。フラウは十分戦力になるから、あとは急ぎオールドタウンを目指した方がいいかな?」


 話に聞く限りでは、砂漠で砂獣と戦うよりも、オールドタウンのダンジョンで稼いだ方が効率がいいからだ。

 今の残高を見ると、無理しなくても問題ないというのもある。

 神貨はそんなにないけど、フラウに決められた給金を数年分支払う分くらいは確保してあるし、最悪『ネットショッピング』で砂糖を購入し、それを町で売れば簡単に神貨が手に入るから問題ないというわけだ。


 本人が望めば、給金をイードルク払いにしても問題ない。


「フラウは、本も買っていましたね」


「はい。タロウ様の世界の本は面白いです」


 弓矢の他に、フラウは『ネットショッピング』で本を購入していた。

 料理の本や、本は日本語で記載されているので、日本語を覚えるための『ひらがな』、『カタカナ』、『漢字』ドリルなどだ。

 他にも、絵本なども購入していたようだ。

 どういう仕組みか、私とこの世界の住民は普通に話せるのだが、日本語の文字はミュウでも難解な部類に入るらしい。

 私から見ても、この世界の字はミミズがのたくったような感じで、やはりとても難解だったけど。

 私も折りを見て勉強しているのだが、やはり四十を超えると記憶力が劣ってきているのか、若い頃に比べると覚えが悪くなったような気がしていた。


「フラウは、タロウさんの国の言葉を覚えるつもりなのですか?」


「はい。料理の作り方は、本にある絵だけ見てもわかりますけど、やっぱり文字も覚えた方が、より美味しく作れますから。これもタロウ様のためです」


 ミュウの問いに、そう笑顔で答えるフラウ。

 彼女は、俺をあの酷い故郷から救い出してくれた恩人だと思っているようで、いくら必要ないと言っても私を『様』づけで呼ぶのだ。

 一人で暮らしていたせいか料理なども上手で、料理本を見ていきなり本格的なカレーを作ったのには驚いてしまった。

 ララベルとミュウは、なんだかんだ言っても王族と貴族の令嬢なので、この分野では年下であるフラウに完敗というわけだ。

 最初に二人と出会ったオアシスでも、料理といえばサンドスコーピオンの足を茹でるか焼くしかしていなかったからな。

 フラウに任せると、彼女は勝手に料理本を研究して毎日美味しい食事が出してくれるので、すぐに料理は彼女の担当になってしまったというわけだ。


「船に戻ったら、食事を作りますね」


「フラウ、そんなに無理しなくてもいいよ」


「今日は簡単に作りますから」


 簡単とは言うが、フラウの料理の腕はなかなかのものだった。

 才能でいえば、私よりも上であろう。

 私の料理は、一人暮らしのオッサンが仕方なくというもので、普通に作れるが精々だったけど。

 フラウには料理の才能があるようで、料理歴が長いはずの私より手際がよかった。

 最近、ちょっとずつ料理を習っているララベルとミュウとは……残念ながら比べるまでもない。 


「今日はカレーですよ」


「いいですね、カレーは」


「あれは美味しいものだ」


「本当に早いな」


「実は、事前にある程度作っていたんです」


 船に戻ると、わずかな時間でフラウはカレーライスを出してくれた。

 サラダ、スープなども出され、ちゃんと栄養のバランスも考えられている。

 このままだと、フラウに料理をすべて任せてしまうことになるかもしれない。


 一番年下の彼女にそこまでの負担を強いていいのかと思わなくもないが、一度ちゃんとした料理を食べてしまうとな。

 砂獣の討伐は三人だけでやって、フラウに料理や家事をすべて任せるという方法も考えないといけないのかもしれない。


「このカレールウは便利ですね」


 料理の素材の大半は『ネットショッピング』からであったが、フラウは無駄遣いをせず、やり繰りも上手だった。

 ララベルとミュウは、やはり生まれが王族と貴族なので、たまにおかしなものを購入してしまうが、決められた範囲内での買い物だし、私からするとちょっと笑えたので問題ない。


「タロウ様、オールドタウンでダンジョンの砂獣を倒す予定なのですか?」


「それがいいかなって思うんだ」


 オールドタウンには多数のダンジョンがあり、いまだに新しいダンジョンが見つかることもあると聞く。

 そこに湧く砂獣の数も多種多様で、ドロップする神貨の額が多かったり、素材が高く売れる砂獣も出るので、一獲千金を狙って多くのハンターたちが集まるそうだ。


 一応バート王国領内ということになっているが、大商人や大活躍して財を築いた元ハンターたちが評議員として自治を行なっている、独立した都市国家というのが実情であった。


「兄は、当然オールドタウンの支配も狙っているが」


「どうやって?」


 他の国も同じだが、砂漠だらけの土地にオアシスや都市が点在しているので、公称している領地の完全把握などできていないというのに。

 バート王国がオールドタウンを併合するには、ここを攻め落とさなければならない。

 オールドタウンは財政も潤沢で、その気になればハンター有志で強力な防衛軍を編成できる。

 苦労して砂漠を遠征してきたバート王国軍は、無残に敗北するはずだ。

 砂漠のせいで侵略戦争が起こらないというのも、なんとも皮肉な話ではある。


「それを狙っているのと、実際にできるかどうかは話が別だな。兄もそれは理解しているはずだ」


「なるほど」


 バート王国の王としては、時には大きなことを言って貴族や領民たちの支持を得るのも必要というわけか。


「バート王国がオールドタウンを攻め落とせる規模の軍団を用意できたとして……それも現状難しいですけど……確実に補給不足で死にますけどね。なにしろ、水や食料を途中で現地調達するのが困難なのですから。かといって兵数を減らせば、オールドタウンに数多いる有力なハンターたちによって皆殺しです。夢は夢で終わるでしょう」


「そうだよな」


 砂漠のせいで、途中で水や食料を購入しながら進軍するのが事実上不可能だからだ。

 到底必要量に達しない。

 略奪など以ての外だ。

 進軍途中のオアシスを壊滅させたら、自分たちが遠い敵地で孤立してしまうのだから。


「というわけで、オールドタウンのダンジョンで砂獣を倒してレベルを上げつつ、我々は普通に暮らしていけばいいのです」


「そうだな。私たちは新婚だし、オールドタウン観光もしよう」


「そうですね、新婚旅行……いい響きですねぇ……」


 ミュウは、喜々とした表情でなにかを想像しているようだ。

 この世界にも新婚旅行というものはあるそうだが、基本的には王侯貴族や金持ちしか行かないらしい。

 砂漠だらけのため、旅費が尋常でないほどかかるからだ。

 旅行期間も当然長くなり、長期間休んでも生活が成り立つ人しか旅行になんて行けなかった。


「よもや、私が新婚旅行に行けるとはな。兄に『お前と新婚旅行に行く男などいるものか。それは実質死出の旅、島流しみたいなものなのだからな』と言われたのでな」


「……」


 あの王様、相変わらず実の妹に対し酷い言いようだな。

 対砂獣対策の主戦力で、驚異的な戦闘力を持つ妹に警戒、嫉妬して……そういう理由だと思うことにしよう。


「ララベル様と、ミュウ様と、タロウ様は新婚でしたね。私も憧れます」


 部屋に飾られた私たちの結婚衣装写真を見ながら、フラウは羨ましそうな表情を浮かべていた。

 やはり女性は、ウェディングドレス姿に憧れるものらしい。


「私も将来結婚できるように頑張ります」


 私たちの船は順調に航海を続け、数日後、無事オールドタウンに到着したのであった。

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