第3話 モーリス夫妻

 その日は実に慌ただしい日となった。

午後にまた新しい来客があったのだ。だがこの時は、あのをキャッチすることができたので落ち着いて対応するこができた。

ドルイドはますます姉の訪問に鈴が鳴らなかった理由がわからなくなった。これは後ほど調べる必要があるだろう。

そんなことを考えていると、ジェイクに連れられて夫婦と思われる2人組が応接間に入ってきた。ここを訪れる者たちの多くがそうであるように、彼らもまたその表情は硬く緊張が見て取れた。ドルイドの正体を知っている以上、当然の反応と言えば当然である。


「こんにちは。長旅お疲れになったでしょう。すぐにお茶をお持ちしますわ。どうぞおかけになって下さい。」


2人は勧められたソファにぎこちなく腰を下ろした。ジェイクがお茶を持って給仕する。

その姿を2人はじっと見ていたが、給仕が終わらないうちに夫はたまらずといった様子で口火を切った。


「突然の訪問を申し訳なく思っています。

ですがことは急を要するのです。

どうか私たちの依頼を聞き入れてはくれませんか。」


ドルイドは落ち着き払った様子でお茶をすすめて答えた。


「私のことはドリーとお呼び下さい。

ご依頼はお受けしますわ。さぁどうぞ、楽になさってお話をお聞かせください。」


やはり2人は夫婦だった。

夫ロバート・モーリスは銀行家で、今は妻と娘の3人でロンドンに暮らしているのだそうだ。また氏は様々な事業にも携わっており大変な資産家で、今めきめきと力をつけているブルジョワジーの1人だ。

妻エレノアも大きな商家の娘で、家族は何不自由なく暮らしているとのことだった。

だが今回火急の要件で訪れたのは今年、婚約した19歳になる娘マイラのことだという。


「娘にはよい結婚をしてもらいたいと夫婦ともども考えておりました。

自慢ではありませんが、私はこのように事業でも成功しておりましたし、娘を嫁にもらいたいという男は多くいます。その中でもとびきりの男性を私は婚約者として選んだのです。

彼は爵位があり、また教養があって有能な男です。

娘には申し分ない結婚だとは思いませんか?

ご理解頂きたいのは、私たちは娘に不幸にはなってもらいたくない、ということなのです。」


氏はそうして娘の結婚について自分の見解を並べ立てた。

それは、この結婚がどれだけ娘にとって有益であるかを伝えたいというよりは、本題に入ることを先延ばしにしているようにも聞こえた。そしてついに妻がたまりかねたように口火を切った。


「ドリーさん、実は私たちはまだ半信半疑なのです。ここへ来る前には多くの専門家に依頼して娘について相談してきました。

ですが皆お手上げだったのですわ。

どうかご気分を害されないとよいのですが…。私たちが耳にしたところによると、あなたはその…理屈では解決できないようなことを扱っておられるとか。

わたしどもが直面している問題はまさにそのようなものなのです。

ですが私どものような先進的な社会で生きているものが、よもやこのような事態に陥るとは思いませんでしたわ。」


ドルイドは表情1つ変えずに告げた。


「奥様、心配なさらずともここでお聞きしたことは全て秘密にいたしますわ。

成功する者はただでさえやっかみを受けるものですし、何か問題が起こればロンドン中の目と耳が放っておきはしませんもの。

それに上流階級とも親交のあるあなた方が魔女と呼ばれる者に助けを求めたと

噂されれば大変な事態になることは想像できますわ。」


2人は目を丸くしてドルイドの言葉を聞いていた。ここまで歯に衣着せぬ物言いに驚いているのだ。だが彼女が魔女ならば、彼らの常識や礼節や言葉選びなどは通じないという理屈も容易に受け入れられたようであった。

モーリス氏はすぐに立ち直り、気を取り直して語りだした。


「そう言って頂けるとありがたい。

もちろんこの件を解決して頂いたあかつきには十分なお礼はいたします。

我々は八方ふさがりなのです。」

「では事情をお聞かせください。」


氏は頷いて語りだした。



それはある晩のことで、いつも通りモーリス夫人が就寝の前に娘の顔を見に、彼女の部屋に入った時のことである。マイラは婚約が決まってから塞ぎがちで体調も良くなかったのだという。

夫人は心配で彼女に言葉をかけたが、マイラはそれに答えることはなかった。

夫人はあきらめて部屋を出たのだが、階段を降りたところでマイラの悲鳴が聞こえたので、慌てて部屋に引き返すとマイラはベッドの上で静かに眠っていたのだそうだ。


「娘が死んでしまったのではと思って、駆け寄って体を揺すぶったのですが、一向に目が覚めないので、後から駆け付けた女中に夫を呼んできてもらったのです。

夫は娘を見てすぐに医者を呼ぶように言いましたわ。本当にすぐに来て頂いたんです。

ですが駆けつけた医者は、静かに眠る娘を診ても、原因がわからないと言いましたわ。

ただ眠っているだけだと。

命に別状はないことはわかって安心はしたのですが、それでもとても心配で…その日はベッドから離れられませんでしたわ。」

「それはいつの出来事ですか。」

「2日前のことです。」

「娘さんは今も…?」

「はい、未だに目覚めません。

あらゆるツテを使って専門の方に診て頂きましたが、皆原因はわかないと言うのです。

かろうじて水を口に含む程度で…。

早くしないと、このままでは…あの子は…」


そう言って夫人はハンカチを持っておいおいと泣き出すので、モーリス氏が慰めの言葉をかけることになった。

モーリス氏はドルイドに懇願した。


「どうか娘を助けて下さい。

もうあなたにすがるほか我々に残された道はないのです。」


ここまで聞いたところで、ドルイドはお茶を一口飲んでから答えた。


「今の話だけでは、私も対処の使用がありませんわ。」


その言葉を聞いて2人とも愕然とした表情になり、モーリス氏は何かを言おうと口を開いたが、ドリーの方が早かった。


「今から急いで娘さんに会わせて下さい。

全てはそれからです。」

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