第26話 2つの魂

 メアリと夫人、そしてアリスは屋敷に残ってメアリの魂を呼ぶために祈りを捧げることになった。

霊園に向かうのは、ドルイドと墓を掘る男手としてレイモンド、モーリス氏、御者のダントンも手伝ってくれることになった。

許可なく墓を暴くのは犯罪なので、関わる人間はそれなりの覚悟が必要だが、ダントンはお嬢様のためならと引き受けてくれた。

ここの使用人たちはなぜかマイラ嬢に特別、親愛の情を寄せているように思えた。

その理由は知る由もないが、ドルイドをあたたかな気持ちにさせる。

驚いたのは墓堀にヘンリーまでもが名乗り出たことであった。

応接間でドルイドは何度も彼にこの仕事の危険性を説明したが、彼は断固として

その意思を変えなかった。

もしこのことが世間に知られたら、スキャンダルである。

ドルイドやレイモンドは覚悟の上だし、モーリス氏やダントンは身内だが彼は違うのだ。

それこそサウスウェル子爵家に泥を塗ることになるのではないのかと心配したが

彼の高潔さは真正のもので、今回の件から抜けるという選択肢は彼には無いのであった。

メアリたちはマイラの部屋へ、男性陣は裏口に向かう。

彼らが馬車に乗り込んでいく中、ドルイドは後に続こうとするレイモンドを呼び止めてそっと尋ねた。


「体は大丈夫なの。」


あれだけの時間、清浄な気にさらされていたら万全の状態であるはずがなかった。

だが彼はことも無げに笑って言った。


「大丈夫だ。

あれくらいでわたしの体はどうにかなったりはしない。

君は本当に心配症だ。」

「でも…」


そこでレイモンドはそっと馬車の扉を閉めてドルイドに向き直ると、謎めいた笑みを浮かべて言った。


「そんなに言うなら、君の血をわけてくれるかな。そうすれば若者10人分の働きはするだろう。あの牧師みたいな堅物の手も必要なくなる。」


ドルイドは一瞬言葉に窮したが、少ししてきっぱりと言い放った。


「それはできないわ。

それだけはだめよ。」


レイモンドは肩を竦めた。


「そう言うと思ったよ。」


ドルイドは鋭い目で睨んだ。心配しているのにはぐらかされたような気分だ。その思いを察してかレイモンドは困ったように笑って言った。


「私は大丈夫だよ。

ここに来る前に十分な量を摂って来たからね。さぁ行こう。時間がない。」


そう言って彼は馬車に乗り込んだ。





馬車が到着すると、ドルイドの誘導で墓はすぐに見つかった。

だが予想通り霊園はとても騒がしくなっていたので、マイラが無事に自分の身体へ返れるかが不安になる。

男たちはジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくって作業をはじめた。

レイモンドの指揮で墓堀が進められる中、ドルイドは墓石の周囲をぐるりと歩いて結界をはった。

集中してフィリップとマイラと対話するには、地から湧き出てくる者たちは邪魔なのだ。

ヘンリーは明かりを灯しながら、周囲に気を配る。

こちらは人間の邪魔が入らないようにするためだ。

男たちがせっせと墓を掘り進める中、ドルイドは一歩引いて墓石の正面に立ち、魂の声で彼らに呼びかける。しかし何度呼びかけても反応は返ってこなかった。

ドルイドが焦り出す頃、レイモンドが叫んだ。


「そんな声ではだめだ!

もっと強力な力で呼び出すんだ!」


突然のことに周囲の男たちは驚いたが、2人しかわからない何かが始まっているのだと悟り、作業を再開させる。

ドルイドはレイモンドの言葉に反応するように両の手を広げ、自身の身体から湧き上がる魔力で彼らを引きずり出すように呼び掛けた。

すると、ついに男たちの踏みしめる地面からうねる銀のもやのようなかたまりが浮かび上がってきたのだ。

それは高速で回転しているようにも、ゆっくりと波打っているようにも見えた。

しかしその姿を捉えてドルイドは口元を両手で覆ってうめいた。

レイモンドがこちらを振り向く。

ドルイドはそのかたまりから目が離せなかった。

この世ならば肉塊にくかいと呼ばれてもおかしくないその姿は

2人の魂のなれの果てなのだった。

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