第25話 できること

 しばらく誰もが口をきけなくなった。

娘を禁忌の行為へと追い詰めたのが自分たちだということを知り、夫妻は呆然自失した。

アリスもヘンリー・エヴァルでさえもただこの重苦しい沈黙に押しつぶされ何も言えないのであった。

ドルイドは自分のしたことを受け入れるつもりだった。

彼らが彼らなりに築いてきたものを全て打ち砕いたのだという自覚はある。

ドルイドが歩いた後はいつもこうして、荒野こうや瓦礫がれきの山となり、その上にひとり立つ彼女は乾いた猛風もうふうさらされながら、そのわびしい風景を眺めるのだ。


だが声が、太陽の導き手のように彼女を暗い物思いから引き揚げた。


「ねぇドリー。私たちにはもう何もできないのかしら。」


ドルイドはゆっくりと姉の方を振り向く。

メアリはドルイドの目を捉えて離さない。

ドルイドもしっかりと彼女を見据え、答えた。


「いいえ、姉さん。

まだ希望はあるわ。」


アリスが顔を上げる気配がした。


「幸いにも、彼女はまだ死んでいない。

魂が離れているだけですもの。

フィリップとの絆を断ち切り、この身体に呼び戻すのよ。」

「私たちはどうすればいいのですか。」


アリスはすがるように尋ね、ドルイドは彼女に向かって答えた。


「まずはマイラ嬢の指輪を取り戻してこの指輪を彼に返すわ。

そして彼女の魂をここへ導くの。」

「それはまさか…墓を掘り起こすということですか?」


ヘンリーが尋ねた。


「その通りよ。見つかれば墓守に捕まるわ。

そうすれば彼女を助けられなくなる。

だから日が沈んでからでないと行動できないわ。

日没まであと2時間。この間に準備をしなければならないわ。」


ドルイドはアリスに指示を出した。

墓を暴くにはそれなりの道具や段取りが必要だ。


「私にできることはあって?」


メアリが心配そうに尋ねる。

自分は足手まといだと宣告されるのではと思っているのだ。

ドルイドはそんな姉の不安げな表情を見て、申し訳なく思った。

ドルイドは項垂うなだれる夫妻をちらりと見て言った。


「姉さんにしか頼めないことがあるわ。

だけどそれは少し危険を伴うの。

引き受けてくれるかしら。」


メアリは怖がるどころか、少し興奮気味に答えた。


「まぁドリー、もちろんよ。

私にできることなら何でもするわ。」


ドルイドはその言葉に頷いた。

メアリに求めるのは、マイラ嬢の魂の道しるべとなることだった。

メアリは元々、多くの魂をその身に引き寄せる体質だ。

マイラ嬢の身体に寄り添うことで、彼女の魂をこちらに呼び寄せる。

アリスが屋敷の者たちに声をかけて、必要な道具を馬車に積み込みだした。

レイモンドももちろん協力したが、ヘンリーまでもがそれに加わった。


「私にできることがあるなら、お手伝いいたします。

少なからず私の兄も関わっているわけですし、何より困っているご婦人方を

見捨てるなどということはできません。」


その間にドルイドとメアリは再びこの部屋を清め、マイラ嬢の魂以外のものが

入ってこられないように幾重にもまじないをかけ場を整えた。

全てが終わる頃には、日没を迎えていた。


関係者全員が1階の応接間に集まり、それぞれの役割を確認した。

ここに来てようやくドルイドは思い出したように夫妻に声をかけた。

夫妻はこの間、気配を消したように隅で固まっていた。

屋敷の者たちが忙しく立ち働く中、2人はただそれらを見ていたのだ。


「私たちは霊園に向かいます。

あなた方はどうされますか?」


2人はもうだいぶ回復していて、口は開くようであった。

ただ何と答えるべきかわからないようで、夫人は口を開いたり閉じたりしていた。

ドルイドは夫人に言った。


「モーリス夫人、もし娘が大事ならメアリと一緒に御祈りを捧げて下さい。

彼女の魂が我が家ホームに戻ってくるように。

母親の呼びかけになら答えてくれるかもしれません。」


次にモーリス氏に向き直る。


「あなたは選ぶことができます。

夫人とともに祈りを捧げるか、指輪を取り返すために霊園に向かうのか。

男手はあるだけありがたいですが

父親の祈りもまた効果はあるでしょう。」


氏は目に光を宿して決然と顔を上げた。


「私も霊園に行こう。

娘が危機にあるのに他の男になど任せられない。」


ドルイドは頷いた。

彼もやっと自分が何をすべきか自覚したのだ。

夫妻に健全な精神が戻ろうとしている。

それだけでこの屋敷の空気が清められていくのがわかる。

それはドルイドがかけたまじないの幾倍も効果があるのであった。


「では参りましょう。」

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