第24話 あの晩
レイモンドはモーリス氏をソファに座らせ、自分も椅子に腰を下ろした。
本当は肌を焼いてしまう程の痛みを感じているはずなのに、彼は動こうとしない。
ドルイドは自分の使命に集中することにした。今何をなすべきか結論を出すことが、彼をここからすみやかに追い出すことになるし、また実際に時間は限られていた。
ドルイドは先ほどの話の続きをはじめる。
「マイラ嬢はずっとフィリップの霊と婚約指輪を通して繋がっていたのよ。」
夫人は真っ青な顔でドルイドを見返し、モーリス氏も疲れた顔を上げる。
「その状態は2年にも渡って続いた。
その結果、彼女の身体は魂を失うことになった。だけどその交流を阻止すべきだったかどうかはわからないわ。
だって彼女が今まで生きてこれたのは正にフィリップの霊のおかげなんだもの。」
「それではおかしいじゃないか。
娘を生かしてきた彼が、どうして今になって魂を奪うなんてことをしたんだ。」
モーリス氏は
ドルイドは目を伏せた。
「フィリップは彼女の魂を奪ってなんかいないわ。」
モーリス氏が怪訝な顔をする。
「それはどういうことだ?」
ドルイドは喉の奥が締め付けられるような気がした。
これこそがレイモンドが望んだことだろう。
レイモンドはドルイドの甘さを許さない。
この家族の歪みの根源は、夫人よりも氏にあると考えているからこそ、彼をここに連れて来たのだ。
それはまさにドルイドが避けていたことだった。そしてその
ドルイドはレイモンドの強い視線を感じながら、夫妻に告げた。
「マイラ嬢は自ら死を選んだのよ。
グリント氏は父親に殺されたのだと思って、彼の後を追ったのよ。」
「馬鹿げたことを!」
氏は勢いのまま立ち上がり、怒鳴りつけた。
隣にいた夫人は顔を両手で覆い、うずくまる。ドルイドは話し続けた。
「マイラ嬢は愛する人を失い、絶望と悲しみにさいなまれた。
彼が亡くなった時、彼女には彼女を支える愛が必要だったのよ。
そうすれば彼女は今、健全に回復していたでしょうに。
だけどあなた方は彼女を閉じ込めて、孤立させた。彼女は1人で絶望と向き合わされたのよ。」
ここでモーリス氏はようやく自分たちがしたことを理解したらしかった。
蒼白な顔でドルイドを見つめる。
マイラはきっと感受性の強い女性だったに違いない。人一倍愛情の深い人間は、悲しみも人一倍なのだ。
だが彼女は閉じ込められた部屋でひたすら彼がいないことを考え続けなければならなかった。彼女の魂は弱っていったに違いない。
それを救ったのがフィリップだったのだ。
彼は指輪で繋ぎ留められた現世でマイラを見守っていたに違いない。
そして彼女が限界に来た時、ついに彼女の前に現れたのだ。
マイラは見る間に回復した。
彼女は再び幸せの人となった。
愛する人を手に入れ、そして二度と失うことはないのだ。
それでも脅威はあった。
両親に知られれば再び引き裂かれるとアリスから告げられ、彼女はこの幸せを壊すまいと必死に守った。
だかそれも喪に服する
「彼女はそれでもフィリップのおかげで回復した。だけど喪が明けたとたん、あなた方は新しい婚約者を連れて来た。
しかも爵位だけが取り柄の虚栄心の強い、金目当ての男を。」
お
彼は何も言わなかった。
「彼女は追い込まれたのだわ。
彼女の魂は再び死に向かって行った。
そして留めを刺したのが、父親への疑惑だった。彼女は氏の書斎であの記事を見つけた。
そしてフィリップのお葬式を思い出したに違いないわ。
どうしてお金にこだわる父親があそこまで彼の葬儀に大金を投じたのか。」
フィリップの死の直後、彼女はショック状態だった。もしかすれば埋葬の時の記憶もおぼろげだったのかもしれない。
だからこそ今一度彼の墓を確かめに行ったのだ。たしかにあの墓は彼の身分にはそぐわぬ立派な墓だった。
彼女はあの墓石を見て、疑惑を核心にかえていった。
「墓石を見て、これは罪滅ぼしに違いないと考えた。
彼を殺した罪を
モーリス氏はウィリアム卿に責められた時以上に打ちのめされていた。
ドルイドは今度は夫人に向き直る。
「モーリス夫人、さぁ聞かせて下さい。
あなたはあの晩、マイラ嬢に何と言ったのですか?」
夫人は両手で顔を覆っていた。
こうして彼女はあらゆることから逃げてきたのだ。娘が愛を勝ち取ろうともがいていた時も、それと知っても手を差し伸べず夫の判断にゆだねた。
ドルイドにこの件を依頼した時も、結局自らこれまでのことを話すことはなかった。
だがやっとここにきて夫人は顔をあげ、消え入るような声で答えた。
「あの子はウィリアム卿との結婚を嫌がった。それをあの晩、私に打ち明けたのよ。
だけど私はそれを許さなかった。
私は…あの子にこう言ったの。
この婚約のためにお父様がどれほどの犠牲を払った事か。
フィリップの死を無駄にしないためにも、あなたは幸せになってもらわないと困るわ、と…」
アリスは両手で口を
その言葉が持つ力の半分でも、この夫婦に理解ができていたなら
今のような事態にはなりえなかっただろう。
あの晩、その言葉を聞いてマイラは叫んだ。
そしてこの世を手放した。
愛する人の元へと逝くために。
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