第23話 あるべき場所へ

 メアリはドルイドを追いかけてマイラの寝室に駆け込むと、ドルイドはマイラの身体を探っていた。


「何をしているの?」


ドルイドはメアリの質問に答えず、何かを探し続けている。

だがついに顔を上げるとメアリに、夫人とアリスを呼んできて欲しいと告げた。

そして少し考えてから、レイモンドにはモーリス氏の様子を見ていてほしいと付け足した。レイモンドがここに来ないようにするための配慮だろう。

メアリはすぐに指示通りに動いた。

夫人とアリスを連れてくるとドルイドは体を起こして2人に尋ねた。


「グリント氏との婚約指輪はどこにありますか。彼女は身に着けていないようだけれど。」


夫人は少し驚いたように目を見開いて尋ねた。


「指輪がどうされたの?」

「グリント氏がマイラ嬢の前に現れたことと関係があるのですわ。

どうか見せて頂けますか。」


夫人は慌ててアリスに鍵を渡して指輪を持ってくるように指示する。

アリスは慌てて部屋を飛び出し、ビロードの巾着を携えてすぐに戻ってきた。そうして夫人に袋を差し出すと、受け取った夫人は巾着の中からチェーンの通った金色の指輪を取り出し、ドルイドにそっと託した。ドルイドが受け取るとアリスは説明を始めた。


「お嬢様は確かにグリント様との婚約指輪を肌身離さずお持ちでした。

ただし普段はこうしてチェーンを通して首にかけておいででした。

ですがお倒れになってから肌を傷つけてはいけないと思いまして奥様と相談して外すことにしたのです。」


ドルイドは指輪をつまみ慎重に確かめた。


「これはマイラ嬢の指輪ではないわね。

これはグリント氏の物だわ。

マイラ嬢の指輪はどこにあるのかしら。」


夫人は驚きで目を見開いた。


「あの時は気が動転していて気づきもしませんでしたが、確かにそれは男物ですわね。

娘の指輪はどこにあるのかしら…。」

「グリント氏がお持ちですわ。」


アリスが愕然と答えた。


「教会でお嬢様が指輪をグリント氏の棺に納めておりましたもの。

きっとあれがマイラお嬢様の指輪だったのですわ。」


メアリはドルイドの方を振り向く。


「…それで絆ができてしまったのね。」


ドルイドは呟いた。

フィリップを強く思うあまり指輪を通して、彼を呼び寄せてしまったのだ。

だからこそ彼らは会話ができたに違いない。

フィリップの霊園での言葉を思い出す。

 

 全ては、蛇の尻尾を自ら食う輪のように繋がっている。


あれは比喩だけではなく、この婚約指輪をも示唆していたのだ。

そしてフィリップがメアリに憑依した理由も理解できた。

2人は分かち難い絆で結ばれているのだ。

だからこそフィリップは1人でメアリの身体に入り込んだ。

彼は憑依しなければまともに会話ができないと言った。

会話が聞かれるとも言っていた。

フィリップとマイラの魂はすでに混ざり合い混濁しているのかもしれなかった。

フィリップが反応を返してこないのは、この大気にこくこくと増える邪悪な者たちから身を守るためだと考えていたが、もしかすればそれだけではないのかもしれなかった。


「マイラ嬢がひと月前に霊園を訪れた時、すぐにその場を去ったと言っていたわね。」


これはアリスに向けられた言葉だ。


「はい、取り乱したりはいたしませんでしたが、やはり気分が優れないとおっしゃってすぐに馬車に戻りました。」

「墓石までは行かれたのね?」

「はい…。」


ドルイドはしばらく黙り込んだ。


「何かわかって?」


メアリが心配そうに尋ねる。


「こうは考えられないかしら…」


ドルイドが何かを話し出そうとしたところで扉が開かれた。

そこにはモーリス氏と彼を肩で支えるレイモンドが立っていた。

ドルイドはそれを見て鋭く叫んだ。


「入ってきてはだめよ!」


ドルイドはすぐさま2人に近づき彼らを押し出して後ろ手に扉を閉めた。


「何を考えているの!ここは清浄な結界があるのよ!」


ドルイドはモーリス氏の存在など無視してレイモンドに詰め寄った。


「今夜死ぬかもしれない娘の傍に父親がいないのは納得できなくてね。」


レイモンドの言葉にドルイドは言葉を詰まらせる。


「では彼を預かるわ。さぁすぐこの場を離れてちょうだい。」

「ドルイド」


ドルイドはびくりと肩を強張らせた。

それは今まで聞いたことも無いほど鋭い声だった。

そしてその声音で彼女を見下ろして言った。


「わたしはもう君に守られる存在ではない。

自分の行動には責任を持つつもりだ。」


そう言って彼は空いている手で扉を開き、モーリス氏を中に引き入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る