第22話 婚約者の弟

 ドルイドはアリスを呼んで夫人にヘンリー・エヴァルの来訪を伝えた。

すると驚いたことに夫人が2階から降りて来た。夫人はヘンリーの顔を見て、その顔から連想する男の存在に再び憤激したように見えたが、なんとか感情を抑えこむと屋敷の女主人として対面を保った。

罪があるのは彼の兄で会って、彼自身ではないと何とか自分に言い聞かせたようだ。

夫人は彼を客間に案内し、彼がここへ来た理由を説明する余地を与えた。

その前にヘンリーはあらためて彼らに挨拶をし、メアリとドルイドには正体を隠していたことへの非礼を詫びた。

ドルイドもメアリも同じようなことをしていたわけだから、お互いのそのことを追及するのは無しにしようということになった。

ヘンリーは困ったように話し出した。


「兄は明るく人から好かれるタイプなのですが、快楽を好むところがありまして、婚約者のいない私の名をかたりたびたび社交の場に赴くことがありました。

しがらみのない弟の立場が気に入っている部分もあったのかもしれません。

そういったわけでいつもの癖でお2人を騙すようなことになってしまい大変申し訳なく思っています。

ですが本日ここをお伺いしたのは、もっと別の、もっと大きな罪について兄に代わってお詫びを申し上げに来たしだいです。

ウィリアム卿の弟だと思われれば会っても下さらないと思い、名前を伏せてお尋ねしたことをお許し下さい。」


つまり彼は兄の無礼な振舞いを詫びるため、その道徳的な精神と実直さから、ただちにビルヒル屋敷を出発してここへ馳せ参じたのだ。夫人はとにかく彼があのウィリアム卿の弟だとしても、まともな会話ができそうだと判断したらしかった。

彼の話を聞く気になったようでアリスに、お客様にお茶をお持ちして、と声をかけ彼に椅子を勧めた。

足の悪い人をいつまでも立たせておくわけにはいかないとも思ったのだろう。

ここでやっとヘンリーも強張った笑みを浮かべ、お礼を言い椅子に座った。


「兄が昨日こちらを尋ねる原因を作ったのは実は私なんです。

メアリーさんとドリーさんがお帰りになった後、私たちはあなた方の話をしました。

兄は始終メアリーさんの話をされていたのですが、私が並木道で会ったドリーさんを相当な美人だと褒めたものですから、兄がびっくりしてドリーと呼ばれた人はメアリーさんの叔母君で私どもの母よりもだいぶ年上だと言うもんですから、こちらが驚いてしまいました。ですが並木道には我々以外に人はいなかったわけですから、私たちも混乱してしまって兄はついにメアリーさんが訪れたという友人宅を探すことにしました。

ですがどの近所の人もそんな2人組は知らないし、そういえば南の方から真っすぐビルヒル屋敷に向かう馬車を見たという人物まで出てきたものですから、ますます兄は怪しがって、しかも見たことのある栗毛の馬のことまで思い出したものですから兄は怒り心頭で屋敷を飛び出していったのです。

兄はこちらを訪れて何をしでかしたのか、兄は屋敷に戻ってからすっかり私に話して聞かせました。私はあまりにも驚いてしまい、兄を責めました。

あまりにも軽蔑すべき振舞いです。

サウスウェル子爵の名に恥ずべき行為です。

私は居てもたってもいられずこうして非礼を詫びに参った所存です。

許してもらおうとは思っていません。

ですがどうか少しでもお気持ちをやわらげて下されば幸いです。」


メアリーもドルイドを彼を責める気になどなれなかった。

最も被害を受けたモーリス夫人ですら彼の人柄を理解し、謝罪を受け入れる気にさえなったほどだ。


「夫はあの方の言葉にショックを受け、今はベッドに臥せっております。

あなたのことは夫が回復してからお伝えしておきますわ。」


ヘンリーは悲痛な面持ちになる。


「本来ならお見舞いできればよいのですが、私の顔など見たくもないでしょう。

許していただけるのならば、氏が回復してからあらためてお見舞いに伺います。」


夫人は鷹揚に頷いた。

ヘンリーはほっとした表情を浮かべ、そしてドルイドに視線を向ける。


「あなたはやはりドリーさんなんですね。

本当にメアリーさんの叔母様でいらっしゃるんですか。」


私はメアリーの妹で名前はドルイドと言います、と告げてまた自分は魔女であることも告白した。その後に、夫人の許可を得てこれまでの事の次第を伝えた。

どうして自分たちがモーリス邸に滞在することになったか、ビルヒル屋敷を訪れた経緯、3年前にマイラ嬢の身に何が起こり、そして現在どのような状態かを告げた。

どうやらヘンリーは魔術に耐性があるらしく、簡単な魔法ならかかりにくいことがわかった。確かに初対面で彼はドルイドを年寄りではなく令嬢として扱ってくれていた気がする。しかしそれに気づかなかったドルイドは、自分はまだ魔女として半人前だと思うのだった。


「にわかには信じられません。

ですが兄があなたを老婆だと思っていたのですから信じないわけにはいかないですね。」


そう一度言葉を切ってから、言いにくそうに再び口を開いた。


「マイラ嬢がそんな状態だとは私は知る由もありませんでした。

知っていればこの婚約ももう少し慎重にすすめるよう兄に助言できたかもしれません。

断るという意味ではなく、もう少し時間をかけて、という意味です。

なぜなら兄はこの婚約に前向きでしたから、それに兄は前の婚約者についてマイラ嬢から話を聞いているようでした。」


夫人はここで驚きの声をあげる。


「マイラがウィリアム卿にフィリップの話をしていたというの?」

「私も昨日初めて知りました。

兄は帰宅してから昨日のここでの出来事を話していましたが、以前のマイラ嬢とのやりとりも思い出しているようでした。」


ヘンリーはだいぶ言葉を選んでいるが、どうやらウィリアム卿は自宅に戻ってからもモーリス家について口汚く罵っていたのだろう。

弟であるヘンリーは兄の名誉のためそんなことは口にしないが、必要な内容をどう夫人に伝えるべきか苦心する姿に、聞く者は容易にウィリアム卿の罵詈雑言が想像できるのであった。


「兄はマイラ嬢が前の婚約者との婚約指輪を身に着けているのを許していたとも言っていました。

自分がどれだけ寛大な夫となり得るかを示すためだと。」


それを聞いてドルイドは、はじかれる様に立ち上がった。

そこにいた者たちはみな一斉にドルイドに注目したが、ドルイドはその視線に答えることはなく、次の瞬間には客間を飛び出していた。

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