第21話 再会

 メアリはアリスによって起こされた。

少々ばつの悪い思いをしたが、アリスは優しく「ドルイド様が呼んでいます。」と声をかけてくれた。外はすでに明るく、かなりの時間眠ってしまっていたがことがわかる。

メアリはマイラを見て、何も変化がないことを確かめると、ドルイドがどこにいるかをアリスに尋ねた。


「客室にいらっしゃいます。

ただしお召し替えなさってからお部屋に来るようにとのことです。」


メアリはその指示の意図が理解できなかったが、従うことにした。

アリスの手伝いを得て着替えを済ませると、やはりアリスの案内で客間に向かう。部屋に入るとドルイドが顔をあげた。

メアリが口を開こうとしたところで、ドルイドの真向かいに座っていた人物が

ソファからさっと立ち上がった。

メアリは彼を見て驚いた。


「まぁハットフォードさん。

いついらしたの?

どうしてここがわかったのかしら。

ドリー、あなたが呼んだの?」


メアリは幸運にも口に出してしまう前に、召し替えの理由を理解した。

お清めのお香を焚きしめたドレスでは、レイモンドには負担なのだ。

ここの窓が開け放たれているのもそのためだろう。ドリーは椅子に座ったままこちらに目を向ける。


「いいえ、ジェイクが心配して彼を寄こしたのよ。彼はロンドンでも開業しているから患者をここいらにいくらか抱えている。

仕事のついでに立ち寄ったというわけ。」

「まるで私の意思がそこには無いような言い方だね。」


心外だ、とばかりに眉間に皺を寄せてドルイドを見下ろす。だが本気で気分を害しているわけではないようだ。


「優秀な君がどうやら手こずっているようだと踏んでね。力になれればと思って駆け付けたんだよ。」


ドルイドが何かを言おうとしたがメアリが早かった。


「ああ、なんてお優しい方なんでしょう!

その通りなんです!もう私たちにはどうすることもできなくて…。何かお考えがあって?

今の事態をどこまでご存知なのかしら?」


ドルイドはこの時点で全てをレイモンドに話していた。そして今後どうすればいいかを話し合っていた最中なのだという。


「まずその「真実」を知りたいのは、本当にフィリップなんだろうか。

彼はあちらの世界ですでに全てを知っているならば、「真実」を求めているのは

彼ではないのではないだろうか。」


その言葉にしばらくドルイドは何かを考え、アリスを呼んだ。アリスが部屋に現れるとモーリス夫人と話ができるか尋ねてきて欲しいとお願いすると、彼女はすぐに部屋を出て夫人を探しに行った。

ドルイドが呼ばれるかと思ったが、夫人はすぐにアリスとともに客間に現れたのだった。

夫人はレイモンドを見てぎょっと肩を硬らせた。ドルイドはすぐに彼を紹介する。


「勝手に引き入れて申し訳ありません。

彼は私の知り合いの医者です。

私たちの専門分野にも詳しいのでよく相談にのってもらうのですわ。」


夫人はもう驚くのにも疲れたようで、自己紹介をすませるとレイモンドにも名前を尋ね、初対面の挨拶を済ませてしまった。そして自分と話したいことは何かをドルイドに尋ねた。


「マイラ嬢のことですが、彼女はこの記事をご覧になったことがおありですか。」

「いいえ、こんな記事を読んだら娘は卒倒してしまいます。夫もこれらの悪質な記事に頭を悩ませていました。」


そう言うと夫人は涙ぐんで訴えた。


「今、夫は臥せっています。

昨日のウィリアム卿の言葉がですわ。

夫はどれほどこの件で悩まされたことか。

娘が婚約してから半年、これらの記事の内容がマイラの耳に入らないように私たちは必死でした。

娘の大切な婚約者を父親が殺すなんて、そんなこと本当に信じられますか?

あなたたちも卿を信じておられますか?

私たちを疑いになって?」

「いいえ、私たちは一切あなた方を疑ったりしておりませんわ。あれは事故で、ご夫婦は全く関わりのなかったことだとわかっています。ですが娘さんはそう思っていなかったのかもしれません。」


夫人はここで目を丸くした。


「どういう…」

「奥様!」


ここでアリスが声をあげた。


「申し訳ございません。

どうかお聞きください。

私、一度お嬢様が旦那様の書斎で記事をお読みになっている姿を見たことがございます。」


夫人の顔色がさっと青ざめた。


「どうしてそれを言わなかったの!」

「ちょうど旦那様の部屋を掃除しようと思っていたところで…、私も何と言っていいかわからず混乱してしまったのですが、お嬢様は一言、ひどいでたらめだ、とおっしゃってその後も普通にされておられたのでお伝えしなかったのですわ。」

「だけどあれだけ言っていたのに…!」


夫妻は使用人たちにもこのことはマイラには伝えてはいけないと強く言い含めていたに違いない。


「アリスは、このことをご夫妻に伝えればマイラ嬢が再び部屋から出られなくなると危惧したのでしょう。」


ドルイドの言葉に夫人ははっとして顔をあげ、苦しげな表情を浮かべる。

マイラの様子がおかしくなれば、また軟禁生活に戻ることはこの屋敷内での暗黙のルールになっていたに違いない。


「それはいつ頃のことなの?」


メアリが尋ねる。


「確かひと月程前のことですわ。」

「お墓を訪れた時期と重なるわね。」


アリスは、あ、と声をあげる。


「そういえば、新聞のことがあってから数日後にお嬢様からお墓参りの提案がありましたわ。あの記事が何か刺激になったのかもしれない、と思った記憶がございます。」


ドルイドの中で何かが繋がりかけた時、年かさのメイドが夫人に来客があることを告げに来た。


「今日は来客の予定はなかったけれど、どなたかしら。」

「それが男性の方なのですが名前をおっしゃらないのです。ただ重要な用事だとだけ聞いております。ドルイド様のお名前も出しておられました。」


ドルイドは顔をあげる。


「私が最初に対応しよう。いいね。」


動ける唯一の男性であるレイモンドは提案する。そして返事を聞かずに立ち上がって部屋を出ていった。

ドルイドも急いで後を追う。

レイモンドの歩くスピードはいつも人間離れしていると思う。階段の途中からすでに2人のやりとりが聞こえてきた。


「まずはお名前を頂かないと、取り次ぎようがありません。」

「名乗ればご夫妻は決して私にお会いにはなってくださらないでしょう。

こちらにドリーと呼ばれるレディーはいらっしゃいますか。彼女なら話ができるかもしれない。美しいオークの並木道でお話をした者だとお伝えになって下されば…。」

「こんにちは、ヘンリーさん。

遠路はるばるお越しいただいて感謝いたしますわ。」


ドルイドはレイモンドの隣に立って彼を迎え入れた。

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