第27話 別れ

 ドルイドの動揺を見て取り、レイモンドがシャベルを置いてこちらに来る。

レイモンドはドルイドの視線を追って空を見上げ、目を眇めて何かを捉えようとした。

そしてしばらくして彼が息を呑んだのがわかる。

ドルイドは真っ青な顔で訴えた。


「あんな魂は見たことが無いわ。

2人の魂が絡み合っているのよ。

いいえ、溶け合っていると言った方が近いかもしれない。

私でもほどけるかどうか…。」


レイモンドはドリーを振り返って言った。


「ドリー、やれるだけのことはやってみよう。

あれを引き剥がせるかやってみてくれ。」


ドルイドがなんとか頷いた。

ドルイドを安心させるように少し微笑むと彼は持ち場に戻ろうとしたが、ドルイドは彼の腕を掴んで引き留めた。

彼女はポケットからフィリップの婚約指輪を取り出すとレイモンドに託した。


「あなたが持っていて。」


レイモンドは手のひらを確認し、頷いて持ち場へと戻っていく。

ドルイドは気を奮い立たせ、彼らの魂に向き直った。

どうすればこの複雑に溶け合い、絡み合った魂をほどくことができるのか。

0時が迫る今、限られた時間で何ができるかドルイドは必死で考え始めた。





メアリがマイラ嬢の冷たい手を握り、もう片方の手で夫人の手を握る。

夫人も空いている方の手ででアリスの手を握っていた。

そして3人はマイラ嬢の身体に寄り添い、彼女の魂に呼びかけ続けていた。


「ねぇメアリさん。こんなことで娘は本当に目覚めるのかしら。」


ドルイドたちが出発して3時間は経過していた。

夫人も不安になってきているのだ。

メアリはここで毅然とした態度をとることが肝心だと考えた。


「もちろんです。

私の妹は優秀な魔女です。

それに彼女は全身全霊で彼女を救うために尽力していますわ。

奥様もそうでなくてはなりません。

マイラ嬢にとって唯一の母親なんですもの。」

「だけど不安になってしまうんです。

私が娘をこんな風にしてしまったのだと思うと、そしてもう二度と目覚めないかもしれないと思うと、気を確かに保とうとも難しいのです。」


夫人ははらはらと涙を流し出した。


「奥様、お嬢様は決して奥様や旦那様を置きざりにする方ではありませんわ。

必ず目覚めます。今、旦那様も全力を尽くしておられますわ。

私どもも頑張らねばなりません。どうかお気を確かに。」


アリスが夫人を励ます。


そんな姿を見て、メアリはふと思ったことを口にする。


「あなたはマイラ嬢をとても慕っているのね。」


アリスがはっとしたようにメアリを見る。


「お仕えする家族をお支えするのは当然のことですわ。」


夫人はかぶりを振って、涙を拭いながら笑みを浮かべる。


「アリスはね、マイラに特別恩義を感じているのよ。」

「まぁ、詳しく知りたいわ。」


メアリはその話題に飛びついた。ここの者たちの陰の気を取り払う必要がある。

そして実際に本当に知りたいと思っていた。

アリスは一瞬戸惑いを見せたが、夫人が促すと話し出した。


「私は一度このお仕事を辞めたことがあるんですわ。

体調を崩して働けなくなったので実家に戻ったんです。

7年前のことですわ。

最初は大したことはないと思っていたのですが、どんどん症状が悪化して高熱が出て

一時期は家族も助からないと思う程で…ですが薬やお医者様を呼ぶお金も家には無いもので母は神に祈るだけだったと言っていましたわ。

ですが母の祈りが通じたのか私が高熱を出して2日目に親切なお医者様が家に来て薬を処方して下さったんです。

しかもそれから何度も診察に来て下さったんです。

私は熱に浮かされて何がどうなっているかわからなかったんですけれど、結果的にそのお医者様のおかげで助かったのですわ。」


メアリは熱心にその話に耳を傾けた。

夫人も話を聞くうちに涙が引っ込んだようだ。


「後から母に聞いたのですわ。

旦那様がお医者様を寄こして下さったのだと。

そして回復したら屋敷に戻って来て欲しいとおっしゃったと。

私は本当に感謝で胸がいっぱいになりましたわ。

私は回復して歩けるようになるとさっそくお礼を申し上げるためにお屋敷に向かいました。」


ここで夫人が、くすっと笑った。


「あれは驚きだったわね。」


アリスもあたたかな笑みを浮かべる。


「ええ、本当に私も驚きました。

お屋敷に上がると、旦那様は私を見てびっくりされて、どうして仕事を辞めた私がここに居るかわからないといった様子でしたわ。

私がここに来た経緯と感謝の言葉をお伝えすると旦那様は更に驚かれて何のことを言っているのかさっぱりわからないと言うのですわ。

私も呆然としてしまって、では誰がお医者様を寄こして下さったのだろうと旦那様と考えていると、そこにマイラお嬢様が部屋にやってきてこう言ったのですわ。

「私がお医者様を手配したのよ、アリス。

本当に元気になってよかったわ。

だってあなたは私に新しい髪結いをしてくれると言ったじゃないの。

なのに勝手にいなくなってしまうんですもの。

明日から毎日私の髪を結ってもらうわよ。」

そう言うと旦那様も笑って

私を再び雇うとおっしゃってくれたのですわ。

髪結いはお嬢様の方便ですわ。

後から知ったのですけど、私の身体を心配したお嬢様が旦那様からの伝言という形にしてお医者様を手配して下さったそうなのです。

それを12歳の女の子がやってのけたのですわ。」


ここに来てアリスの目に涙が浮かんだ。

メアリはマイラの気持ちを察することができた。

一人娘のマイラにとって歳の近いアリスはお姉さんのような存在だったに違いない。


「私はお嬢様が大好きですわ。

あんなにかわいらしい方はいらっしゃいません。

お嬢様のためなら何でもいたしますわ。

お嬢様には幸せになって頂きたいのですわ。

でもフィリップ様の元に逝くのは違うと思うのです。

少なくとも今ではありませんわ。

だってまだ19歳ですもの。」


アリスはそっと夫人に手を伸ばした。


「奥様、お嬢様を呼び戻しましょう。」


夫人も何とか笑みをつくり、頷いた。

アリスがこちらを向く。

メアリもゆっくりと頷いた。





どれくらい時間が経ったのかわからなかった。

暗闇の中、1つのランプを頼りに男たちは必死で穴を掘り続けた。

だがついにシャベルの下に固い手ごたえを感じると彼らは歓声を上げた。

男たちは穴の中で何とかスペースを確保し、全員で力を合わせて地上に棺を運び出す。


ドルイドはそんな男たちの仕事も佳境に入っていることは知らず、ひたすらあちらの世界に目をこらし、フィリップに声をかけ続けながら複雑に絡み合った彼らの魂を何とか切り離そうと注力していた。

だがここに来てドルイドが男たちの動きに反応せずにはいられなかった。

なぜなら沈黙を貫いていたはずのこの魂は男たちが棺のすきまにシャベルを差し込んだ瞬間、急に内から燃えるような反応を示したからだ。


突然ドルイドは耳をつんざくような叫び声を聞いた。


それは何マイルも向こうの人間にも届くかと思われたほど長く、頭の割れるような

大音量の叫びだった。


ドルイドはすんでのところで何とかあちらの耳を塞ぎ、昏倒こんとうまぬがれた。


魂は叫び続けた。


その声にならぬ叫びは間違いなく、棺を開けられることを拒んでいる。

レイモンドは手を止めてその魂を見上げたが、この声が聞こえるはずもない男たちは作業に没頭した。

ぎしぎしと棺が悲鳴をあげるたびに、その魂の叫びは一層大きくなるのであった。

ドルイドは今度は声に出して呼びかけた。


「彼はあなたから離れたりしないわ。

ずっとそばにいるのよ!」


だがその叫びは止むことはなかった。

すると突然男たちから歓声が上がった。

ついに棺が開いたのだ。


レイモンドは男たちに棺から離れるように指示し、自ら蓋を開けた。

レイモンドはヘンリーからランプを受け取り、棺の中を照らし出す。

男たちの体は再び棺に近づいて行った。


「疫病にかかりたくなければ、こちらに来るな。」


レイモンドは硬い声で告げる。

男たちは彼の言葉にひるみ、そこから動かなくなった。

レイモンドは目的を果たすため、棺と向き直るとそこにはまだフィリップの面影が残る遺体が眠っていた。

ひどい匂いやその様相に躊躇ためらうことなくレイモンドは慣れた手つきで遺体を探る。

頭上ではレイモンドの動きに反応するように、魂が悲痛な叫びをあげた。だがその叫びは先ほどとは何かが違う。

ドルイドはここで眩暈を覚えた。

誰かが結界を押しつぶそうとしているのだ。

ドルイドはその原因が何かを知ると指輪を探すレイモンドに告げた。


「マイラが魔物を呼んでいるわ。

彼女は魔物を使って私たちを止めようとしている。」


レイモンドは顔を上げた。


「耐えられるか?」

「大丈夫よ。」


だがここで気を抜けばたちまち結界は消え、邪悪なものたちがこのか弱い魂の恋人たちをひと飲みにするだろう。

生きている男たちにも影響が出るはずだ。

この指輪への執着からマイラを解放する必要がある。

ドルイドは更に魔力を押し広げ、モーリス氏に叫んだ。


「ロバート・モーリス!

マイラを呼んで下さい。

あなたが呼ぶのです。

彼女はこの指輪を奪われまいと魔物たちを呼んでいます。

彼女を止めないと私たちまで危ないわ!」


モーリス氏が突然のことに狼狽したが、次の瞬間目の前に広がった光景に呆然とした。

今や銀の魂はここにいる全員に見えるのだった。

ドルイドがそのように魔力を使ったのだ。

暗闇の中まばゆいばかりに輝くその魂は、見た目はあまりに神々しく、生身のものなら言葉を失うのは仕方なかった。


「2人の魂が混ざり合っているのよ。

これを引き剥がす必要があるわ。

さぁ彼女を呼んで!」


そう言うと、にわかには信じがたいが娘だという光の塊に向かって、父親であるモーリス氏は叫んだ。


「マイラ!戻ってきてくれ!

私が悪かった!

お前を1人にしてすまなかった!」


魂がまた叫び声を上げた。


次の瞬間、モーリス氏に向かって猛烈な勢いで分裂した光の塊がぶつかっていった。

モーリス氏は突然のことに驚いて、背中から倒れた。

 

 あなたが愛するフィリップを殺した!!

 あなたが彼を!!


目の前の光から娘の叫びが聞こえる。

モーリス氏は愕然としながらも負けじと叫んだ。


「違う!あれは本当に事故だ!

私はフィルを息子のように可愛がっていた!

確かに最初はもっといい婿がいるはずだと思っていた。

だけどお前が幸せならそれでいいと本気で思っていたんだ!」


モーリス氏は必死で訴えた。

突然レイモンドが鋭くドルイドを呼んだ。

ドルイドは振り返り、彼の手元に光る物を見た。

レイモンドは指輪を見つけたのだ。

ドルイドの次の行動は早かった。

彼女はモーリス氏に向かって走り出し、彼の目の前にある魂を掴んだ。

そして氏が恐怖で引きるのも無視してそれを彼の身体の中に押し込んだ。


「自分で見るのよ。」


マイラは父親の目から真実を見た。

それと同時にドルイドは自分の知る全ての事実を、この手を通じて流し込む。

彼女の気を反らすことに成功したドルイドは、モーリス氏を押さえつける姿勢のままでレイモンドに向かって叫んだ。


「今よ!」


レイモンドはドルイドから預かっていた指輪を棺に投げ込み、蓋に手を伸ばした。

ドルイドの手を通じて彼女の思考を読み取ったマイラの魂は断末魔のような叫びをあげてモーリス氏の身体から飛び出し、ドルイドを突っ切って、頭上のもうひとつの魂に向かって手を伸ばした。


だがフィリップの魂は彼女を待たずして

今まさに閉じられる棺の中に吸い込まれるように消えた。

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