第8話 公会堂

 やはり馬車は目立ってしまった。

ドルイドがトニーの手をとって馬車から降りると、さっそく周囲の視線が集まる。ドレスを汚すわけにはいかないので仕方なかったが、いくら慣れているとは言え、そういった視線を向けられることは居心地のいいものではない。

ドルイドは努めて周囲の目を無視し、光り輝く公会堂を見やった。

それはオイルランプの明かりで、夜の景色の中にぽっかりと浮かび上がっていた。光の中に人々が吸い込まれていく様子をドルイドは陶然とした気持ちで見つめる。

クリスマスの夜にここに来るのは初めてなのだと今さらながらに思った。


「さぁ中に入ろう。」


横を見ると、優しげな表情を浮かべたレイモンドがこちらを見ていた。ドルイドは我に返り、ええ、と答えるとレイモンドの腕をとった。





公会堂の中は賑わっていた。


「メリークリスマス」

「メリークリスマス」


顔を合わせると皆が笑顔で口々に挨拶する。

今日はクリスマスなのだと当然のことを自覚した。

ジェイクのことで気を遣って屋敷では口にしなかった挨拶が耳に新しかった。

ドルイドがそうしろと言ったわけではないが、あきらかに自分がメアリーたちに気を遣わせているという自覚はあった。

公会堂内に満たされていた楽しい雰囲気も、ドルイドたちが入った途端におしゃべりの波がみ、その場の空気がしぼんでいくのがわかる。

ドルイドもどう対処したらいいかわからずただ立ち尽くしていたが、救世主のごとく村人の間を縫って馴染みの顔が現れた。


「メリークリスマス。ハットフォード氏、ドルイド嬢。」

「メリークリスマス。」

「メリークリスマス、スタイン牧師。」


2人はすかさず挨拶を返す。

スタイン牧師はまわりのことは気にならないようで、興奮冷めやらぬように一気に話し始めた。


「よかったです、間に合って。

子どもたちは今日の日のために、本当によくやりましたよ。

私もあんなにわくわくしたのは久しぶりでね。あの件以降、子どもたちとはよく時間を過ごすんです。またドルイド嬢も朗読会に来てくださいね。子どもたちが喜びます。

きっとあなた方が来て下さったことを知れば、今日も飛び出してくるでしょう。

どうぞ楽しんでいって下さい。

席は3つ用意していますが、メアリー嬢は…。」


スタイン牧師があたりに視線をさまよわせる。ドルイドは申し訳なさそうに告げた。


「実は、うちのジェイクが体調を崩してしまって…。

彼女は彼の傍についていることになったんです。

私どもも途中で退席するかもしれませんが、許して下さいね。」

「それはもちろんかまいません。

そうですか…、ミラー氏が…。

早く回復することを祈っています。

またお見舞いに伺ってもかまいませんか。」


スタイン牧師は表情を曇らせる。

日曜礼拝が終わると、彼とジェイクが話をしている姿をよく見かけた。

彼の心配は本心のものからなのだろう。


「レイモンドにも診てもらったのですが、大きなものではないんですよ。

ご心配痛み入りますわ。体調が落ち着いたら、また連絡させて頂きますわ。

今日はどうかこの会がうまくいきますよう、そちらにご尽力なさって下さい。」


クリスマスの、しかもこんな時にスタイン牧師の気を反らすわけにはいかない。

大病ではないと安心させると、スタイン牧師は少し表情を和らげる。そのタイミングでドルイドはひとつだけ気になったことを尋ねた。


「私たちが来ることを御存じだったのですか?」


スタイン牧師の招待だとエラにはうそぶいたが、本当のことだったということだろうか。スタイン牧師が少し驚いたようにレイモンドを見た。


「お伝えしていなかったのですか。」


ドルイドはすかさずレイモンドを見た。

レイモンドと言っても彼はパッツィなのでそんなことは知る由もない。

ドルイドはこの場をどう切り抜けようかと考えていると、レイモンドは少しいたずらな笑みを浮かべた。


「彼女を驚かせたかったもので。」


ああ、とスタイン牧師は納得気に頷いた。


「では効果はあったようですな」とドルイドを見て相好そうこうを崩した。

どうやら危機は脱したようだ。

スタイン牧師は、準備があるので、と言ってその場を去って行った。

ドルイドたちはようやく自分たちの席につくことができた。

スタイン牧師のおかげで村人たちは各々の会話に戻り(時々、視線を感じたが)2人は場に馴染むことができた。

まだ準備が途中の子どもたちがバタバタとそこら中を走っている。その中でドルイドと目が合った子どもがいた。

幽霊騒動に関わっていたアントンだ。農夫の役なのか、カンカン帽に鍬を持っている。彼は横にいた子どもたちの肩を叩いてドルイドの方を指さした。

ドルイドは視線をそらしたい気がしたが、なぜかそれができなかった。

肩を叩かれた子どもたちは一斉にこちらの方を向き、手を振ってくる。

気配を感じて横を向けばレイモンドが軽くを手を振り替えしていた。


「手を振っておあげ。」


まるでレイモンド本人のように諭すので、ドルイドの頬にさった朱がさした。

そんなことは言われなくてもわかっている。ドルイドも軽く手を振ると子どもたちは興奮気味にまた手を振り替えし、名残惜し気に舞台袖の方へ消えて行った。

子どもたちのそんな様子に気づいて、こちらを振り向く大人たちが何人か視界に入ったがドルイドはあえて気にせず舞台に視線を戻した。


「…メアリも来たかったでしょうね。」


レイモンドの横の空いた席が気になって、ドルイドは呟いてしまった。


「いい子だよね。あの子。」


メアリのことだ。この妖精にしてみればもしかすればメアリやドルイドなど子どものような年齢かもしれないが、先程まで絵本やクッキーを与えられていた人物と同一人物だとは思えない。


「そのドレスもブローチも素敵だよ。

君に似合っている。」


ドルイドは訝し気にレイモンドを見やった。


「ブローチ…?」


レイモンドが自分の首元を指す。ドルイドは自分の首元に触れると詰襟の真ん中にブローチがつけてあった。


「玄関で彼女が君につけていたよ。」


ドルイドは、はっとした。彼女が襟を直すために近づいてきた時のことだ。

だがドルイドが驚いたのはそのことだけではなかった。

そのブローチから感じた気配がドルイドを郷愁きょうしゅうに導く。

彼女はとんでもないことをしてくれたと内心穏やかではなかった。

ドルイドが押し黙ったのでレイモンドは舞台に視線を戻した。

まもなくしてクリスマスパントが始まった。

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