第46話 森の中

新月の夜はどこまでも静かで、森の中は真っ暗だが時々小さな無数の光がふわふわと飛び回っているのを見かけた。

だがパッツィは見向きもせず、一心不乱にある方向へと進んでいく。

その中を突然2人に声をかけるものがあった。


「まぁパッツィ、面白いものを連れてるわね?」


まるで歌うような声で話しかけたのは美しい女だった。一糸纏わぬその姿は、くるぶしまで伸びた豊かな金の髪でベールのように覆われ、何も知らぬような無垢な表情を浮かべながら艶めかしい魅力を放っていた。

ドルイドも初めて会ったが、彼女はニンフに違いない。この森にもニンフがいたとは驚きである。


「…パシレ、君には関係のないことだよ。

放っといてくれるとありがたいね。」

「あなたって、昔からと交流しているわね。それは人間でしょう。どうして人間がこんなところにいるのかしら。」


パッツィは無視を決め込んだようだった。ドルイドももちろん口を開くことはない。森の住人と気軽に話せばろくな事にならないのを知っているからである。だがパシレと呼ばれたニンフは、気にした風でもなく楽しそうにくるくると回りながら2人についてくる。そうしてめげずに話し続けた。


「そんなに人間のお知り合いがいるならば、私たちに分けてくれたらいいのに。

楽しませてあげるわよ。」


ふふふ、と笑いながら木々の間を身軽に飛び回る。すると突然、彼女が木々の間から顔を出して声をあげた。


「ああ、わかったわ!

あの“血を求める者”のところに行くのね?

そうでしょう?」


そう言って再びパッツィたちの前に飛び出してくる。

パッツィは黙って彼女を迂回した。ついにパシレが腕を振って怒り出した。


「もう…!みんなして私を無視して!

あの男も私を無視したのよ!

血をあげるって言ったのに!」


その言葉にドルイドが表情を強張らせるのをパシレは見逃さなかった。


「まぁやっと反応したわ…!

ふぅん、なるほどね。

この子はあの男の恋人なのね?

そうでしょう?でもかわいそうに。

きっともう遅いわよ。

が囲ってしまっているもの。

あんまりの邪魔すると、あんたもここにいられなくなるわよ、パッツィ。」

「パシレ…!

いい加減にしろ!」


パッツィがさっと振り返り猫のように毛を逆立てて威嚇する。体の大きさ以上に魔力が増大していくのがわかり、ドルイドは慌てて止めに入った。これ以上、彼に問題を起こさせるわけにはいかない。


パシレがパッツィの魔力に驚いて飛びのいた。


「何よ!そんなに怒らなくてもいいじゃない!心配して言ってあげたのに…!

どうなっても知らないわよ!」


そう言ってパシレは煙のように消えた。急に静かになったところでパッツィは大きく溜息をついた。


「ごめんよ。

パシレは何にでも首を突っ込みたがるんだ。」


そんなことはドルイドは全く気にしていなかった。


「レイモンドは、ここで血を貰っていないのね。」


パッツィは首を横に振った。


「一度もないよ。賢明だと思う。パシレは人助けみたいに言うけれど下心があるに決まっているんだ。」


ドルイドは静かに頷いた。その知らせはドルイドにとって救いだった。森での取り引きは気をつけないと言葉通り命取りになる。彼がそれをわかっていることが知れただけでもよかった。

この会話を最後に2人は黙々と歩き続けた。

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