第45話 森の入り口
ドルイドは暗闇の中、森への最短距離を必死で歩いた。新月の夜は誰にも見咎められることはないので、ドルイドはその場で彼を呼んだ。
「なんだ。」
草を踏む足音が増えた。
「私に埋め込んだカーライルの血を抜いてちょうだい。」
ドルイドは理性を総動員して、ディヴァンに告げた。少しでも気を抜けば、例の件で彼を罵ってしまいそうだからだ。
「繋がりが切れるぞ。」
それがこの男の知った事なのだろうか。今はただ黙って命令に従って欲しかった。だいたい晩餐は終わっていてエレクトラの無事もカーライルに伝えたのだ。もうこの魔術は必要ない。
そして何よりドルイドが気にかけていたのは…
「奴のためか?」
ドルイドは視線だけで彼を睨んだ。ドルイドは無言を貫いたが、ディヴァンの言った通りだった。レイモンドはドルイドの中にあるカーライルの血を嫌がっている。鼻のきく彼を捜索する前に取り去っておきたかった。
ディヴァンはドルイドが応えるつもりがないと悟ると、やっと魔力を行使する気配を見せた。
「痛むぞ。」
そう言った瞬間、突然の激痛にドルイドは地面に倒れ込んだ。顔面の左側がもがれたかと思うような痛みに呻き、しばらくその場から動けずにいたが、ドルイドは時間を無駄にするまいと荒い息のまま喘ぐように治癒の魔法を詠唱し始めた。枯渇しかけた魔力を使いながら、自分の血の跡を消していく。彼に自分の血を嗅がせるわけにはいかないのだ。
治癒魔法を終わらせてよろよろと立ち上がるとディヴァンは手を差し伸べたが、それを拒絶すると彼は消えた。ドルイドは森への道を再び歩き出した。
自分の荒い息を感じながらドルイドは丘を登り続け、踏みしだく草の音と土を感じながら、意識を森へと向けていくがレイモンドの気配は感じ取れない。
それは予想がついたことだが、それでもこの前は時間さえかければ見つけることができた。今回はそうはいかないだろう。
そう思うのは、彼の最後の目がドルイドを拒絶していたからだ。
彼が一番見られたくなかった姿をドルイドは見てしまったのだと思った。ひた隠しにしてきた本性を彼は晒してしまったのだ。
そんな彼はおそらく森の奥深くに隠れたに違いない。
誰にも見つからない場所に、彼は姿を隠しただろう。
どう探せばいいかと途方に暮れているうちに、ついに森が見えてきてしまった。
しかしドルイドは木立の下に佇む人物に気づいて瞠目した。
「…パッツィ…」
「こんばんは、ドリー。」
パッツィは猫のしなやかな歩みと鋭い目を眇めてこちらに歩いてくる。
ドルイドは思わず表情を強張らせた。
「…こんばんは、パッツィ。
元気だったかしら…?」
「僕は元気だよ。
君はそうではないようだけれど?」
彼はドルイドを見上げて尋ねる。ドルイドは苦悶の表情を浮かべた。
「…ええ、そうね。
ある人を探しているの。深く傷つけてしまったのよ。」
「…君の悲しみが伝わってくるよ。」
彼の大きな瞳は、まるで人の心を見透かす力があるようだ。だからこそ彼はここにいるに違いない。
「許してもらえないとわかっているわ。
だけど私は行かなければ…。
だから…」
ドルイドは恭しくパッツィの前に膝をついた。
「彼の居場所を教えて頂けるかしら?」
パッツィはドルイドの目を捉えると難しい顔をして尋ねた。
「彼に会ってどうするの?」
「…謝りたいのよ。
全ては私のせいだと伝えたいの。
そしてできるなら…こちらに連れ戻したい。」
パッツィはしばらくドルイドを見つめていたが、ため息をついて首を横に振った。
「あの方は彼をここに留めようとしてるんだよ、ドリー。」
ドルイドは苦々しい気持ちで頷いた。
「ええ、わかってるわ。
それでも私は彼を探すわ。
もしあなたが彼の居場所を教えて、あなたの立場が悪くなるというのなら、私は自分の力で探すだけだわ。」
もしかすれば永久に森を彷徨うことになるかもしれない。
それでもドルイドは自分の力で彼を探すつもりでいた。
だがパッツィは、そんなことはさせらないよ、と悲し気な笑みを浮かべた。
「ドリー、僕は君の味方だよ。
だって君たちが大好きなんだもん。」
そう言ってパッツィはそっとドルイドを抱きしめた。
ドルイドは笑おうとして失敗した。
「ありがとう、パッツィ。」
パッツィの抱擁を返しながら、ドルイドは心の中で誓った。仲間を裏切らせてしまう
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