第32話 主催者の手紙

待合室の客人達は放心状態になり、長い沈黙が流れた。目の前で起こったことがあまりにも衝撃的で俄かには信じられなかったのだ。

蛇は目の前で生き返り、そして敵意を示している。まるで先ほどの仕打ちを覚えているように。


皆が固まっている中、主催者側だけがきびきびと動いていた。彼らは蛇を麻袋にしまい込み、巻物も片づけてしまった。

全てが元通りになると、ペルソンヌは何事もなかったように明るい声で皆に声をかけた。


「ではさっそくお席をご案内いたします。」


その言葉にようやく客人たちは夢から覚めたように顔を上げたが、まだ思考が追いつかないのだろう。皆、ペルソンヌの誘導にふらふらと従っている。

カーライルはドルイドのおかげでいくらか冷静にものを考えることができたが、それでも彼らに続いて晩餐に参加することにしたのは、冷静な思考で考えても晩餐に参加することに問題はないと結論づけたからである。

というのも、もしこの巻物が偽物だとしてもカーライル自身に失うものはないからだ。それはここにいる客人たちにも言えることだった。得るものはないかもしれないが、失うものも無いのだ。それに気づいている魔法使いもいるだろう。だからこそ、ここにいる全員が彼の指示に従い晩餐会場に入るのだ。

だがここでカーライルがわからなかったのはを見せるに至った主催者の意図である。巻物の真偽に関係なく、ここにいる客人は全員が晩餐に出席したに違いないのに、あれをやって見せる必要があったのだろうか。

あれには何か別の目的があったのではないかとさえ思う。

そんなことを考えていると、いつの間にか晩餐会場に入るための列ができていた。

上流社会で生きるカーライルだからこそ、そう感じるのかもしれないがこの晩餐会は違和感ばかりだと思う。本来ならば晩餐会場へは主催者ホストが上客を連れ立って入るのが通例だが、席は入場順のようだし、そもそも主催者が不在だ。だからと言ってペルソンヌが代理を務めるかと言えばそうではなく、それどころか彼はアメリカ式の挨拶なのか入り口のところで1人1人と握手を交わしている。

とにかくこの晩餐会は無茶苦茶なのだ。

客人はイタリアのカーニバルを思わせる仮面を身に着けているし、ペルソンヌは滑稽なフランス貴族風の恰好をしている。まるで貴族の習慣を揶揄しているようだ。

だがそれは主催者の意向なのかもしれなかった。


『握手しないで。』


ドルイドのつぶやきにカーライルははっとして目の前に出された手をすんででかわした。するとペルソンヌは悲し気に首を傾ける。仮面をつけているのに、頬に描かれた涙がなんとも憐れに視界に入ってくるものだから不思議である。


「握手は苦手だ。」

「それは失礼しました。」


カーライルが憮然と断るとペルソンヌは恭しく謝辞を述べる。それを見てフェイスも断っていたが、ゲイリーは喜んで握手をしていた。

カーライルは気を抜いていたことを恥じた。ドルイドの指示の意図はわからないが、自分の身は自分で守るべきなのだから。


ひとたび扉を潜るとカーライルの予想に反して晩餐会場は非常に格式を重んじたしつらえとなっていた。食器やグラスは寸分の狂いなく整然と並べられ、よく磨き込まれた銀製のフォークやナイフは輝くばかりだ。部屋に関しては、牢獄を改造して使用するのではないかと心配していたが、どうやら判事の会議室か陪審室を利用したようだった。

席は長いテーブルをぐるりと囲うように座るが、暖炉の前の席は主催者席としてあけてあるようだった。順番はやはり入室した順で、カーライル、フェイス、ゲイリーと並ぶことになった。

全員が席に着くと、ペルソンヌは空席の主催者席の横に立って全体を見渡し、満足げに頷いた。


「ではあらためまして、皆さま。

本日は不在の我が主に代わりまして、このペルソンヌがホスト役を務めさせて頂きます。

今夜は我が主が用意した晩餐をお楽しみいただいた後、後継者を決定したいと思っております。」

「今夜、決定ですって!」

「そんなことは聞いていない!」

「いったいどういう基準で選ばれるんだ!」


矢継ぎ早に飛ばされる質問に、ペルソンヌは困ったように首を傾ける。


「せっかちなお客様ですね。

それを今から説明させて頂きます。

どうぞお静かに願いたい。」


その切り込まれた三日月型の目と口から発せられる言葉や見えない眼光は客人達を威圧する。その言葉にほとんどの魔法使いが押し黙ったが、一人鼻で笑う者がいた。


「道化め。主人の使い走りのくせして偉そうに。変な演出やご託はいいから、さっさと本題に入れ…ば…」


最後の言葉が途切れたことに異変を感じ、全員がそちらを振り向くとぎょっと肩を強張らせた。声を上げた人物は男の魔法使いで、まるでひきつけを起こしたように体を硬直させている。仮面越しの顔を苦し気に歪め、赤くなっていく様子を見て、息ができないのだとわかった。

誰もがペルソンヌの仕業だと気づく。

彼もまた魔法使いなのだ。


「やめろ!」

誰かが声をあげた瞬間、男のひきつけは止まった。

隣に座っていた魔法使いがすぐに男の容態を確認する。巻物を見せた時に冷静な指摘をした人物だ。ただの酸欠だとわかるととがめるようにペルソンヌの方に視線を向けたが、彼はそれを気にした様子はない。


「“道化無しでは車は動かない。”」


そう言って彼は悲し気に首をかたむける。


「これ以上、時間を無駄にしたくありません。時間が惜しいのは私も同じなのです。」


そう言って彼は胸ポケットから手紙を取り出した。


「ここにあるのは我が主から受け取った手紙でございます。晩餐前に読むように仰せつかっております。読み上げてもよろしいでしょうか?」


言葉を切ると全体を見渡し無言の同意をもぎ取った。

カーライルはこの場が彼に支配されつつあることに気づいた。それはあの蛇のショーを見せられた時も感じたことだ。彼はこの場の主導権を握ろうとしているのだ。彼の術中にはまることだけは避けたい。

襟元を正したところで、再び彼に視線を向けると彼は満足げに頷き、仰々しく手紙を開いたのだった。


手紙の冒頭は、この主催者自身の挨拶が手紙になってしまったこと、また晩餐を催すにあたり自分が誰であるかを名乗れないこと、そしてそんな信頼に値することのない不実の中でお集まりいただいたこと、また主催者でありながらこの場にいないことなどの至らぬ点についての謝意が丁寧にしたためられていた。

またその代理としてここにいるペルソンヌが皆さまを十分にもてなすことを約束するなどと書かれていた。

主催者の慇懃ともとれる長い前置きは、おそらく客人の誰の心も動かさなかったが、次に続く言葉は凄まじい求心力があった。


 ――さて皆さまの最大の関心事であるに関してですが、先にお送りした手紙にも書かせて頂いた通り、現所有者である私は不治の病に侵されております。つきましては早急に後継者を決定する必要が出てきました。ゆえにこの晩餐会では、ここにおられる12名の優れた魔法使いの中から、巻物を所有するに相応しい方を探したいと考えております。

そしてその後継者の条件ですが――


ここで一同が固唾をのんで次の言葉を待った。


 ――“この巻物を所有するに値する者”にこれを引き継ぎたいと思います。それを判断するためには、皆さまの“望み”をお聞きしたいと思います。皆さまの“望み”が巻物を所有するにふさわしいと判断した時、はじめて巻物の後継者となるのです。

全てはこのペルソンヌが心得ております。ペルソンヌの言葉を私の言葉、ペルソンヌの判断を私の判断と思って頂いてかまいません。

“巻物”の力を理解し、“巻物”の価値を理解する方がこの中におられることを願って。

――巻物を所有する者より


しばらくしても手紙を読み終えたと気づいた者は少なかったのではないかと思われた。それほど最後の言葉から沈黙が続いたからだ。


「その手紙を拝見しても?」


冷静な魔法使いが手を挙げる。ペルソンヌは何ら抵抗を見せず、すぐに手紙を渡した。一同がその姿を見守ったが、確かに書いてある、と呟くのみだった。


「それでは皆様、晩餐を始めたいと思います。」


ペルソンヌは壁際に立つ使用人風の仮面男たちに合図を出した。

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