第31話 巻物の力

カーライルたちの後に、1人老紳士が現れたところで全員揃ったらしかった。

待合室を見渡すと、招待客はカーライルたちを入れて12名で、見た目からして若者から老人まで幅広く、そのうちの5名が女性のようだった。

ほとんどの魔法使いが仮面をつけていて顔は見えないが、それぞれがこの業界で力を持った人物なのだろう。

全員が各々の顔を見渡し、緊張感が増したところで晩餐会場に繋がる扉は開かれた。

全員が扉に注目すると中から出てきた人物に度肝を抜く。というのもその人物が時代遅れのフランス貴族を思わせる派手な衣装に仮面を身につけていたからだ。

仮面には切れ込みを入れたような三日月型の目と口に涙と星が描かれており、その出で立ちを見るとなんとも滑稽で、大道芸人を思わせる。

男はペルソンヌと名乗った。ペルソンヌは装いにあった大袈裟な動きで、客人を歓迎した。


「ようこそおいでくださいました。皆さま。今宵は本当によい夜でございます。

静かで、月も邪魔せぬ今日こそが我々の秘密の会合に相応しい。

本日は心ゆくまで楽しんで頂けるよう、誠心誠意をこめておもてなしいたします。」


そう言って深々と頭を下げたが顔を上げた次の瞬間、思わぬことを口にした。


「では晩餐会場に入ります前に、まずは巻物を披露したいと思います。」


一同が息を呑む様子にペルソンヌ自身が驚いたようだった。


「皆さまにこの晩餐会の正統性を理解して頂く必要がございます。そのためには本物を見て頂くのが一番手っ取り早いと思いますが、いかがでしょうか?」


招待客が首肯するのを見届け、ペルソンヌが壁際に立つ仮面男たちに合図を送った。案内人と同じ仮面を身に着けている彼らは、総じて使用人なのだろう。

その1人が恭しく箱を運んでくると、全員が注目する。男が持っていたのは赤いベルベット生地で装丁された美しい箱だった。

ペルソンヌが促すと使用人たちは箱を開き、中から古びた巻物を取り出す。彼らは細心の注意を払い、部屋の中央に置かれた長テーブルに巻物を広げていくと部屋にいる者たちは自然と中央に集まり、固唾をのんで巻物が広げられていく様子を見守った。


それが開かれた瞬間、誰からか感嘆のため息が漏れた。

確かに巻物自体は時の流れに晒され色褪いろあせてはいたが、書かれたものの美しさはひとつも損なわれていない。


開かれた巻物から現れたのは大きな器具を抱える男。その後に続く色とりどりの奇妙な生き物たち。その間を縫うように書かれたラテン語と英語は流麗りゅうれいで、文字ですら芸術とさえ思う。


魔法使い達はしばし己の欲望を忘れ、歴史と叡智えいちの産物にただおそれと敬いの念を抱き、祈るように見つめるのだった。


「信じて頂けましたか?」


ペルソンヌの言葉に、その場の魔法が解けた。

いち早く巻物の魅力から目覚めた男が感想を述べた。


「…確かに見事な巻物ですが…世の中には多くの精巧な偽物が出回っている。

これが本物だという証拠にはなりません。」


1人の魔法使いが冷静に指摘したところで、ペルソンヌは大仰に頷いた。


「確かにその通りでございます。」


そう言うとペルソンヌは使用人の仮面男を呼びつけ何事かを耳打ちすると使用人の方も大きく頷いて足早に去っていった。

その様子を客人たちは見守っていたが、しばらくするとすぐに2人の使用人が何かを携えて戻って来た。

1人は小さ過ぎて何を持っているかわからなかったが、もう1人はディッシュカバーを被せた大きな皿を持っていた。

ペルソンヌは小さな何かを受け取ると、皆に見えるようにそれを掲げた。

それは透明な液体が入った小瓶だった。


「これは、この巻物をもとに造った霊薬です。」


一同が動揺の声を上げる。

カーライルですら平常心でいられず、背中に震えが走った。


目の前におとぎ話や伝説でしか知られない魔法の薬があるのだ。

魔法使いが求める、いや、人類が求める薬があるのだと思うと、本能的に湧き上がる震えを止められるはずもなかった。


あれを飲めば永遠の命が手に入る。

死を克服し、神の領域に踏み込める。

後の数千年先の未来が自分の人生の一部となるのだ。


カーライルは知らずうちに一歩、前に踏み出していた。


『カーライル。』


ドルイドの声にはっとして、カーライルは我に返った。


『場が魔力で侵されていないかしら。

気を付けて。』


カーライルは頭を振って正気を取り戻す。

場が魔力に満ちている様子はないが、招待客が暗示にかかっていないとは言えない。

カーライルは冷静さを取り戻すと、これから起こることを客観的に見届けることにした。他の客人たちは食い入るようにペルソンヌの行動を見つめている。

ペルソンヌは小瓶を掲げて言った。


「今から、この薬の力を示したいと思います。」


そう言って、もう1人の使用人が持って来た皿からディッシュカバーを取り去った。

女性から鋭い悲鳴が上がる。

皿の上に載っていたのは、なんととぐろを巻いた生きのいい蛇だった。


「大丈夫ですよ。

毒はありませんし、突然飛びついたりはしません。

さて、皆さま。

これから何をお見せするのか予想はおつきかと思いますが、これにはしばし皆さまのご協力が必要としています。

どなたかこの蛇の首を切って下さいませんか?」


ペルソンヌは首を傾けて、皆にお願いをする。


「おわかりかと思いますが、私側の者が蛇を殺してしまうと、真偽の程が怪しくなりますので。」

「私がやろう。」


先程、巻物が本物かを問うた魔法使いが名乗りを上げた。

彼は存外、誠実な男のようだ。皆に見守られる中、男はテーブルに置かれた蛇に近づき使用人からナイフを受けとった。使用人たちが蛇を押さえようと近づいたが、男はそれを断った。


「蛇の扱いは慣れている。」


そう言って、男は器用に蛇の首を掴んだ。

蛇は敵と認識した彼の腕に巻き付いて抵抗したが、次の瞬間にはあっさりと首は切り落とされていた。

蛇は首を失っても胴体は苦し気に暴れていたが、数分すると動かなくなった。


「どなたか蛇が死んだことを確認して頂いても?」


ペルソンヌの言葉に、フェイスが手を挙げた。


「私が。」


おそらく呪いで使うから慣れているのだろう。彼女はつかつかと蛇に近づいていき、蛇の首を慎重に掴むと目を確認し、胴体は筋肉の動きを見ていった。


「大丈夫よ。死んでいるわ。」


そう言うと、ペルソンヌは満足そうに頷いた。


「それでは、始めます。」


ペルソンヌはおもむろに首と胴体をくっつけるように並べ、使用人が用意した注射針を受け取った。小瓶に注射針を刺し、液体をほとんど残さず吸い取ると、すぐに蛇の全身に針をくまなく刺していく。

客人たちはまさかといった様子で、固唾をのんで見守った。


その瞬間は、すぐにやってきた。


「見て!」


誰かの声を合図に、驚嘆の声が上がる。

まさか…、と隣でフェイスが呟いた。

カーライルも目の前で起こっていることに釘付けになり、身動きがとれなかった。


蛇の体がのそりと動き出したのだ。

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