第30話 案内人
建物に近づくと、古めかしい木製の扉の傍に外套を着た男が立っていた。彼が案内人かと見当をつけて近づくと、カーライルは警戒して足を止めた。男はフードこそ下ろしていたが、白い仮面で顔を隠していたのだ。立ち止まった3人に気づいた仮面男は、こちらの向いて声をかけてきた。
「どうぞこちらへ、お客様。
私は本日の案内役です。」
仮面と同様、個性のない声が3人を呼んだ。男は3人に招待状を確認すると蝋燭を持って、どうぞ私の後について来て下さい、と告げて歩き出した。
扉をくぐれば、古めかしい岩壁が迫ってくるような狭い通路へと誘われた。
「今日は
蝋燭1本で照らされる不気味な道を歩きながら、ゲイリーが場にそぐわないおどけた調子で尋ねた。しかし男は至極真面目に答えてくれた。
「いいえ、今日は晩餐会でございます、お客様。ただし、皆さまの中には素性を知られたくない方もおりますゆえ、仮面をお配りしております。」
そう言って立ち止まる案内人が指し示したのは、仮面が並べられたテーブルだった。
ヴェネツィアのカーニバルを思わせる、様々な色や形の仮面が並べられている。
「俺はいらねぇや。」
「私も遠慮しよう。」
ゲイリーと、カーライルが断った。ここで仮面に手を伸ばしかけていたフェイスが、え、と声をあげた。
「あんたたち、顔が割れても大丈夫なわけ?」
『大丈夫なの、カーライル。』
フェイスと重なるように、宿から出て初めてドルイドが発言した。
「これは簡易だが魔法除けの呪いがかけられている。素性を暴かれるのを防ぐためだろうが、自分の力も封じられるのはごめんだ。」
ドルイドの言葉に答えるようにカーライルが理由を説明した。フェイスはカーライルの話を聞いて迷った末に、私もやめておくわ、と言って手に取っていた仮面を手放した。可愛かったのにな、とちょっと残念そうである。
3人の判断を確認して案内人は再び歩き出した。
会場までの道のりは短いとは言えず、どうやら歩いているのは監獄棟のようで、通り過ぎていく監房の中を覗けば、まるで死んだように眠る囚人たちが見える。おそらく囚人だけでなく、ここで働く者たちも皆眠っているのだろう。
本当にここを通らなければならないのか甚だ疑問だったが、もしかしたら招待客を脅かそうとしているのかもしれなかった。
「気味が悪いわね…。」
「魔女が犯罪者にビビってたら世話ねぇな。」
「違うわよ!私が言っているのは、この城全体にかけられている魔術のことよ!」
カーライルも同じことを考えていた。これだけの魔術が行使できる主催者が一体何者なのかが気になる。
しばらく沈黙の中歩き続けると、建物内部の様相が変わって来た。どうやら監獄棟を通り過ぎたようだ。案内人が木製の扉の前で立ち止まる。
「ここが待合室になっております。
どうぞお入り下さい。」
案内人が開けてくれた扉をくぐると、門を潜る時に見た馬車以来、初めて他の客人を見たのだった。すでに待合室にいた招待客も一斉にこちらを振り向く。だがそのほとんどが仮面を被っていたため、どこの誰なのか判然としない。だが体形や肌の色から、様々な人間が集まっていることがわかった。
興味深いのは服装で、皆それぞれが晩餐にふさわしいと思う恰好をしてきたようだ。民族衣装のような服を着ている者もいれば、いかにも魔法使いといった様相でローブを着ている者もいる。中には、カーライル達と同様、燕尾服をしっかりと着込んでいる人間も数名いたので、内心安堵した。彼らはおそらくイギリスの社交界を生きる者たちなのだろう。
「外套はここでお預かりします。」
ゲイリーは、俺もローブを持ってこればよかったと、文句を言いながら外套を脱いでいたが、フェイスは手慣れた様子でさらりと外套を肩から下ろした。
カーライルは一瞬、その姿に目を瞠る。
黒の外套の下から現れたのは、鮮やかな紫色のベルベットドレスだった。ドレスは中世を思わせるデザインで、ほっそりとした彼女の体形によく似合っている。まさに魔女らしい姿と言えた。その姿を見てカーライルは、ウォーターハウスの絵画に出て来る女性たちを想起したが一番目を引いたのは彼女の髪だった。
外套で気付かなかったが、彼女は髪を結っていなかったのだ。そのため肩から零れるような豊かな黒髪は、紫の生地の上でさらさらと踊っている。
結わない髪は無作法の象徴だが、彼女にはこれこそが正しい姿だと思えた。
「美しい黒髪ですね。」
あまりにも長い時間見つめていた気がするので、弁明するようにフェイスに告げるとフェイスはふふんと笑い、自慢の髪よ、と答えてくれた。
「私はどうやら黒髪が好きなようです。
今、自覚しました。」
カーライルが考えるように言うと、ゲイリーが、お前は変態か、と突っ込みを入れてきた。あまりにもリラックスしている3人を見て、周囲は訝し気な視線を向けてきたが、カーライルは気にしなかった。
これくらいが心地よいのだと思えた。
「誰しも、好みというものがあるものですよ。」
とカーライルが笑って言った。
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