第7話 開錠

 ドルイドが玄関前の階段をかわいた音をたてながらゆっくりと上り、預かっていたという鍵をポケットから取り出した。その姿を後ろから見ていたメアリは羽織っていたコートの合わせを胸元にたくし上げる。そして顔を上げて屋敷を見渡した。

牧師館は立派な造りで、レンガが美しく組み上げられ温かみのあるデザインになっている。

そしてここに住まう者たちの教えのごとく、強固さも兼ね備えているようだった。

だがドルイドの持って来た噂を知れば、そんな屋敷も影を背負っているように見える。メアリは努めて牧師館にはめ込まれている窓を見ないようにした。何かがこちらを覗いているような気がしたからだ。こんなところに夜に来ると考えていたかと思うと自分に呆れてしまう。そわそわしているメアリをよそにドルイドは鍵を開けてさっさと屋敷の中へ入っていってしまった。メアリはそれに気づいて慌てて後を追った。





中に入ると風がない分温かく感じた気がしたが、それに慣れるとやはり日の当たらない屋敷内は肌寒い。ドルイドはそんなことも気にならないようで玄関ホールの中心で天井を見上げていた。視線の先には少し古い型だが立派なシャンデリアが掲げられている。メアリは無意識にドルイドの傍に寄り添い、視線の先を合わせる。


「何かいるの?」


ドルイドは何も答えず、しばらくあたりを見回して階段を上り始めた。メアリはドルイドの背後にぴったりついて離れなかった。窓からの明かりだけでは足りず、やはり屋敷内全体は薄暗くなっていて、呪われた屋敷と呼ばれても仕方がないように思う。メアリは何も見つけたくないので、ドルイドの視線の先しか見ないように心がけた。そんな風に始終びくびくしていたものだから、何か物音がするたびにメアリは体を震わせ、時には小さな悲鳴を上げた。しかしドルイドは彼女を慰めたり励ましたりするでもなく、ずんずんと歩みを進めて屋敷を見て回った。おそらくドルイドをいらいらさせているに違いないとメアリは感じていたが、それでもここへついて来て良かったと思っていた。こんな場所に妹1人で行かせるわけにはいかないという思いだけはどんな怖い思いをしても揺るがなかったからだ。


メアリはドルイドがしたいように確認するのをただついて見ていた。いくつかの扉をあけて、部屋の内部を見回しては次に移るといった感じだ。そして最後に訪れた部屋は、立派な寝室だった。ドルイドがそのベッドの前で立ち止まると、メアリはついに耐えきれなくなって口を開いた。


「まさかここは…」

「ここでグレグソン氏は亡くなったのよ。」


メアリは思わず息を呑んで、辺りを見回したがそこには何の気配も感じられなかった。メアリはほっと息を漏らした。


「ここにはいないようね…。」


ドルイドはついと扉に向かって歩き出し、部屋を出て行った。最後は書斎だ。書斎は1階にあり、玄関から入ってすぐ左の扉をくぐればその部屋はあった。その部屋はこの牧師館の中で最も広い面積を占めていた。

歴代ここに住んできた牧師が集めたのか、グレグソン氏の蔵書なのか膨大な本が並べられている。メアリは思わず驚いて書棚に近づいた。幽霊のことなど忘れてじっくり並べられた本の題を目で追っていく。

宗教関連のものから、政治学や哲学書、婦人方が興味のありそうな家事や子育てに関する教育書や児童向けの本などジャンルは多岐にわたる。なんとファッションやマナーに関する本まで置いてある。スタイン牧師が戻ってきたらぜひお願いして借りたいものだ。そんなことを考えているとメアリは1人書斎に取り残されていた。

なんとか悲鳴をあげずに部屋を飛び出すと、玄関ホールに立つドルイドを見つける。メアリは彼女に文句を言いそうになったが、ついてくると言ったのは自分なので、そこは何とか言葉を飲み込んだ。その代わりにドルイドが口を開いた。


「グレグソン氏はあの書斎を村人に開放していたのよ。スタイン牧師が戻ってくれば、きっとまた開放するでしょう。」


メアリは驚きで目を見開いた。それは先程メアリが考えていたことだ。熱心に書棚を見ていた自分を彼女は見ていたのだろう。メアリは何とも言えない顔でドルイドをを見返していると、彼女が眉をひそめる。


「何か?」

「ドリー、あなたってどうして私の質問に答えてくれないのかしら。」

「姉さんの尋ねるタイミングが悪いのよ。集中している時に尋ねるんだもの。」


確かにそうかもしれない。ドルイドは冷たいのではないのだ。その証拠にメアリが知りたいだろうことはこうして教えてくれる。ただ本当にメアリのタイミングが悪いのだ。


「それで、何かわかったことがあって?」


スタイン牧師は村の人間には、屋敷の整備やグレグソン氏の遺品整理を理由に引っ越しを延期していると伝えている。だが屋敷内はきれいに整頓されていて明日にでも住めそうなほどだ。つまり理由は別にあると言ってきた使いの者の信憑性は増したのかもしれない。


「そのことは屋敷ウェザークローハウスに戻ってから話しましょう。」

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