第38話 カーライルの望み 【ランカスター城】

「カール…?」


固まったままのカーライルにフェイスは心配そうに声をかける。


「…ああ、すまない。

少し目眩がして…。」


カーライルは目の前のグラスに手を伸ばし、水を口に含んだ。

あちらでエレクトラの身に何かが起こったことは明白だ。あれはおそらくメアリー嬢の声だった。だが今はドリーを信じるしかない。ここで自分にできることは何もないのだ。そう言い聞かせてカーライルは目の前のことに頭を切り替えた。

カーライルは顔を上げて、ペルソンヌに再び向き合った。


「…失礼した。

私の望みは…先程は巻物に興味はないと言いましたが…それは嘘です。

私はあれを我が手元に戻したいと思っています。ジョージ・リプリーの血を引く者として、私はあれの責任をとりたい。

と考えているのです。」


周囲はカーライルの発言に息を呑んだ。彼がジョージ・リプリーの末裔であることに驚いているのだ。だがペルソンヌだけが無反応で彼を見つめ返し、彼の心の奥を覗こうとしているように見えた。

そしてわずかに己の首をかしいで問うた。


「…責任とは、いったいどんな責任でしょうか?」


カーライルはゆったりと笑んで答える。


「もちろんですよ。

皆まで語らずとも、あなたならお分かりになるでしょう。」


カーライルは努めて余裕があるように装い、朗々と語る。


「これ以上の争いは真っ平なんです。

私はあれを手元に置き、封印する。

それが子孫の務めというものでしょう。

これが私の望みです。」


現所持者は重病にも関わらず、巻物の力を使っていない。つまり使用するつもりは無いという宣言は、後継者の条件としてはなんら問題はないはずだ。あとはカーライルのはったりをペルソンヌがどう受けとるのか、成り行きを見守るしかない。


「…なるほど。」


ペルソンヌは独り言のように呟き、しばらくの間、沈黙を貫いた。カーライルは固唾を呑んでそれを見守っていたが、驚いたことに静寂を破ったのはアイアンだった。


「ひとつ尋ねたいのですが、ペルソンヌ殿。仮に彼がジョージ・リプリーの末裔だとして、そんなことは後継者として選ばれる要素になりえるのでしょうか?」


アイアンの意外な質問にカーライルは目を見張る。というのもアイアンの表情に焦燥を見てとったからだ。

ペルソンヌはこの問いに丁寧に答えた。


「お答えしましょう、アイアン様。最初にお伝えした通り、巻物の後継者に選ばれる条件は、その方が巻物を所有するにふさわしい望みを抱いているかどうかです。創造者の血をひいているかは、何ら後継者選びに関係はございません。」


ペルソンヌはカーライルに向き直り、言葉を紡いだ。


「カーライル様、あなたのお望みは真と受け取ります。ありがとうございました。」


カーライルは当然とばかりに鷹揚に頷いたが、内心は大いに安堵していた。心にもないことを語ったが、彼にはばれなかったのだ。全てはドリーの言う通りになったわけだが、どうしてカーライルの企みは彼に読まれなかったのか後で彼女に尋ねる必要があるだろう。


「では最後にデザートといきましょう。」


ペルソンヌは使用人たちに合図を出すとディッシュカバーのかかった皿が次々と運ばれ、テーブルに並べられていく。

フェイスがそっとカーライルに囁いた。


「まさかディギンズ一族がジョージ・リプリーの末裔だったとは驚きだわ。」

「私もだ。」


カーライルはほっとため息を漏らした。彼の反応にフェイスは目を見開く。


「不服そうね。」

「私に絡みつく血の煩わしさは、これで倍に膨れ上がったわけだ。」


カーライルは眉間に指を当てて、揉みほぐす。だがフェイスは興奮気味で告げた。


「だげどその煩わしい血は効果があったようよ。ペルソンヌは関係ないとは言っていたけれど、あなたの時に見せた反応は他とは違っていたもの。」


カーライルはそうだろうか、と内心疑問に思った。カーライル自身は心の内がバレないようにとハラハラしていたせいで、ペルソンヌの反応にそこまで意識が向いていなかった。本当にフェイスの言う通りだとしたら、ペルソンヌが反応したのは、ドリーの言った言葉だろう。

いったいとは何だったのか、今は彼女にそれを問うことはできない。

ペルソンヌにとってあの言葉の持つ意味は何なのか。ここでカーライルは何かを掴みかけたにも関わらず、ペルソンヌの次の言葉に考えが霧散してしまった。


「準備は整いました。

これが我々が提供する最後の料理になります。どうぞ心ゆくまでご堪能下さい。」


そうして一気に使用人によってカバーが外された瞬間、一同は狂乱した。


招待客全員の皿の上にのっていたのは、紛れもなくリプリースクロールだったのである。

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