第37話 裏切り 【ウェザークローハウス】

ドルイドは内心舌打ちした。

カーライルが黙り込んでしまったのだ。おそらくメアリーの叫び声が聞こえてしまったのだろう。


「ドリー!

出てきてちょうだい!

大変なのよ!エレクトラ嬢が!」


部屋の扉を叩くメアリーが今も外で叫んでいる。ドルイドは耳を塞いで一方的に話し始めた。


「カーライル、心配しないで。

エレクトラ嬢のことはこちらで対処するから。あなたは目の前のことに集中するのよ。

それとカーライル、あなたの本当の望みはペルソンヌにはバレないわ。

彼はあなたの心は読めないのよ。だから何を言ってもいいわ。

だけどもし巻物が欲しいと思うなら、こう答えて。

と。それが自分の望みなのだと。

いいわね?」


視界が頷くように揺れるのを見届けると繋がりを断ち切って、すかさず扉を開いた。目の前には悲壮な顔をしたメアリーと騒ぎで集まったらしいジェイクとエイミがいた。


「いったい何の騒ぎなの?」


やっと現れたドルイドにメアリーはわっとすがりついて叫んだ。


「ああ、ドリー!

それが…!それが大変なのよ!

エレクトラ嬢の部屋が開かないのよ!

いくら呼んでも返事がないの…!

中で発作が起きていたらどうしましょう!」

「落ち着いて、姉さん。」


パニックに陥いる姉を宥めながら、エイミをちらりと見やるとジェイクに告げた。


「ジェイク、エイミと一緒に下に降りてお湯を沸かしてきてちょうだい。

あと気つけのお酒も用意してほしいの。」


ジェイクはドルイドの意図を察して心得たとばかりに頷くと、後ろ髪引かれるようなエイミに声をかけて下へと降りて行った。

エイミには、いろいろと見られると面倒なことになるのだ。ここにいられては困る。

2人が下りたのを見届けてからドルイドはメアリーと共にエレクトラ嬢の部屋に急いだ。

扉に手をかけたが確かにメアリの言う通り、扉はびくともしなかった。


「エレクトラ嬢、エレクトラ嬢?

聞こえてますか?ここを開けられますか?」


扉をいくら叩いても返事がないので、ドルイドもいよいよ事態の重さを把握した。

メアリの言う通り、本当に発作が起こっていては大変だ。

ここは強硬手段で中に入るしかないだろう。だが女の力では開けられないと悟ったドルイドは、を呼ぶことにした。


 出てきて

 ここを開けるのよ


ドルイドはしばらく反応を待ったが、驚いたことに何も起こらなかった。いつもは即座に反応が返ってくるというのに、こんなことは一度だってなかったはずだ。ドルイドは苛立ちを抑えながら次の手を打った。


「グウェンダル!ここを開けられるかしら?エレクトラ嬢が大変なのよ!」


そう叫ぶと、何か大きな気配が扉に舞い降りるのを感じ、次の瞬間には扉は悲鳴を上げるように軋みながら徐々に開かれていった。

ドルイドは何かがおかしいと眉間に皺をよせる。グウェンダルの力を持ってしても扉が開かないということは、何かが邪魔しているに違いない。ドルイドはドアノブに手をかけると援護するように魔力を重ねた。

すると扉は励まされるように少しずつ開かれていく。

ドルイドはできた隙間になんとか体をねじ込むと、再び扉が閉ざされた。中に倒れ込んだドルイドが最初に目にしたのは大きな2つの目だった。

鳴き声を上げた時、それが猫なのだと気がつくのに少し時間がかかった。


どうして猫がこんなところに?

メアリーの言葉が蘇る。

 

 猫が意味するものは何だった?


 女性の象徴…直観…転機…

 そして………———裏切り


今の今まで忘れていた不吉な言葉が頭に浮かぶ。そして次にドルイドが聞いたのは、重なる乱れた息遣いだった。

ドルイドはその声に戦慄し、全身にぞろりと震えが走った。込み上げてくる吐き気を抑えながら視界を巡らし、を探す。

記憶を頼りにベッドの方を振り向いたところで、猫が再び鳴き声を上げた。

すると突然、背後の扉がパッと開き、メアリーが驚きの声をあげる。


「ドリー!」


なだれ込むように入って来たメアリーは、座り込んでいるドルイドに気づき蝋燭を掲げた。

ドルイドはすぐに叫んだ。


「姉さん、火を消して…!」


もう遅かった。

蝋燭に反応したレイモンドが瞳孔の開いた赤い眼をこちらに向けて、獣のごとく咆哮ほうこうをあげたのだ。

口から覗く牙からは血が滴っている。

そして彼が組み敷いているのは、紛れもなくエレクトラだった。


「レイモンド…!」


ドルイドは思わず叫んでいた。

その瞬間レイモンドの瞳が恐怖に揺れたのが見えた。ドルイドの胸は引き裂かれんばかりに痛んだ。


「レ…」


彼を呼ぼうとして、それはできなかった。

彼はドルイドの言葉を待たずに、窓ガラスを割って部屋を飛び出してしまったのだ。

ドルイドはスカートをたくし上げ、ガラスの破片を踏みしだいて窓辺に駆け寄り、彼の影を追ったがもう遅かった。彼は新月の闇に溶け込んだ後だったのだ。

ドルイドは後を追おうと踵を返したところでメアリーが叫んだ。


「ドリー…!エレクトラ嬢が…!」


ドルイドは顔を歪めて彼女のそばに駆け寄り、容態を確かめる。引き裂かれたナイトガウンは血に染まり、彼女は苦し気に喘いでいた。


「血を失って体力が落ちているわ。そのせいで魔力が不安定になっているのよ。」


恐れていた事態が起こってしまったのだ。

ドルイドは苦渋の決断を下した。ドルイドは顔を上げてメアリーの目を捉えた。


「彼女の魔力を取り出すしかないわ。

施術を行うのよ。」

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