第8話 レイモンドの挨拶

「レイモンド…どうして…。」


ドルイドは戸惑いを見せたが、レイモンドはどこ吹く風だった。


「こちらに来客があったようなので、私もご挨拶をしておこうかと思ってね。」

「今はよいタイミングとは言えないわ。

また出直して頂けるかしら。」

「まぁどうして?

私、ハットフォード氏とお話がしたいと思っていたのよ。今日すべきことは終わったんでしょう?ちょうどよかったじゃないの。」


カーライルからネックレスを返されたエレクトラは魔方陣から出て来た。

レイモンドは部屋の様子を見て、だいたいのことを悟ったようだった。


「エレクトラ嬢、挨拶が遅くなり申し訳ありません。

仕事が立て込んでおりまして…。

私の名前を憶えて頂いていたとは、光栄の限りです。」


穏やかな笑みを浮かべるレイモンドにエレクトラは頬を染める。


「私、記憶力はいい方なのよ。レイモンド・ハットフォード氏。

お仕事っていったい…」

「ごきげんよう。ハットフォード氏。

舞踏会ぶりだね。だいぶ顔色がよくなったようで何よりだ。

今日は以前のようでは困るよ。」


ドルイドの隣にカーライルがやってくる。

レイモンドは穏やかな表情を崩さずに言葉を返した。


「ディギンズ氏。あの時は本当にありがとうございました。こうして直接お礼を伝える機会を持てたことを嬉しく思います。体は十分に回復しましたし、だいぶおりますのであの時のようなことにはなりません。ご心配をおかけして申し訳ありません。」

「舞踏会の日に何かあったの?」


エレクトラが心配そうにレイモンドを見やる。


「少し不調をきたしまして…。その時にディギンズ氏に助けて頂いたのですよ。」

「まぁ、それは…。回復されてよかったわ。カーライルは本当に頼りになる人なのよ。私もとてもお世話になっているの。

ここへ来られたのも彼のおかげ。

何か困ったことがあれば彼に頼めばたちまち解決してくれるわ。」


そう言って誇らしげにカーライルを見やる。


「滅相もございませんよ。」


カーライルは困ったように笑みを浮かべた。


「ねぇ立ち話もなんだし、お茶を飲みながらお話するのはどうかしら?

わかったことを整理して今後のことを相談するの。知恵は多い方がいいと思うのよ。」

「それはいい考えね。

私もお茶が飲みたいわ。

あそこに座ってるだけって、なかなか辛いものがあったのよ。」


メアリの提案にエレクトラが諸手をあげて賛同するので、誰もその流れを止めることができなかった。レイモンドを巻き込もうとするメアリの意図がありありと伝わってきて、何とも苛立たしい。確かにエレクトラのことは話しても良いとは言っていたが、それには慎重を期さなければならないと彼女には伝えたはずなのに。だがこうなってしまった以上、5人で話をすることは避けられない。

ドルイドはレイモンドを案内したまま部屋に残っていたエイミを振り返り、お茶の準備をするように言うと、みんなをダイニングへと案内した。






レイモンドにはエレクトラとネックレスに関する全てのことを話した。

今日、ネックレスを確認してわかったことも伝えると、彼が知る職人を当たってみてもいいと請け合ってくれた。


「私が知る職人がそれを直せるかわからないが、ただそのネックレスをつくった人物の手がかりは得られるかもしれない。」

「そうすれば修理ができるかもしれないのね!」


エレクトラは嬉し気に両手を合わせる。


「その人物を私たちに紹介してもらうことはできないだろうか。」


カーライルが真剣な面持ちでレイモンドに尋ねると、彼はゆっくりと向き直った。


「申し訳ありませんが…その人物は中々表に出てこない方なのです。

私が出会えたのも僥倖ぎょうこうとしか言えません。

おそらくあなた様をお連れしてもお会いにはならないでしょう。」


レイモンドの言葉にカーライルは眉間に皺を寄せた。


「出てこないのであれば、無意味だ。

ご存知の通りネックレスは持ち出すことはできないし、誰とも会わないならばエレクトラ嬢をお連れすることもできないということだ。そんな人物に何を尋ねるというんだ。」

「その職人とは少々特殊な方法でやりとりを行うので、ご心配なされなくとも彼女をお連れすることなくネックレスに関する情報は得られるかと思います。」


カーライルは射抜くようにレイモンドを見据えていたが、これ以上何も言うべきではないと思ったのかゆっくりとカップを持ち上げてお茶を含んだ。


「カーライル、今は情報は多い方がいいんだからハットフォード氏にも動いてもらいましょうよ。」


カーライルはため息をついてカップをソーサーに置いた。


「私は心配をしているのですよ。

伯爵令嬢のあなた様の命に関わることを、そうやすやすと一介の医者に託していいものかとね。」

「でも彼も魔法使いなのでしょう?」


この質問にカーライルは押し黙り、メアリもうろたえてしまった。

レイモンドは平静だったのでドルイドはすかさずエレクトラの質問に答えた。


「彼は魔法使いではありませんわ。

ですが私たち魔法使いのことに詳しいのです。

研究者…とでもいいますか…。

時に、私たちも知らぬ知識を与えてくれますの。」


エレクトラはドルイドの説明に納得がいったのか、レイモンドに敬意を表するように向き直った。


「それは素晴らしいことね。

魔力がないのに、そうして研究したことや学んだことが人々の役に立つなんて素敵なことだわ。私とは正反対。魔力があるのにコントロールもできないなんて…。

どうしてあなたにこの力が宿らなかったのかしらね?

どうして私にこんな過ぎた力があるのかしらね?」


エレクトラの沈痛な言葉に、憐れみともつかない、だが重苦しい空気が流れた。

それを悟ったエレクトラは、ぱっと笑みをつくりみんなを見渡す。


「でも私はどんな不幸があっても、悲嘆にくれないことにしているのよ。

私はどんな時も笑っていたいもの。」


メアリははっとして顔をあげた。昨日の彼女の言葉を思い出したのだ。メアリは図らずしてドルイドをちらりと見てしまった。


「お強いのですね。」


レイモンドは心からの言葉として穏やかな笑みを浮かべてエレクトラに伝えると、エレクトラも笑みを返した。


「ええ、私は強いわ。私は不幸な顔はしていたくないの。」

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