第7話 エレクトラの力

「この円は何?」

「あなた様の力を抑える魔方陣ですわ。」

「まぁこれが!」


エレクトラは興奮を抑えきれないようにはしゃいだ声をあげる。


「エレクトラ、その椅子から立ち上がってはだめだ。じっと座っていないといけない。」


カーライルがエレクトラに忠告する。

ドルイドたちは居間に集まっていた。

部屋に置かれた全ての家具を壁に寄せて床に魔方陣を描いたのだ。魔方陣の中央に置かれた椅子に座らされたエレクトラはカーライルの言葉など意に介さない。


「動いたら私は吹き飛んでしまうのかしら?」


カーライルが瞠目するのを見て、エレクトラは楽しそうに笑った。


「いいわ、いい子にしているわ。」

「この魔方陣を使って、あなた様の力を抑えます。その間にネックレスを外して見せて頂きます。どうやらそのネックレスの魔術が解けかかっているようですので、術を結びなおせないかを確認するのですわ。」

「修理できるかを見るのね?」


エレクトラがわくわくした目でドルイドを見返した。ドルイドはゆっくりと頷いて、その通りです、と言葉を返す。


「カーライル、準備はいいかしら?」

「私は大丈夫だ。」


カーライルはチョッキ姿になり、シャツの袖を膝まで捲り上げていた。メアリーが酒場の女のように口笛を吹こうとしたのでドルイドが視線で黙らせる。これで不名誉な姉を持っていると知られずにすんだ。

だがそんな姉妹の攻防も知らず、カーライルは真剣な面持ちで両の腕を持ち上げ、魔法陣に手をかざした。

エレクトラは興味津々でカーライルの一挙手一投足を見つめている。

カーライルが何事かを呟くと魔法陣から力が立ち昇るのが感じられた。はた目からは何が変わったのはわからないがエレクトラは身をもって何かを感じ取ったようだった。先程の威勢のよさはなりをひそめ、不安げに当たりを見回す。


「エレクトラ、何も心配することはない。

そこから動かなければ大丈夫だ。」


カーライルは何かを抑え込むように両腕を広げながら、エレクトラを励ます。エレクトラはただ従順に頷いた。

しばらくして術を終えたのか、カーライルはゆっくりと両手を下ろしてドルイドに声をかけた。


「ドリー、もう大丈夫だ。」


カーライルの合図を受けてドルイドは魔法陣の中に足を踏み入れると、ネックレスを外すためにエレクトラの背後に回った。


「この魔法陣がネックレスの代わりになります。だからこの陣の中から動いてはダメですよ。」


エレクトラは緊張した面持ちで、わかったわ、と告げた。


「カーライル、外すわよ。」


カーライルは頷くのを受けて、ドルイドはそっとネックレスを外した。

カーライルは少し肩をこわばらせたが、それだけだった。ドルイドは大きな変化はないと見て取ると、カーライルに頷いて見せた。


「成功したのね。」


外で見守っていたメアリが興奮気味に声をあげる。ドルイドはエレクトラに、少し預かりますわ、と言って魔法陣からツカツカと出ていくと、そばにあった文机に腰を下ろした。

ドルイドはさっそくルーペを手に取ってネックレスを検分する。カーライルもドルイドの元へ歩み寄り、彼女の背後から覗いていたが、しばらくして彼女が立ち上がり席を明け渡した。


「あなたも見てちょうだい。やはりネックレス自体がとても精巧に造られているわ。

座って、カーライル。

ここの金細工を見て欲しいの。植物の葉脈まで再現されているわ。この細工も含めて魔術が組まれているとしたら、とても高度な魔術が施されていることになるわね。」

「なるほど…。」


ルーペで確認したカーライルが苦い表情を浮かべたのをドルイドは見逃さなかった。


「直せないってこと?」


不安げなエレクトラの声が部屋に響く。彼女の不安は最もだと言えた。

例えれば彼女は重篤じゅうとくな患者で、ドルイドたちは医師なのだ。今まさに彼女は治療できるかの診断が成されており、ドルイドたちの言葉ひとつひとつに不安を感じているに違いない。もしかすれば先程の威勢のよい振る舞いは、空元気だったのだろう。

本当なら不安を抱える彼女の前でネックレスを確認する作業はしたく無かったが、このような特殊な場合、彼女をここに残して部屋から離れることはできなかった。

だからエレクトラの前で話すことは最低限のことだけだとカーライルとも確認していた。


「お待ちください。」


エレクトラの言葉に答えるとドルイドは再び席につき、ネックレスに両手をかざして呪文を唱えた。部屋にいる者たちは、固唾をのんでドルイドの行動を見守る。ドルイドは熱心に何かを探してるのは明らかだったが、それが何かはわからなかった。長い沈黙の後、ドルイドはカーライルを呼んだ。


「カーライル、見てちょうだい。

ここと、ここよ。あなたにも見える?」


カーライルは頷いた。


「ああ、見える。

乱れているな。」

「やはり彫刻や細工も魔術に関係があるみたいね。」


わけのわからない会話にメアリが根を上げた。


「お二人さん、私たちにもわかるように説明してちょうだいな。」


ドルイドがそっと両手を下ろして、こちらを振り向いた。


「ネックレスの細工が魔術と関係あるかを見ていたの。私の魔力を流してみたのだけれど、やはり傷や歪みがある箇所で私の魔力がうまく流れなかったわ。

つまりネックレスの物質的な形が、術と関係しているということになるわね。」

「それって直すのは難しいってこと?」


エレクトラが真っ青な顔で尋ねる。ドルイドは首を横に振った。


「いいえ、そういった職人を探せばいいのです。たしかに古くて高度な技術ですので探すのは時間がかかるかもしれませんが直せないことはありません。もし見つからなくても、ネックレスだけが解決方法じゃありませんわ。安心なさって。」


ドルイドの言葉にエレクトラは少しこわばりを解いたようだった。


「…では、私は死んだりしないのね?」

「そんなことにはなりません。」

「…よかった。」


エレクトラは今にも泣きそうになりながら笑顔をつくった。メアリは思わず魔方陣に入り、エレクトラを抱きしめる。エレクトラも彼女の腰に抱き着いた。その様子を見て彼女が内心は自分の抱えるものに大きな恐怖を抱いていたことを知った。


「ドリー…」


カーライルが手を差し出す。ドルイドは頷いてカーライルにネックレスを手渡した。心が乱れると魔力も乱れるからだ。すぐに彼女にネックレスを返した方がいいと思ったのだろう。だが彼は魔法陣の中に入ったところで、急に歩みを止めた。

その場にいた全員が扉に注目する。ノック音が聞こえたからだ。

それがエイミのノックだと悟ったドルイドはさっと立ち上がって扉の元へと歩いていく。別に見られて困るものではないが、あまり露骨に見せると村で変な噂が立ちかねない。

だがドルイドが扉を開けようと手をかけたところで、あちらが開けるのが早かった。扉を押さえようとした手はむなしく空を切る。

そして次の瞬間には、思わぬ来客が顔を出していた。


「まぁハットフォード氏…!

舞踏会以来ですわね!」


先程の動揺ぶりも吹き飛んで、エレクトラは元気な声をあげた。

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