第16話 帰路

 メアリは驚きでしばらく口がきけなかった。

だが状況が飲み込めると、今度は悔し気にレディーが決して口にしてはいけない言葉の数々で彼を罵った。

トニーの咳払いが聞こえたような気がしたのは気のせいではないだろう。

メアリはまんまと彼を騙しおおせたと思っていたので、悔しさを抑えきれないのだ。

だがドルイドに言わせれば、お互い様なのだから仕方がない。

メアリがやっと落ち着くと、今度はドルイドへの質問がはじまった。


「でもドリー、どうして彼がウィリアム卿だとわかったの?

それはいつわかったの?」


ドルイドは古い屋敷がここの主が誰だかを告げていたことは触れないことにした。


「階段を上がった廊下に歴代当主の肖像画が飾られていたでしょう。

そこに彼のものがあったわ。」


今夜は冷えますね、と言って足早に通り過ぎたあの廊下だ。

夜は暗くてあまり見えなかったが、今朝にはしっかりとその御尊顔を拝することができた。

あの時は階段をあがったところに自分の肖像画があり、彼も少し慌てたのかもしれない。

だが一晩過ぎて、もし嘘を我々に追及されたとしても、こちらも正式に名乗っていないのだから、お互いに戯言として流してもらおうと思ったのだろう。

この出会いは本当に仮面舞踏会のようなものだったのだ。


「でもなぜ彼は弟だなんて嘘をついたのかしら。

そんなものすぐにばれてしまうのに。

本物が出てきたらどうするのかしら。」

「本物のヘンリー・エヴァルにも会ったわよ。」


またもやメアリは驚きで目を丸くした。


「まぁ、ドリー!いつ会ったの?」

「あなたたちが仲良く2人で並木道を歩き去った後よ。」


メアリは「仲良く」という言葉に眉根を寄せたが、話の続きが聞きたかったようで何も言葉を返さなかった。

ドルイドはメアリたちと別れてからの話を聞かせた。

杖をついて歩いて来た男はヘンリー・エヴァル、正真正銘のウィリアム卿の弟だ。

だが彼はそうとは名乗らなかった。

おそらく兄に口止めされたのだろう。

幸か不幸か本物のヘンリー・エヴァルは実に真面目で実直な男だった。

ドルイドを気遣う紳士的な所作は実に洗練されていたし、

本人は気づいていないかもしれないが時々、兄が歩き去った方向を見ては咎めるような視線を送っていた。

彼は元々海軍に所属していて、インド洋などに現れる海賊を捕えていたらしいが、ある船と交戦中に左足を負傷し、退役したとのことだった。

彼は自身をあの屋敷でやっかいになっている者と紹介したが、それは本心からそう告げているのかもしれないと思えた。

貴族の次男とは働かなければ生きていけないからである。


「彼は自分を本物のヘンリーだとは言わなかったけれど、年齢的にそうでしょうし、それにウィリアム卿にやはり似ていたわ。」

「でも性格は似ていないようね。」


メアリはむっつりと告げた。

自分もヘンリー・エヴァルに会いたかったようだ。

だが彼はメアリたちが戻ってくる前にその場を去った。

並木道の向こうをみやりながら、彼は悪い人ではないですがやはりお連れの方は若くていらっしゃるからお傍について差し上げることをお勧めしますよ、と言葉を残して姿を消した。


「それはますますウィリアム卿が信用ならないことの証明ね。」


メアリがあきれたように言ったが、だがすぐに閃いたように口元に笑みを浮かべる。


「つまり私の推理は正しかったということよ。

これで真実があきらかにされたわ!

マイラは解放されるのね!」


ドルイドは表情を曇らせた。


「これがフィリップの言う真実だとして、それをどうすればいいのか

まだわかっていないわ。」

「あら!モーリス夫人にこの事実をお伝えして婚約を破棄して頂ければいいのよ。氏も言っておられたじゃない。

娘にはよい結婚をさせたいと。

それが真実ならば、氏はここで戦うべきね。

可愛い娘をあんな放蕩者に嫁がせてはだめよ。

いくら爵位があっても、彼女は苦しむだけだわ。」


ドルイドはマリアの言葉に是とも否とも告げなかった。

彼女はそっと窓に視線を向ける。

そこから見える空は、またもや曇り始めていた。

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