第19話 婚約者の訪問

 次の日もこれといった成果はなく過ぎた。

ドルイドはマイラの身体を通して、フィリップを呼び続けたがやはり何も反応は返ってこなかった。

フィリップが告げた1週間、つまりハロウィンまで今日を含め3日しか残っていない。

ハロウィンが来れば、こちらの世界は歓迎されない者たちが跋扈ばっこし、マイラの魂などひとたまりもないだろう。

彼女の魂の正確な位置がわからない以上、ドルイドにも彼女を守るすべがなかった。

ドルイドの苦心など知る由もない夫妻は、医者巡りを再開し、なんとか娘を目覚めさせようとしたが、どうにもならなかった。

夫妻はドルイドたちに不信感は募らせていたが、それでも2人を追い出すことはなかった。それはフィリップの言う「真実」に関係しているのかもしれないとドルイドは踏んでいた。

夫人はこの「真実」について何かしら思い当たることがあるのかもしれないが、だがそれについて一切語ることはなかった。

娘の命がかかっていても何も語らないのならば、本当に何も知らないのかもしれないとも思えた。




ドルイドたちは八方ふさがりとなり膠着状態に陥ったが、これ以上にひどい事態などあるはずもないと考えていた。しかしそれは間違いだったのだと思い知らされることにになる。明くる日になると、ウィリアム卿がモーリス邸を訪ねて来たのだ。

しかもそれは偶然ではなく、決闘を申し込まんとばかりの勢いでモーリス邸に乗り込んで来たのだ。

最初、マイラの見舞いに来たと思っていたモーリス氏は歓迎の意を示したが、ウィリアム卿は汚いものでも見るような目でモーリス氏に一瞥くれると、こう言った。


「こちらにメアリという女性はいらっしゃいますかな。その叔母を名乗る人物も。

いや、隠し立てする必要はありませんよ、モーリスさん。あなたの差し金であることはわかっているんです。」


この言葉にモーリス氏は表情を凍てつかせ、しばらく口がきけなくなった。


「あの馬を見た時に気づくべきでした。

あの栗毛の馬を見た時にどこかで見た馬だと思っていたんです。

それにビルヒル屋敷の近隣を訪ねても、あの2人のことを知る人は誰もいなかった。

モーリスさん、あなたは私の爵位だけでなく、私の資産を探らせ、いくら借金を抱えているのか調べさせていたのでしょう。

まぁ私は懸命にもあの2人にそのような話はしませんでしたがね。」


ドルイドとメアリは騒ぎを聞きつけ1階へ降りて来た。ウィリアム卿はそれに気づき、顔を上げて階段を見やった。

その時の彼は、ビルヒル屋敷であった人物と同じ人物であると思えない程、尊大で横柄に見えた。


「これはこれは、メアリ。叔母君もいらっしゃいますかな。

よもや私が本名を名乗らなかったことをお責めにはならないでしょう。あなたのしでかしたことこそ断罪されるべきだ。

あなたは私を侮辱した。」


目くらましの魔法を使っていないので、メアリの傍にいるドルイドは彼には叔母には見えていない。そういったわけでウィリアム卿は一心にメアリを見据え、怒りもあらわに彼女を責めた。メアリはその言葉に努めて冷静に答える。


「事情を説明させて頂けますか?

私たちのしたことはモーリス氏とは何ら関係ないことなのです。」


ウィリアム卿は鼻で笑う。


「そんなことが信じられると思いますか。

私が何も知らないとでも思いますか。

モーリスさん、私があなたとあなたの娘の噂を知らないとでも?これでも、あの女たちとあなたが関係がないとでも?」


そう言って握っていた紙の束を玄関に投げつけた。床をすべるように広がった紙束はこの半年で発行されたニューズペーパーやゴシップ紙だ。モーリス氏の顔を青ざめ、体は凍てついたように動かなくなった。


「私はこれを読んでもあなた方を信じていた。もともとこのような低俗な読み物はあてにはなりませんからね。

だが私のことを心配した友人たちが寄こしてくれたものだから一通りは目を通していたんですよ。

今になって彼らには大変感謝しています。

危うく私は婿を殺した犯罪者の娘と結婚するところだったんですからね。

私が婚約解消を言い渡しても止めはしませんね。これはあなた方が蒔いた種なんですから。」


すでにモーリス氏の顔色は紙のようになり、もう二度と口を開くことは無いように思われた。夫人は気丈にも肩をそびやかし、怒りもあらわにウィリアム卿を睨みつけた。


「私どもには後ろ暗いことなど一切ありませんわ。このような侮辱を受けたのは生まれてはじめてです!

用が済みましたらどうぞお引き取り下さい。

金輪際私たちがあなた様と関わることはありませんわ!」


卿は予想していなかった夫人の烈火のような怒りに気おされていたが、それでは悔しいと思ったのか、最後に繰り返したくもない罵詈雑言を浴びせて脱兎の如く屋敷を出て行った。彼が去った後の玄関には重苦しい沈黙が降りたが、この場で最もショックを受けているのはモーリス氏であることは間違いなかった。惨めさと絶望と悲しみが一度に押し寄せ、至極真面目に生きて来た男の心を完膚かんぶなきまでに打ちのめしたのだ。

そんな姿にメアリたちは、ただひたすらに申し訳なさと後悔の念が押し寄せ、このような事態を招いたのは間違いなく彼女たちの責任であることを考えると、先程のような怒りを向けられても仕方がないと思えた。

だが驚いたことにメアリたちが覚悟したようなことにはならなかった。

夫人は落ち着いた声音でこう言った。


「あなたたちのしたことを責めようとは思いませんわ。いずれこうなる運命だったのです。

ウィリアム卿があれほど愚かな方だったとは思いもしませんでしたわ。」


それだけ言うと夫人は夫を連れて2階へと上がっていき、残されたメアリは悲しげに呟いた。


「全ては私の責任だわ。

どうしてこの婚約を解消してしまえばいいなんて簡単に言えたのかしら。誰かの幸せを砕くことは、嵐のごとく他の人たちを巻き込むのだとどうして私は思い至らなかったのでしょう。」


メアリは自分のしたことを後悔しているようだ。だがドルイドは姉を慰めるようなことはしなかった。そんな余裕などあるはずもなかったからだ。こうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。

明日の深夜0時までにマイラの魂を取り返さねば、彼女は永遠に目覚めないのだ。

ドルイドは散らばった記事を拾い集め、急いでマイラの部屋へと向かう。メアリは後を追いながら言葉を続けた。


「でも私はこれがフィリップの求めるものなのだと思っていたわ。ウィリアム卿の歪んだ精神を暴き、婚約を解消することがフィリップの望みだと思っていたのよ。」


2人はマイラの部屋に入るとベッドに近づき彼女の様子を確かめた。マイラは相変わらず静かに眠っている。ドルイドは囁くように呟いた。


「だけど彼女は目覚めないわ。」


ドルイドもメアリの言っていることは考えていた。だが彼女の身体はぴくりとも動かない。


「彼が求めるはそれではないのよ。彼が求めているのは自分のなのかもしれないわ。」


メアリの顔がさっと青ざめる。


「ドリー、まさか本当にモーリス氏がグリント氏を殺したなんて言わないわよね。」


ドルイドはこの言葉についてしばし考えた。

奇妙なことにドルイドはメアリとこうしてやりとりすることが、不快ではなくなっていた。それどころか頭が整理されるような気がしてくる。

ドルイドは手元のタブロイド紙やゴシップ記事に目をやった。ウィリアム卿が投げ捨てたものだ。記事をよく読めば、モーリス氏のことだと思われる内容がそこかしこに出てくる。


【M氏、財産目当ての婚約者を処分】

【本命はS子爵】


心無い見出しに一瞥くれると、ドルイドはきっぱりと答えた。


「それはないわ。スコットランドヤードにいる知り合いに確認してもらったもの。

これは単なる事故よ。」


メアリは目を丸くした。


「じゃあ、あの分厚い手紙はそこからだったのね。あなたって、そんなところにまでパイプを持っていたなんて!」


ドルイドは手紙に書かれていた事故の詳細もしっかりと頭に入れて、彼に語り続けた。

メアリが言っていたウィリアム卿が婚約者としてふさわしくないことも伝えた。

だが彼からは返事がなかったのだ。

次に何をすべきかドルイドには皆目見当がつかなかった。

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