第12話 行動(2019/12/29改稿)

 ドルイドは1人馬車に揺られ、レイモンドからもらったメモに記されていた最後の共同墓地を目指していた。メアリは前回の件もあったのでモレル邸で留守番を言いつけた。

シティーから南に向かって通りを走っていくと、きれいなガーデンやマンションが見えてくる。そんな景色を眺めながら、あの晩レイモンドが何を確かめようとしていたのかを考えていた。

おそらくはレイモンド自身がドルイドの魔物に勝てるかどうかを確かめたかったのだろうがそれは不可能というものだった。

彼は誰にも負けはしない。だからこそドルイドは契約を結んでいるのだ。

それでも一時的だとしてもレイモンドがドルイドを凌駕した理由を知りたいと思った。

彼は森で何らかの力と知識を得たに違いないが、それが何なのかわからない以上ドルイドは嫌な予感しかしなかった。それを与えたのがあの森の老獪な主だと思えば不安は尚更だ。

それがわかっているのに手をこまねいているわけにはいかないと思うが、レイモンドはドルイドの換言など聞き入れないだろう。

彼はもう立派な成人男性で庇護者を必要としていないのだ。

ドルイドは小さな溜息をもらした。

あの夜を境に、あきらかに彼は変わってしまった。

獣のような奔放さと影を背負った彼を見て、もう二度とあの優しく純粋な青年には会えないのだと思う。

だがだからと言って彼が何かを失ったわけでは無かった。

むしろ手に入れたのだと思われるのにドルイドの心には何とも度し難い感情が沸いてくるのだった。

この煩わしい心の衝動を感じるたびにドルイドは心臓のない人形になりたいと何度も思った。だからこそドルイドはもう何も受け入れるつもりはなかった。

今までのように孤独に生きるのだ。

空っぽな箱に鍵を閉めれば、もう何も感じなくなるだろう。

そのための行動を起こさなければならない。





馬車が止まるとトニーが外から扉を開けてくれた。今日は御者をモレル氏から借り受けることができたのでトニーはドルイドの付き人として一緒に行動することになっている。

女1人の外出は奇異の目で見られるからだ。ドルイドは彼の手を取って馬車から降り立ち共同墓地の入り口に目をやるとレイモンドに渡されたメモを確認しながら墓地の中に入って行った。そうして道なりであることを確認してから後ろを歩くトニーに声をかけた。


「そろそろ屋敷が恋しいんではなくて。」


返事が返ってこないのでドルイドは立ち止まり、後ろを振り返る。

トニーは自分が話しかけられたことに驚いているようで、目を見開いて固まっていた。

ドルイドは気にせず言葉を続ける。


「メアリーから聞いているかもしれないけれど、今回の件が済めばあなたたちにはレディングに戻ってもらおうと思っているのよ。」

「あなたたちとは…。」

「メアリー、あなた、そしてジェイクよ。」

「ミラー氏まで!」


トニーは驚きを隠せないようだった。


「ジェイクにはまだ伝えていないから黙っていてちょうだい。

でも彼ももう歳だし、私のところにいる意味はないわ。」


トニーは今度はショックを受けたように青ざめた。


「ですがミラー氏はとてもドルイドお嬢様を大切に思っておられます。

そんな彼をあのお屋敷から出すなんて…。」

「あなたも知っているでしょう。

雇い主の気まぐれを。

私はそんな人間なのよ。」


トニーはめげずに縋るように言った。


「私はここに来てまだ幾ばくも無いですが、ミラー氏は違います。

彼はあの屋敷に残るべき人間です。」

「あなたも彼女と同じことを言うのね。」


え、とトニーは戸惑いの声をもらす。


「とにかく決まったことなのよ。

あなたも風見鴉屋敷に戻ったら帰り支度を

はじめてちょうだい。」


それ以上話すことはないとばかりにドルイドは再び歩み出した。





 教会と墓地回りを終えたのはちょうどお茶の時間帯だった。玄関をくぐるとモレル夫人がすぐに現れて温かいお茶とお菓子を用意して迎えてくれた。


「何かわかりまして?」


夫人は期待の籠った声で尋ねる。

今日は氏は仕事で会館の方へ出向いているためここにはいない。夫はいないが今日の調べ物の成果が気になったのだろう。席についたと同時に夫人は口を開いていた。

ドルイドは首を横に振った。


「いいえ、3人とも墓石には全く気配がありませんでしたわ。わかる範囲で彼らの足跡を尋ねましたが、何しろ一番最近で30年前に亡くなっているものですからゆかりの人間を探すのは難しくて。」


夫人は少しがっかりしたようだったが、次の瞬間には瞳に好奇の色を浮かべ、ドルイドに尋ねていた。


「では次のリストにある人物を尋ねますの?」


ここでドルイドは考え込んだ。舞踏会まで残された時間が3日しかないとなると、別の方策を考える必要があるかもしれない。

このまま2月7日に亡くなった人間を探し回るか、それとも別の方法をとるか。

だがドルイドはそのにあまり魅力を感じていなかった。

ドルイドにとって使わずに済むなら避けたいと思う手段だった。ドルイドが結論を出せずにいると、この場に同席していたメアリが明るい声音で静寂を打ち破った。


「ねぇドリー、それよりも手っ取り早い方法があると思うのだけれど。」


婦人がメアリに注目する。ドルイドも遅れて視線を向けたが、メアリは待ち構えていたかのようにドルイドの目を捉えて得意げな笑みを作る。

ドルイドは彼女が何を言わんとしているのかを察し、止めに入ろうとしたが遅かった。


「彼と躍るのよ、あなたがね。ドリー。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る