第20話 エレクトラ・トーレス

レイモンドの言う通り幽霊紳士は一向に現れず、やはり最後のワルツまで待つしかないのかもしれなかった。

だがドルイドはその時までを無駄に過ごすつもりはなく、ホールの中を歩き回りながら警戒を続けた。

もちろんレイモンドはドルイドにぴたりとついて離れなかったわけだが。


ドルイドはマクシムの各部屋を見て回りながら、レイモンドから預かったメモをもとに訪ねて回った墓地について話し出した。

どの墓石からも何の気配も感じられず、また情報も得られなかったのだが、最後に訪れた共同墓地について気になったことを口にした。




♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦




およそ30年前に亡くなったその貴族男性の墓は、今や世話をする人もいないようで墓石も痛んでいたが、ひとつだけ彼をしのぶ人がいるのだと思わせる形跡があった。

それは彼の墓に添えられていた花の絵だった。ドルイドはあたりを見回したが、この絵を置いた人物は見当たらず、しばらく歩いていくと墓地の清掃をしている人物を見つけてトニーに声をかけてもらった。


「少しよろしいですか。」


その男は声をかけられていることが自分だと気づくと、さっとハンチング帽を脱いでこちらに向き直った。


「なんでございましょう、ミスター。」


汚れた作業着の壮年の男は慣れた様子で応対する。この共同墓地は上流階級の顧客が多いようなので、こうやって声をかけられることはよくあることなのかもしれない。ドルイドは自らこの男に尋ねることにした。


「こちらの墓に花の絵が供えられていたのですが、何かご存知ありませんか。

私はここで眠る人に縁のある者でして。と言っても32年前に亡くなっているので今でもこうしてお供え物をしてくれる奇特な方はいったいどなたなのか、とても気になりましたの。」


男は丁寧な口調で答えた。


「はい、マダム。そうなんです。

毎年、この時期になるとそうして花の絵を置いてかれるんですよ。私も何度か見たことがあります。ただし名前はわかりませんがね。だがその方は多分、親類ではないでしょうね。

見た目からしてわしら側の人間だもんで。おそらく雇われ人かなんかです。

その眠っておられる方に昔お世話になったんじゃないですかね。」




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「それ以上の情報は得られなかったのかい?」


レイモンドは辺りに気を配りながらドルイドに尋ねる。ドルイドは首を横に振った。


「墓地管理者にも尋ねたけれどわからなかったの。だけど今回の件に関係あるかもわからなかったから深追いはしなかったわ。」


もし近親者が訪ねていたなら話を聞きたかったが、おそらくその線は薄いだろうと思えた。もし関係者だったとしてもあの男の言う通り当時雇われていた人間の可能性が高い。この季節に花を入手することは困難だからだ。それができるのはモーリス邸にあったような高価な温室を所有している人間くらいだろう。


「幽霊が現れたとして、そして君が捕まえたとして、それからどうするんだい?」

「会わないことにはわからないわ。

死者がこの世に留まる理由なんて様々ですもの。」

「そうだろうね。それで?

この件が解決したら君はを追い出すのかい?」


ドルイドはちらりとレイモンドを見やってすぐに視線を戻した。

おそらくメアリーが話したのだろう。

もう驚く気にもならなかった。


「ええ、そうよ。

この件が片付いたら、メアリーもトニーもジェイクも私の家から出て行ってもらうわ。」

「君の実家に帰せばジェイクは幸せになれるのかい?」

「ええ、今よりも不自由のない生活ができるわ。」

「それは君が決めることなのかい。」


ドルイドはうんざりとして溜息をついた。


「メアリと同じことを言うのね。

だけどもうこれは決まったことなの。」


レイモンドが何事かを言い募ろうとしたところで邪魔が入った。

明るい声がドルイドを呼んだのだ。


「やぁドリー、君が躍っている姿を見て驚いたよ。」


2人が声のする方を振り向くと、カーライルが女性を伴ってこちらに歩いて来るところだった。

女性が少し驚いた様子でカーライルを見上げたが、彼が一言二言彼女に囁きかけると少し落ち着いた表情になる。


「旧友だと囁いていた。」


レイモンドがそう呟いたのでドルイドはさっと彼を見返したが、すぐに視線を目の前の2人に戻す。


「エレクトラ嬢、こちらは私の友人でドルイドです。

ドリー、彼女はエレクトラ・トーレス嬢。

ウォード伯爵のご令嬢だよ。」


ドルイドは膝を折って挨拶するが、エレクトラは扇子を出して不躾な視線を送ってきた。


「どこのドルイドなの?」

「ただのドルイドですわ。」


ドルイドの返しにエレクトラは目を丸くして物問いたげにカーライルを見た。


「彼女は特別なんですよ。

私と生業を同じくする者です。」


どうやら令嬢は我々の仕事も事情も知っているらしい。

ここでカーライルがレイモンドに視線を向けたのでドルイドが紹介した。


「こちらはレイモンド・ハットフォード。

私の仕事の協力者ですわ。」


紹介を聞いてカーライルは瞠目する。

エレクトラはドルイドから視線を引き剥がし、レイモンドを視界に入れたところで

彼女が息を呑んだのがわかった。

ドルイドは心の中で嘆息する。

彼女がレイモンドの餌食になる前に早くここを立ち去った方がいいようだ。

だが厄介なのはそれを決めることができるのはこの場で一番高貴なエレクトラだけだということだ。

だが明らかにレイモンドに興味を持った彼女がそれを切り出すとは思えない。

ドルイドはカーライルがどういう意図で彼女をここに連れて来たのかがわからなかった。


「あなたも魔法使いなの?」


エレクトラが面白そうにレイモンドに尋ねる。


「そのようなものでございます、お嬢様。」

「カーライルに出会った時は驚いたけれど、魔法使いってもっと浮世離れしていると思っていたわ。」

「そんな方々も、もちろんいます。」

「興味深いわね。

あなたはどちらなのかしら?」


ここでカーライルが咳ばらいをして会話を止めた。

エレクトラは少し訝し気に眉を顰めたが、カーライルは構わずドルイドに向き直り、ここでエレクトラと引き合わせた趣旨を明かした。


「実はエレクトラ嬢のことであなたに尋ねたいことがあるんだ。」

「私は仕事中なのよ。」

「時間はとらせない。」


そう言ってカーライルは隣にいるエレクトラに、よろしいですね、と確認の言葉をかけると一瞬顔をこわばらせたが何かを覚悟するかのようにぎこちなく頷いた。

それを見届けるとカーライルは急にエレクトラの後ろ手に回り、彼女のネックレスに手をかけるのが見えた。

ネックレスに何かあるのだと思ったドルイドはその様子をつぶささに観察していたが、彼がチェーンを外した瞬間、予想していなかったことが起こった。突然、衝撃と圧力がドルイドの身体にのしかかってきたのだ。油断もあってか思わず倒れそうになったところをレイモンドがすかさず支えてくれたおかげで何とか転倒は免れたが、レイモンド自身もエレクトラから目が離せなくなっていた。


「彼女は…。」


レイモンドが思わず呟き、その後をドルイドが引き継いだ。


「ここまで野放しにされていた魔力は初めて見たわ。」

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