第11話 ヘンリー・エヴァル
ウィリアム卿のハートフォードの屋敷はロンドンから馬車で40マイルほどだ。
午後すぐに出発すれば、怪しまれない時間に屋敷には到着できるだろう。
「ドリー、あなたのドレスは全部そんなに暗いの?
本当に
もう少し明るいものはないのかしら?
でも私より派手なドレスでは困るけれど。
それでももう少し明るい服を着た方がいいわ。
屋敷に戻ったらあなたに似合うものを用意させるわ。」
ドルイドはメアリの言葉には答えなかった。
代わりに質問で返す。
「病人の世話はレディングの屋敷で覚えたのかしら。」
メアリははっとしたように顔をあげる。
そしてあたたかな笑顔を浮かべた。
「ええ、そうよ。
でも今はもう必要ないのよ。
みんな元気だもの。」
ドルイドがメアリの方を見ると、メアリは何かを期待するように熱心にこちらを見ていたが、ついにドルイドは口を開くことはなかった。
それがウィリアム卿の屋敷につくまでの最後の会話となった。
トニーが計画通りウィリアム卿の屋敷の扉を叩いた。
しばらくして従僕が出てくる。
ドルイドは馬車からそっとその様子を見ていた。
トニーが馬車を示しながら何事かを説明すると、従者は屋敷の中に引っ込む。
だがしばらくすると従者が戻って来て、トニーとともに馬車に近づいて来た。
トニーが、感謝いたします、というような言葉を口にしているのがわかった。
どうやらメアリの作戦が成功したらしい。
従者の誘導でトニーが馬車を玄関までつけると、御者台から降りてきて馬車の扉が開いた。
「ウィリアム卿の御厚意に預かることができました、マイレイディー。」
メアリにそう告げながら、トニーはドルイド、メアリの順番で馬車から降ろした。
馬車から降りて顔を上げれば玄関にはいつの間にか屋敷の主人らしき男性が立っていた。
「お気の毒でございます。
話はお聞きました。
馬が足を痛めてしまったようですね。
どうぞ馬の調子が確認できるまで私のお屋敷でお待ちください。
私はこの屋敷の主人ではないのですが、主人のウィリアム・エヴァルの弟のヘンリーです。
兄に代わっておもてなしいたします。」
そう言ってにこやかに礼を取った。
計画では会話でメアリがどこぞの上流階級の令嬢であることを匂わすことになっていたがこの馬車と御者を見れば、よほどの資産家であることはわかるし、トニーがマイレイディーと呼び掛けているのだから少なくとも貴族の娘であることはわかるわけだ。
彼もメアリを無下にすることはできないと判断したのだろう。
むしろ僥倖として受け取めたかもしれない。
ドルイドは心の中で嘆息する。
メアリの代わりにドルイドが口を開く。
「感謝いたしますわ。
今夜は姪といっしょに友人宅で開かれた夜会から戻るところでしたの。
そうしたら急に馬の調子が悪くなってしまって…。
そこでこの立派なお屋敷が目に入ったものですから
私たちは御厚意におすがりするしかないと思ったのですわ。
本当に優しい方に向かえて頂いて感謝いたしますわ、ミスター。」
「感謝には及びませんよ、マダム。
さぁどうぞ中にお入りください。
お嬢様もどうぞ、こんな夜ではお風邪を召されます。
御者と馬車はうちの執事が馬小屋に案内しますので。」
そう言って3人は屋敷に入った。
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