第10話 姉の計画
ドルイドはベッドの傍に椅子を置いて、眠るメアリの顔を見ていた。
顔色を見ると先程よりは回復しているようだ。
安堵とも溜息ともとれぬ呼気が
もしものことがあればメアリを一族のもとに連れていかなければならない。
だがそれはドルイドが最も避けたいことであった。
メアリはフィリップの言う通り冷媒体質だった。つまり霊的虚弱体質で、古く強力な一族の出でありながら魂の格が低く、霊に憑りつかれやすいのだ。
しかし今や世界は魔法の時代ではない。
社会の結束を促す単位が魔法や宗教から、誰の目から見ても揺るぎない科学と技術力へ移行しているのだ。
そんな時代に生まれたメアリは幸運なのかもしれない。
時代を間違えれば、処分されていたのかもしれないのだから。
だが両親はメアリを愛していた。
一般の家庭の例にもれず、より一層庇護の必要な子どもをことさら愛した。
メアリは確かにこの10年間、努力をしたに違いない。
ドルイドの記憶では、メアリは墓地どころか外出もままならない状態だった時もあった。
幾重にも守りのおまじないを施さないと彼女は普通には出かけられなかったのだ。
だからこそウェザークローハウスへ来た時には心底驚いた。
ドルイドがメアリを見やると彼女の目尻から一条の涙が流れる。
ドルイドはメアリの手にそっと触れた。
あたたかくやわらかな手の感触がドルイドの胸を締め付けた。
そうしてドルイドは目を閉じて、シーツの上にそっと頭を伏せた。
朝になるとすっかり回復したメアリにドルイドは悩まされた。
メアリがせがむのでフィリップとのやり取りを説明する。
するとしばらく難しい顔をして何かを考えながら部屋を出て行った。
ドルイドは嫌な予感がしながら姉を待ったが、
案の定、部屋に戻って来たとたんにこんなことを言い出した。
「私、ウィリアム卿のことが気になって仕方がないの。
マイラ嬢の真実を知るならば婚約者のことを知るべきだと思うのよ。
ぜひ会いに行くべきだと思うわ。」
ドルイドはメアリの突拍子もない発言に眩暈がする。
「姉さん。私たちには時間がないの。
今回の件は現婚約者は何の関係も無いし、行くだけ無駄だわ。」
だがやはりそこはメアリの一連の行動の法則に反せず、頑として譲らなかった。
彼女の言い分はこうである。
フィリップは現婚約者に嫉妬してマイラ嬢を渡すくらいなら殺した方がいいと考えている。
しかもウィリアム卿は夫妻が言うには立派な人物だが、実はそうではなくてとんでもなく自堕落で不道徳な男に違いない。
そしてその真実を知ったフィリップは何がなんでもこの婚約を解消させるため、彼女の魂を連れ出したというのだ。
メアリはこの推理に大いに自信を持っており、それを証明するためらな何でもやってやろうという強固な決意をしめしていた。
そして留めにこんなことまで言ってのけた。
「私は彼に体を乗っ取られている間に彼の心を見た気がするの。
その時にウィリアム卿も関係があると私は確信を持ったわ。
彼の傍にいた私が言うのだから間違いないわ。」
ドルイドは取り合うのも面倒になり、1人で彼に会いにいけばいいと告げた。
「それは無理よ。
卿がタウンハウスにいらっしゃれば考えられなくもなかったけれど。
ウィリアム卿は今、彼の実家のハートフォードの屋敷に戻っているのよ。
彼に会うにはハートフォードの屋敷を訪ねるしかないわ。
馬車で屋敷の傍を通って、馬の調子が悪くなったと言って屋敷に入れて頂くの。
とてもいい方法だと思わない?」
ドルイドの嫌な予感は的中した。
先程この部屋を出たのは、夫人にウィリアム卿の居場所を尋ねるためだったに違いない。
「それがどうして私まで行くことになるのかしら。」
「あら!当然じゃないの!
さる上流階級の令嬢が友人の夜会を尋ねた帰りに馬を悪くするというシナリオよ。
幸運にも卿とはお近づきになったことがないから
私たちが誰かなんてわからないわ!」
メアリは満面の笑みで答えた。
ドルイドが反論しようとしたところで、アリスが現れた。
朝食の時間を告げにきたのかと思ったが、彼女の後ろにはトニーが立っていた
何やら大きな衣装箱を持っている。
「メアリお嬢様、この箱でよろしかったでしょうか。」
「ありがとう、トニー。そこに置いてちょうだい。」
トニーは指示されるままに箱をそっと床に置いた。
彼は丁寧にあいさつをして部屋を出て行った。
メアリはアリスに箱をあけるように言って、中を取り出させた。
アリスが箱の中から持ち上げて広げて見せたのは美しいイブニングドレスだった。
「荷物を下ろさなくてよかったわ。
こんなこともあろうかといくつか積んだままにしていたの。」
「姉さん…」
ドルイドは尚も反対しようとしたが、メアリは言いたいことはわかっているとばかりに、ドルイドの言葉を制した。
「ドリー、あなたの気持ちはわかるけど
こればかりはどうしようもないわ。
あなたにこのドレスを貸して、お忍びで出かけるさる伯爵令嬢の役をさせてあげたいけれどサイズが違うもの。
あなたは私の年老いた叔母か遠縁の女性を演じてもらうしかないわ。
大丈夫よ。
あなたの魔法で、あなたがそう見えるようにできるでしょう。
あなたが残念がる気持ちはわかるわ。
お忍びの伯爵令嬢なんて素敵な役よね。
でも仕方がないわ。
ドレスを手直しする時間ですら私たちには惜しいんですもの。」
姉は本気で残念そうに告げた。
まるでドルイドが令嬢役をやれないことを
嘆いているような口ぶりだ。
綿密に作られたシナリオの主役をドルイドがやりたくないわけがないと
我らが脚本家は思っているらしい。
ドルイドは抵抗することを止めた。
どうせ今ドルイドがすべきことは全て終わっているのだ。
メアリが起きる前に手紙を書いて手配を済ませた。
あとは返事を待つのみなのだから、モーリス邸にいるよりは
マイラ嬢の婚約者についてもう少し知ることも今回の依頼に役立つかもしれない。
ドルイドは乗り気ではなかったが姉の提案を聞き届けることにした。
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