第12話 ビルヒル屋敷

 サウスウェル子爵のビルヒル屋敷ホールは、薄暗く肌寒かった。


「今、部屋を温めますのでお待ちください。」


そう言ってヘンリーは応接間を出ていく。

メアリはそっと扇を上げて呟く。


「なんて質素で寂しい屋敷なのかしら。

建物はこんなに立派なのに。

やっぱり私が言った通りだわ。

ウィリアム卿は浪費癖があって、この屋敷の切り盛りも大変なのよ。

だから資産家の娘を探していたのだわ。

それがわかっただけでも収穫だわ。

それにしてもウィリアム卿はいらっしゃらないのかしら。

一目お会いしたかったわ。」


ドルイドは何も答えずただ立って辺りを見回していた。

周囲を眺め、まるで屋敷自体が発する声を聞き取っているようだ。

しばらくしてメイドが現れ暖炉に火をくべはじめる。

もう1人のメイドは温かいお茶を持ってきてくれたので、2人はそれをありがたく受け取り口に含んで人心地着いたところで、ヘンリーが戻って来てこう言った。


「今、馬丁と話してきたのですが、調子が悪いと仰っていた栗毛の馬に外傷はないようですね。

うちの馬丁は優秀ですから安心して下さい。

ですがもうこんな夜更けですし、こう暗いと何とも言えませんね。

それに雨も降って来たので、なかなか今時分に解決するのは難しいようです。

どうでしょう。

明日の朝、明るくなってからもう一度診させて頂きますよ。

マダムさえよろしければ、今夜はここにお泊りになってはどうでしょうか。

私はお二人をおもてなしすることはやぶさかではありません。」


ヘンリーはドルイドに微笑みかけながら、メアリにもちらりと視線を寄こした。

ドルイドは几帳面な声で答えた。


「ではありがたく御厚意に預かりますわ。

突然こんな夜更けに押しかけてしまい誠に申し訳なく思っていますわ。

ちゃんとご挨拶できないのが本当に残念です。

ご理解頂けると思いますが、姪はこの若さですし名乗ることは控えさせて頂きますわ。

ですが実家に戻れば、ハートフォードに住まう誠実で温情溢れるお方について

彼女の父親に必ずお伝えしますわ。

私の兄ですが、兄は受けた御恩は必ず返すたちですの。」


ヘンリーは大げさに慌てた素振りを見せる。


「そんな滅相もございません。

どうか御気をつかわず。

私どもを頼って頂いたのも何かの縁です。

どうか我が家だと思ってお寛ぎください。」


ヘンリーはそして熱心にメアリを見つめた。

メアリはまるでデビュタントを終えたばかりの初心な娘のように少し顎を引いて

恥じらいを見せる。

ドルイドは内心うんざりしながら、彼には大事なことを尋ねた。


「ご主人はいらっしゃりませんの?

明日にはきっとお会いできますわね。

このようなおもてなしを受けたのですもの。

ご挨拶しないわけにはいきませんわ。」


ヘンリーはそこで少し困った顔になる。


「お約束はできません。

兄は用事で出ているものですから。

ですがお気持ちだけで十分でございます。

兄にはしっかりとお伝えしておきますよ。」


そう言ってまた笑顔をつくった。

今夜はどうやらここまでらしい。

メイドが部屋の支度ができたと呼びに来た。

2人はヘンリーに案内されて2階へと案内された。

本当に今夜は冷えますね、と言って足早に廊下を通り過ぎ部屋に通される。

部屋の暖炉には火が入れられ、温かくなりつつあるところであった。


「どうお礼を申し上げれば…。」

「いいえ、滅相もございません。

夜着は私の母のものですが、ないよりはましかと思いまして。

どうぞお使いになって下さい。着替えにメイドは必要ですか。」

「いいえ、大丈夫ですわ。」


ヘンリーは畏まったように頷いて、では失礼します。ゆっくりお休み下さい、と言って静かに扉を閉めた。

ドルイドは肩の力を抜く。

後ろを振り向くと、メアリが扇越しに得意げな視線で見返していた。


「作戦成功ね。」


ドルイドは何も言い返そうとは思わなかった。

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