第4話 変装の名人
パッツィは森を抜けるための道案内をかって出てくれた。
おかげで行きの半分の時間で森を抜けることができたが、その間中彼は人間の世界に関する疑問をドルイドにぶつけ続けた。
お菓子はどこからやってくるのか。(以前、誰かの家に侵入して盗み食いをしたら、いたく気に入ったらしい。)どうして人は箱が好きなのか。(それは贈り物の箱から衣装箱、はたまた家までを指しているようだった。)どうして決まった時間に決まった場所に集まろうとするのか。(教会や学校のことのようだ。)どうして女はあんなに髪をぐるぐるにして頭にのせているのか。(ドルイドも同意見だった。)などである。
だがそんな話より重要な案件があった。
「あなた、どうやってクリスマスパントを見ようとしているの。」
クリスマスパントはこの村の子どもたちが中心となって行う劇のことだ。他にも詩の暗唱やクリスマス聖歌の斉唱などが
これらは全て前牧師であるグレグソン氏が始めたことで、今年は実施が危ぶまれていたが、子どもたちの熱烈な要望により引き続き行われることが決定したのだ。
そしてあの幽霊事件以降、子どもたちとスタイン牧師の距離もぐっと縮まったようで、グレグソン氏の遺志を引き継ぐ形でスタイン牧師もこの行事に賛同し、全面的に協力する考えを示してくれた。
全てはメアリから無理矢理聞かされたことだが、ドルイド自身は一切劇への参加どころか観客になったこともなかった。しかし間違いなくこんな姿の生き物を連れていけば会場は大混乱に陥ることは予想できる。
ちょうど森の終わりが見えて来た頃、返事のないパッツィを振り返ると彼は少し離れたところで足をとめてこちらを見ていた。ドルイドが訝し気に彼を見るとパッツィはいたずらな笑みを浮かべる。
「言っただろう。僕は変装が得意だって。」
ドルイドは息を呑んだ。パッツィがいた場所にレイモンドが立っていたのだ。
「これで大丈夫だ。」
先程会ったレイモンドと寸分たがわぬ姿と服装で彼はこちらに歩いてくる。彼がドルイドの傍に追いついたところで腕を差し出した。
「この姿で観覧させてもらうとするよ。
さて、お嬢さん。あなたの家に招待して下さりますね。クリスマスパントまでは御厄介になりますよ。別に彼の屋敷にいてもいいけれど、あなたの傍にいた方がいろいろと面白そうだからね。」
パッツィはレイモンドに
ドルイドは無言で引かれるままに歩いたが、頭の中では彼の提案について考えていた。
彼を
そう結論づけると彼の提案に答えた。
「ではこのまま私の屋敷に急ぎましょう。
早くジェイクの元へ行って薬をつくらないと。」
ドルイドの焦燥を感じ取ったパッツィは、レイモンドの顔で得意げな笑みを浮かべる。
「じゃあ僕が馬になるよ!」
ドルイド思わず悲鳴を上げそうになった。
止める間もなく彼は馬へと姿を変えたのだ。もう少し逃げるのが遅ければ、彼女は踏みつぶされていたかもしれない。
だがパッツィはそんなことには無頓着で、変幻自在に姿を変える自分を誇示するように軽やかにその場で回って見せた。
ドルイドは呆れかえってしまったが森の隣人に何も言っても無駄だと悟り、パッツィが首を垂れて乗るように促すので、大人しく彼の背に跨ると馬は軽やかに走り出した。
ドルイドは乗馬の経験がほとんどなかったため最初は戸惑っていたが、パッツィはドルイドを振り落とすことなく上手に運んでくれた。
しかししばらくして彼の進む道が、ウェザークローハウスから少しそれていることに気づいた。ドルイドが不安げに彼の目を覗き込むと心の声が返ってくる。
「なぜ?」
ドルイドが怪訝な表情を浮かべる。
明日のクリスマスパントにはおしゃれをして行かないとね!
ドルイドは最初パッツィが何を言っているのか理解できなかったが、しばらくして彼が何を望んでいるのかがわかった。外出着をレイモンドの屋敷からとってくる必要があると言っているのだ。
「あなたは自分で変装できるのではないの。本物の服を準備する必要があるかしら。」
馬は走りながらつんと鼻をそびやかした。
僕は見たものにしかなれないんだ。
だからおしゃれな服だって見ないと着られないんだよ。
ドルイドは肩を落とした。薬も急ぐが彼を満足させないと残りの薬も手に入らないのだ。
「わかったわ。私がエラに頼んで用意してもらうわ。あなたは玄関の前で待っていてちょうだい。」
パッツィは馬のままで首肯すると、待ちきれないように速足で駆けた。
屋敷に到着すると、急いで馬から降りて、玄関を叩いた。しばらくするとエラが玄関から出て来た。
「まぁドルイド様。お久しぶりでございます。」
言葉では驚いているようだが実際のところエラの表情はあまり動いていなかった。
ドルイドの記憶ではエラを驚かせようとするのは至難の業だとレイモンドが言っていた。年齢は18歳かそこらなのに倍は歳を重ねているのではないかと思う程落ち着き払った性格なのだそうだ。そこが気に入ったのかエラはレイモンドが雇う使用人としては最も長い期間この屋敷に務めている。
元々レイモンドは自身の素性を考えて頻繁に使用人を変えてきたのだがエラだけは例外のようであった。
ドルイドは口角を少しあげて微笑むと、挨拶を返す。
「久しぶりね、エラ。」
ドルイドはさっそく事情を説明してレイモンドの外出着を用意してもらうことになった。と言っても森での出来事を話すわけにはいかないので少し作り話をすることにした。
レイモンドは今ドルイドの屋敷に来ていて倒れたジェイクの診てくれていること。
そしてジェイクの症状が思わしくないので一晩付き添うことになったこと。
しかし明日のクリスマスパントはスタイン牧師の招待があるため少しでも顔を出そうと思っているので直接ドルイドの屋敷から公会堂に向かう、ということを伝えた。
ドルイドはそのための着替えを取りに来たということにしたのだ。
エラはそれを聞いて表情は変えなかったが納得したようだった。
「それでわかりましたわ。
ハットフォード様は屋敷に戻られたかと思うとすぐさま出て行かれたものですから心配しておりました。
ミラー氏の病状を診に出ていかれたのですね。
ミラー氏のお加減はいかがでございますか。
一日も早い回復をお祈り申し上げます。」
ドルイドは、ありがとう、と呟きながら内心エラの言葉に衝撃を受けていた。
今の今まで今日が日曜だということを忘れていたのだ。
レイモンドは礼拝を避けるため日曜は外出するようにしているのだ。
つまり彼は外出から戻ったタイミングでドルイドからの知らせを受け取り、その足で屋敷を飛び出してきたことになる。
ドルイドは喉の奥から苦いものがせりあがってくるような気がした。
彼は今や囚われ人だ。自分がどれだけ彼の善意を利用しているのかを思い知らされた。
「一晩のご用意でよろしかったですか。」
「ええ、一晩よ。明日には必ず彼はここへ帰ってくるわ。」
ドルイドは自身の決意も込めて答えた。
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