第7話 支度騒動

ドルイドは納得いかないとばかりに、ただ押し黙っていた。

足元ではエイミがスカートのプリーツを整え、メアリが上衣ボディスのボタンを留めている。それが終わるとメアリは一歩下がり、ドルイドを上から下まで確認すると仕上がりに満足したように頷いた。


「これでよし。

どうエイミ、素敵だと思わない?

私たちの見立ては完璧だったみたいね。

本当はナイトドレスを着せたかったんだけど、今日は村の音楽祭だもの。

これで我慢しておくわ。」

「こんなことする必要があって?」


ドルイドはむっつりとして言った。


「それがの要望なのよ。」


メアリは意味ありげに言い放った。そう言えばドルイドが黙らざる負えないことを知っているのだ。


「ドルイド様、とってもおきれいですわ。

普段からこういったよそおいをなさればいいのに、もったいないですわ。」


エイミが熱のこもった目でこちらを見上げる。メアリはまだしもエイミを無下にするわけにはいかないので仕方なく礼を言っておいた。そのすきにメアリはドルイドの両手をとって鏡の前に導いたので、いやでも自分の姿が目に入ってしまう。

そこにはしっかりと支度を整えた淑女が映っていた。

ジャケット型のモスグリーンの上衣ボディスは、上半身にぴったりとフィットした品のいいデザインになっており、スカートも同系色だが上衣ボディスよりワントーン明るく、アシンメトリーのドレープも遊び心を感じる。

そのドレープには小さな花々がプリントされており、その色合いも全体に調和するように落ち着いたものが選ばれていた。

ドルイドは一目見てメアリのセンスのよさを感じることができた。だが唯一残念な点はそれを着ているのが自分だということだ。


「ね?素敵でしょ?」


メアリは褒めてもらいたいとばかりに得意げにこちらを見た。ドルイドは思わず溜息をついた。


「ドレスはとてもきれいよ。ありがとう。」


どうしてこのようなことになったのか。それはやはりメアリの画策によるものだった。どうやらパッツィをそそのかして、彼の同伴者としてドルイドを飾り立てる必要があると説いたらしい。

ドルイドがジェイクの食事と薬を運ぶために2階へ上がった時、メアリが何か言いたげだったのはこのことだったのだろう。

あの後、メアリはパッツィを説き伏せ、エイミを巻き込んでドルイドのドレスを選んでいたのだそうだ。


「パトリック坊やを呼んできますわ。

彼も熱心に選んでくれたんですよ。」


エイミが部屋を出て行くと、ドルイドは小声でメアリに尋ねた。


「エイミになんて言ってるの?」

「彼のこと?レイモンドの親戚って言っておいたわ。パトリックはとっさに考えた名前よ。ぴったりでしょ。」


メアリが小さく笑った。それで今や、エイミとパッツィはお菓子作りをする仲にまで打ち解けたわけだ。


「…ジェイクの様子を見てくるわ。」


呆れてコメントを控えたドルイドはジェイクの様子を見に部屋を出た。この支度事態がいったい何のためにあるのかをドルイドは忘れてはいなかった。

部屋にそっと入りベッドに近づくと、ジェイクは眠っていた。手袋を外して額に触れるとやはり熱は高く、相当苦しいだろうことは想像できた。もう一晩の辛抱よ、と心の中で呟きながら、身体を引き剥がすようにベッドから離れ一階へ向かった。


階下ではパトリックを探していたエイミが突然来訪したレイモンドを迎え入れていた。

残念ながらエイミはもうあの小さな子どもに会うことはないだろう。

レイモンドに姿を変えたパッツィが、白々しくエイミに挨拶をする姿にドルイドは半ば呆れながら階段を降りていくと、彼女に気づき顔を上げて満面の笑みを見せた。


「ドリー、見違えたよ!とてもきれいだ!」


レイモンドにしては少し陽気過ぎる反応だが、ラウンジスーツを着こなした彼はいつも以上に洗練されていて、対応していたエイミも少し見惚れているようだ。


「ありがとう、レイモンド。

あなたも素敵よ。」


ドルイドのお世辞に彼は得意げな表情を浮かべ彼女に腕を差し出した。ドルイドはその腕に自身の腕を絡める。


「では行きましょうか。」

「トニーに言って玄関に馬車を用意させているわ。」


いぶかし気な目でドルイドがメアリを睨む。


「だって雪が降っているのよ。

歩いて行くのは大変だわ。いいじゃない。

彼がいる間は頼りにしないと。」


そう言ってメアリがそっと詰襟の首元を直してくれた。


「ジェイクをよろしくね。」


首元から手を放したメアリにドルイドが真剣な面持ちで言づける。


「もちろんよ。ここはまかせて。」


ドルイドが静かに頷くと、レイモンドの導きで玄関の外に踏み出した。

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