第52話 告白
ドルイドは自分の罪を告白した。自分の魔物をコントロールすることができず、エレクトラを惑わし、結果的に命の危機に晒したことを告げた。そして社会的にも彼女を傷つけかねない事態まで至った点も話した。
そして自身はこの代償を払うつもりでいるから、どのように罰してくれても構わないという旨も付け加えた。
だがドルイドはレイモンドの存在だけは隠し通した。全て自分の魔物、つまりディヴァンの仕業だと話したのだ。もともと吸血鬼は人間から忌み嫌われている存在で、レイモンドが魔法社会で力を持つディギンズ一族から目をつけられることはどうしても避けたかった。
ドルイドはこうしてレイモンド以外の全てを語ったのだった。
「この話は、
「いいえ。その前に卿とお話がしたかったのですわ。どうか誰もお責めにならないで頂きたいのです。ディギンズ氏は自身の勤めを果たしていただけですし、エレクトラ嬢も魔物に惑わされただけなのです。」
「エレクトラ嬢は実際、傷物になったのかね?」
露骨な物言いだが、大事な話だ。ドルイドは落ち着いて答えた。
「いいえ、魔物に拐かされそうになったのは事実ですが阻止致しました。彼女は穢れなき乙女ですわ。」
自身がした質問にも関わらず卿はドルイドの答えにあまり関心が無さそうだった。卿は無表情のまま問う。
「私は疑問に思うのだが。彼女が無事ならばこの事実は、3人の胸の内にしまっておけばよかったのではと思うのだかね。」
「私の不注意のせいで多くの者に迷惑をかけました。私はその点を忘れるわけにはいきません。」
「…なるほど。裁かれたいのだな。」
この言葉にドルイドは顔を上げると、ブロムトン子爵の老獪な笑みを浮かべていた。彼はおそらくこの件を利用してドルイドに何かを要求してくるだろう。だがそれでもよかった。
ドルイドの罪を隠し立てする方がよほど苦しい。ドルイドはすっと首を伸ばして裁きを待つ罪人のごとく卿の言葉を待った。
それを見たブロムトン子爵はゆっくりとドルイドに近づいた。
「父上!!」
突然開かれた扉を振り向いて、ドルイドは色を失った。ここにいるはずもない人物がそこにいたからだ。剣幕な様子のカーライルがずかずかと部屋に入り、卿に迫った。
「父上!ドリーに何をしようとお考えです!」
卿はドルイドからすっと身を引き、さほど驚いた様子もなく笑みを返して答えた。
「私としたことが、息子を隣室に待たせていたのを忘れていたよ。」
ドルイドは信じられないものでも見るように卿を見返した。ドルイドは
こうなればもう収拾がつかない。カーライルは憤激し、レイモンドの存在もいずれ露見するだろう。ドルイドは震える唇で呟いた。
「あんまりですわ、ブロムトン卿。」
「君も隠し立てするのが悪いのだよ。それにおそらく君は全てを語っていないだろう?」
ドルイドは血の気が失せ、自分が浅はかだったと気がついた。事を急ぐあまり全てを仕損じたのだ。
カーライルがドルイドに向き直った。
「ドリー!どうして話してくれなかったんだ!向こうで話してくれれば、私は急いであなたのもとに帰ったのに…!」
ドルイドは冷静になるように自分に言い聞かせながら答えた。
「ランカシャーにいるあなたにはできることは何もなかったわ。それにあの場であなたの心を乱すわけにもいかなった。
これは私が招いた結果ですもの。甘んじて罰を受け入れるわ。」
「だがこの件を依頼したのは私だ…!
あなたを巻き込んだのは私なんだ!」
ドルイドは心の中で息をついた。
やはりこうなってしまった。だから全てを終わらせてから彼と対面したかったのに。
詳細を伏せても、これだけの反応なのだ。レイモンドとエレクトラの話をすれば、間違いなく彼は平常心ではいられないだろう。そしてさらに自分を責めるに違いない。
ドルイドはカーライルの発言を無視して、ブロムトン卿に向き直った。
こうなれば早々に沙汰を頂くしかない。
「ブロムトン卿、どうかご判断下さい。私が二度と同じ過ちを犯さないよう、罰をお与え下さい。そして誰にも責めが向きませんように。」
ブロムトン卿は目を細めドルイドを見据えた。まるでドルイドの真意を測ろうとしているような目だ。
「…君は…」
卿が口を開いたところで、扉を叩く者があった。全員が振り向くと使用人が扉を開ける。
「失礼いたします、ご主人様。
お客様がお見えになっておられます。
お急ぎの用事だとか。」
「誰だ?」
卿が尋ねると、使用人をそっと避けて出てきた人物にドルイドは心臓が凍るかと思った。カーライルが現れた時に、もうこれ以上驚くことはないはずだとドルイドは思っていたが、なぜそう思ったのだろう。扉の前に現れたのは誰であろうレイモンドだったからだ。彼は訪問着を着て、まるで普通の
だがブロムトン卿はそんなことには動じず落ち着いた声で尋ねる。
「君は誰だね?」
「突然のご訪問をお許し下さい。
私はレイモンド・ハットフォードと申しまして、こちらにいますドルイド嬢の暮らす村で医者をやっております。
礼を欠いた訪問であることは百も承知ですが、おそらく今お話しになっている件に私も深く関わっておりまして、ぜひともお話しに混ぜていただきたいのです。」
ここでブロムトン卿が片眉をあげ、一瞬ではあるが瞳が興味深げに光った。
「ハットフォード氏、あなたがこの件にいったいどのように関わっているというんだ?」
カーライルが正気を取り戻し、責めるような口調で問う。ドルイドはこれからレイモンドが話すだろう答えに絶望し、そっと目を閉じた。
「エレクトラ嬢を襲ったのは、私なのです。」
「…ほう。」
卿は目を細めた。
「君がドルイド嬢の魔物なのかね?」
「違います。こいつは吸血鬼なんです。」
カーライルがすかさず反論すると、卿は息子を振り返る。
「彼と面識があるのか?」
「ええ、この前のリジウェイ伯爵夫人の舞踏会で会いしましてね。紳士ぶってはおりますが、中身は獣だ。
だからドリーにはこいつをエレクトラから遠ざけるように言っていたんだ。」
「あなたがそう言ったのはエレクトラ嬢が彼に興味を持っていたからだわ。」
「同じことだ…!」
ドルイドが声に驚くとカーライルは、バツが悪そうに謝罪した。
「すまない。ただわたしはこの結果を恐れていたんだ。やはりその通りになった。」
「だけどそれはわたしの魔物がエレクトラ嬢を
カーライルが不審に表情を歪める。この話は彼か知らない情報だから当然の反応だ。
ここでブロムトン卿が口を開いた。
「ドルイド嬢、全てを話してくれるかな?
私がもし君たちに何かしら判断を下すとしたら、その後だろう。」
ドルイドは観念するしかなかった。
「そうすべきですわね。」
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