第14話 第一歩
家を全て回りきる頃には、もう早朝という時間帯だった。
驚いたことに5人の親たちは自分たちの息子が家を抜け出していたことなど誰1人として気づいていなかったのである。深夜の訪問者に驚き、そして扉を開くと玄関に奇妙な組み合わせの大人たちと自分の息子が立っているのを見て言葉を失っていた。事情は全てスタイン牧師から説明され、話を聞いて事態が掴めると母親は卒倒しかけ、それを夫が支える、といった光景が各家々で繰り返された。
どんなイタズラにも耐性があるつもりでいた母親たちも、まさか牧師にたいしてこのような仕打ちを自分の息子がしたとは俄かには信じられないようであった。
「私は今後この子たちをどうすべきか迷っていたのですが、彼らと相談して子どもたちを信じて見守ることにしました。」
そう言ってスタイン牧師はレイモンドやドルイドたちを見やった。その言葉に親たちは息を呑んで、感謝の言葉を述べた。スタイン牧師は全ての家庭にそのように説明したのだった。
「私、この村が好きになれそうだわ。」
メアリは暖炉の火を見つめながらおもむろにそう言った。ドルイドはその言葉に繕い物の手を止めて顔を上げた。しかしそれも一瞬のことで小さな溜息をついて作業を再開させる。メアリは少しむっとした様子でドルイドに話し続けた。
「私は本当はこの村が少し怖かったのよ。私たちの職業柄、受け入れてもらうのは難しいことはわかっているもの。でも今回の件を通して、話せばわかるって気がしてきたの。」
「どうしてそう思えるの?」
ドルイドは手を止めずに尋ねた。メアリはドルイドの質問について考えた。
あの事件の日から1週間がたったが村人とドルイドたちの関係が打ち解けたものになったかと言われればそうではない。
だが当初心配していた、問題の原因をドルイドたちに向ける、ことはなかった。
それにメアリたちが訪問したその日のうちに親たちが集まって相談し、本人たちを連れて改めてスタイン牧師を訪ね、謝罪を行ったそうだ。
その話は夜、ここを訪ねて来たスタイン牧師によってドルイドたちに伝えられた。その話を聞いて、メアリにとって村人たちが異質な存在ではなくなったのだ。
それに今回の件でメアリはスタイン牧師と親交を持つようになった。
物思いにふけっていると、メアリはドルイドの視線に気づいた。ドルイドの顔がランプの灯りでほのかに照らされている。ゆらゆらとゆれる灯りの中でドルイドの目がこちらを見つめる。メアリは質問されていることを思い出した。
「…わからないけど…、でも彼らのことが理解できる気がしてきたのよ。それに…」
ほら見て、とメアリは先ほどまで読んでいた本を持ち上げた。牧師館を訪ねた時に読みたいと思っていた本だ。
「スタイン牧師が貸して下さったのよ。貸出記録に名前を書けば誰でも本を借りることができるのよ。素敵でしょう?今度は、子どもたちに絵本を読んであげるつもりなの。」
メアリはにこやかに答えた。何か大きな変化があったわけではない。だが確実に前に進んでいる。メアリはそう信じることができた。今はそれでいいのではないかと思う。
「少しずつよ、ねぇドリー。少しずつでいいのよ。」
そう微笑みかけるとドルイドは再び繕い物の手を動かす。
「…勝手にしてちょうだい。」
ドルイドの言葉にメアリは声を上げた。
「まあ!勝手にはできないわ!だって読み聞かせはあなたも行くと言ってしまったもの!」
ドルイドははじかれたように顔を上げて眉を吊り上げる。
「私は行かないわよ。」
「子どもたちはあなたが来るのを楽しみにしてるわ。」
メアリはドルイドに縋るような視線を向ける。だがそれも無視してドルイドは手を動かし続けた。
「…私は忙しいの。あなたが彼らと親交を深めるのは勝手だけど、私を巻き込まないでちょうだい。」
メアリはぶすっとした表情でしばらく彼女の作業を見ていたが、ある疑問が頭に浮かんで口に出さずにはいられなかった。
「ねぇドリー、あなたはどうしてこの仕事を続けるの?」
ドルイドはまたひとつ溜息をついた。
「姉さん、この仕事を頼んだのはあなたでしょう?これは姉さんの繕い物なんだけど。」
そう言われてメアリは顔を赤らめる。
「そ、その仕事のことじゃないわ!
繕い物のことは悪いと思っているわ!
だけど私は不器用でお裁縫が苦手なんだもの…。
もう!そうじゃなくて!
質問に答えてちょうだい!
どうしてこんな仕事を続けるの?
ここではあなたの地位も保障されていない。ともすれば危険な目に合わされる場所でどうして
ドルイドは目を
そんな彼女がどうしてこんな危険なことを1人で続けようと思うのかメアリには理解できなかった。
しばらくするとドルイドは糸切狭で糸を切るとその繕い物を持ってメアリのもとへ来た。メアリは差し出された
「求める者と、それができる者がいるからよ。」
メアリが彼女の言葉の意味を考えていると、もう寝るわ、と言ってドルイドは去って行く。メアリははっとして「なら牧師館に来てくれるわね。」と声をかけた。
そうすることがどうしてドルイドに必要なのかはわかっているはずだ。
彼女にはそれが必要なのだ。
「あなたがいるじゃない。」
ドルイドが振り向きもせずぽつりと呟く。
「あなたじゃないとだめなのよ。」
メアリの言葉にドルイドは振り向き一瞬怪訝な視線をこちらに向けたが、そのまま何も答えず扉の向こうに消えた。
メアリはため息をついた。
だがもう不安はなかった。
ドリーはどう文句を言っても牧師館に来てくれるだろう。その予感はきっと当たるはずだ。
メアリはそっと微笑んで暖炉の火を見た。
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