第27話 晩餐前夜
列車がランカスター城駅に到着し、カーライルが下車すると宿屋の使いが2人、彼を待っていた。2人に荷物を預けると、カーライルはすぐに駅の外へと足を踏み出す。この近くに住む友人の屋敷を訪ねることも考えたが、ここに来ていることをあまり知られたくなかったので最終的には宿を利用することにしたのだった。
駅を出るとランカスター城は目の前だが、まだ明るい時間なのでおどろおどろしさは感じないが、多くの犯罪者が収監されているのだと思うと明るい気持ちで眺めることはできなかった。
なぜあんな場所で晩餐をひらくことになっているのか、未だに理解できない。
「客は多いのかい?」
荷物を担ぐ青年に尋ねた。
「おかげさまで。
幾人かはお客さんと同じ、上品な方もいらっしゃってますよ。話が合うかもしれませんね。」
青年の言葉に横の年配の男が、余計なことを言うな、と肘を小突いていた。
素性を知られたくなくて宿屋は中流を選んだが、もしかすれば同じようなことを考えた招待客もいるのかもしれない。
カーライルは2人に笑顔を見せて、食堂で挨拶してみよう、と告げた。
案内された部屋からは、ランカスター城が見えていた。この景色をドルイドにも見せたいと思ったが、あまり呼び出すと肝心な時に出てくれないかもしれないのでやめておくことにした。カーライルはカーテンを閉めて、荷解きにかかった。
夕食の時間になって食堂に降りると、確かに上流階級らしい人間がちらほら見受けられたが、目立たないように端の席に座り、様子を伺うことにした。
食堂にいる人間が魔法使いなのか、そうでないのかはっきりとはわからなかったが、自分も魔力を封じているので相手もそうしている可能性はあった。
カーライルはできるだけ気配を消して食事にありついた。
「あんたも呼ばれたのかい?」
驚いて顔をあげると、目の前に無精ひげの男が座っていた。全く気配を感じさせずに現れたわけだから魔法使いなのだろうが、見た目からはそうとは判断しにくい。年齢的には自分よりも少し年上で、肌は日に焼けている。身なりは労働者階級のそれだった。
カーライルは紳士然と口元を
「失礼ですが、あなたは…。」
「俺の名前はゲイリー。お前も招待状で呼ばれた魔法使いだろう?
俺もそうなんだよ。大丈夫だ。俺たちの会話は周囲に聞こえちゃいない。
ちなみにここにはもう1人招待客が泊まっているが、そいつは今は部屋にいる。」
「ゲイリーさん、お初にお目にかかります。
しかし、突然…魔法使いなどと…」
「ごまかさなくても大丈夫だ。
俺は鼻が利くからな。」
カーライルは一般人のふりをしようとしたが、一蹴される。しばし考えてから、彼に正体を明かしても問題はないだろうと判断した。
「私はカーライルと申します。
ですがどうして私が招待状で呼ばれた魔法使いだと?」
カーライルは丁寧な口調を崩さなかった。
ここがこの業界の難しいところだ。
人間の社会では労働者階級に見えても、こちらの世界ではとんでもなく高名な魔法使いだったりすることがあるのだ。だがカーライルは頭の中の魔法使い年鑑をめくっても、ゲイリーという魔法使いは思い当たらなかった。
「そんな畏まった話し方をするな。こっちがむず
心配しなくても、見ての通り俺はあっちでもこっちでも中流以下だよ。」
カーライルは男の言葉を鵜呑みにするつもりはなかった。なぜなら彼は…
「ですがあなたの魔力は相当なもののようですね。」
「まぁ才能はあるがな。」
そう言うとゲイリーはにやりと笑って片手を上げた。
カーライルははっとしてテーブルの上に置かれたスプーンに注目すると、スプーンは跳ねるようにカタカタと揺れ始めたではないか。だがすぐにそれは違うと気づいた。
スプーンではない、このテーブルが、部屋全体が、宿自体が揺れているのだ。
揺れに気づいた女性客が悲鳴を上げた。
「やめろ!」
叫んだ瞬間、揺れはぴたりと止んだ。
「それは破壊の力だ。誰の教えだ。」
「それは言えない。」
悪びれる様子もなくゲイリーが下卑た笑いを浮かべる。カーライルはひとつ息を吐いて、怒りを鎮める。
「それで…どうして私に声をかけたのですか?」
「つるんでおいた方が何かと便利なことがあるからな。」
「それは私の得になるのですか?」
「なるね。俺はリプリースクロールに興味がないんだ。」
カーライルは眉を
「興味がないのに、どうしてこちらへ?」
「金になるかと思って。
あとは単なる興味だ。」
「…先程、興味がないとおっしゃっていましたよね。」
ゲイリーは声を上げて笑った。
「巻物に興味はねーよ。
俺が興味があるのは、餌に釣られて集まるお高くとまった連中だ。
冷やかしに行くんだよ。」
「…それでどうして私に声をかけたのですか…?」
ゲイリーはふっと息を漏らして笑うと、今までのふざけた調子はかき消えた。
「ディギンズの新しい当主のご尊顔を拝んでおこうと思ったのだよ。」
カーライルがくっと目を見開いて、言葉を失った。ゲイリーは何事もなかったように立ち上がり、食堂を去っていく。カーライルは弾かれるように立ち上がって男の背中に向かって叫んだ。
「父はまだ生きている…!」
「いずれだよ、バーカ。」
男が階段を上がりきったところで、カーライルは椅子に座り込むと、どっと疲れが押し寄せてきた。
無事にロンドンに戻れるか甚だ疑問だと思えた。
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