ある手紙
第1話 金曜日のドリー
風見烏屋敷に着く頃には日はとおに暮れていた。ドルイドは屋敷につくなりトニーに絵を玄関に置いておくように告げると、屋敷の中へ消えた。
メアリーはその姿を目で追っていたが、玄関からは彼女と入れ替わりでジェイクが出て来たので、彼と目があった。
「長旅お疲れでしょう。お手伝いいたします。」
そう言って近づいてくるジェイクにメアリは尋ねた。
「ドリーはいつも金曜日にどこに出かけているの?」
「私も存じ上げないのです。」
ジェイクは困ったように答える。
「…いつか私に話してくれるかしら?」
メアリは玄関を見つめて呟いた。
「あの方は周囲を巻き込むことを嫌いますので…。」
「では私が図々しくなるしかないようね。」
ジェイクは少し驚いた様子を見せてから微笑をうかべた。
「期待しております。」
ジェイクの言葉にメアリははっとする。それは嬉しい驚きだった。ジェイクは完全にドルイドの味方だと思っていたからだ。
「ねぇジェイク、私があと1年はここに住むことになったと言えばあなたは喜んでくれるかしら?」
ジェイクは少し驚いた様子でメアリを見返した。しかし彼女の自信ありげな瞳がただの絵空事でないことを伝えている。
ジェイクは微笑みを浮かべて答えた。
「もちろんでございます、お嬢様。
これはドルイド様には内緒ですが、あなた様が来られた日から私はそうなればよいと思っておりましたよ。」
暗闇の中に蝋燭をともすと、部屋の有様がほのかに映し出される。その部屋は石組みの仄暗い地下室だった。
ドルイドは衣服の留め具を外し、ドレスを床に落とすと鏡台の椅子に腰を下ろして髪をほどきはじめた。
蝋燭の灯に照らされ鏡に揺らめく自分の姿を見つめながら、唇の傷を舐めた。
そうして誰に尋ねるでもなく呟いた。
「この契約は完全なものかしら。
抜け穴はあるのかしら。」
その質問に答えるものは無く、今度はコルセットの紐を解こうと後ろに手を回したところで、誰かの手がそれを止めた。
「契約は完全に
お前があの女の拠点をこの屋敷にすり替え
たことがせめてもの救いだ。」
彼女の言葉に遅れて答えたのは、突然現れた男だった。豊かに響く低い声が聞くものの心を落ち着ける。
「その姿は久しぶりね。」
ドルイドは鏡に向かって告げた。
男は無言でコルセットの紐に手を伸ばす。
「ありがとう。」
ドルイドは解かれるままに任せることにした。男は影のある人物だった。波打つ黒髪はしっとりと濡れたようで、長い髪から見える瞳は金色に輝いている。
その瞳から彼が人間でないことは明らかだったが、服装は滑稽なほど紳士的だった。詰襟のシャツにチョッキを重ね、トラウザーに革靴を身につけている。
彼が静かに紐を解いていく姿を見届けながらドルイドは契約のことを考えた。
もしあの時、ドルイドのそばに置いておくことを誓えばどんな制約があったのかと想像するだけで恐ろしい。2人が離れれば、そのたびに命の危機に晒されるかもしれないのだ。
本当に姉の浅慮にはほとほと呆れる。とりあえず最悪の事態は脱したのだから今は良しとするしかない。
どうにかこの契約の
紐が緩んだところで男は離れた。
そのタイミングでドルイドは男に告げる。
「獲物を見つけたわ。
しかもとても上物よ。」
鏡越しに目が合うと男の金色の瞳に光が宿る。
「あのガーネットの娘だな。
…だがまだお前のものでない。」
「カーライルは必ず私の元にあの娘をよこしてくるわ。私にはわかる。」
男は何も言わなかった。
ドルイドは静かに立ち上がり、コルセットを床に落とした。裸同然のドルイドに男がどこからかガウンを持って現れ、彼女の肩にかける。
「さぁもうすぐ午前0時よ。
彼女を起こさないと。」
そう言ってドルイドが手を差し出すと、男は彼女の手を取って口角を上げて笑んだ。
ここで初めて男は感情らしきものを示したのだった。
「ああ…我らの子が待ちわびている。」
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