第11話 ピクニック

メアリの思いが通じたのか、昨日と違ってその日は気持ちの良い天候に恵まれた。

本当なら丘の上に出ようと言う案もあったが、今回はエレクトラの体調のことも考えて風見鴉屋敷の前で行うことになった。

クリーム色の麻布の上には、簡易机を置いて果物やサンドイッチ、冷肉やジャム、ビスケットを並べる。最後にティーセットを広げると準備完了だ。

メアリもエレクトラも興奮気味にシートの上に座った。


「ピクニックって毎日ひらいてもいいと思うわ。どうしてみんな毎日しないのかしら。

私が知るティーパーティーは1年に1回もなくていいと思っているのよ。

誰を呼ぶのか選んで、招待状を出して、誰が来たのかを覚えて、誰に挨拶したかを確認して、本当に堅苦しくていやになっちゃう。

わたし、ずっとここに暮らしたいわ。

ネックレスのことが解決しても、またここに遊びに来たいわ。

ねぇいいでしょう?」

「もちろんですわ。

こうして風見鴉屋敷の前でピクニックができるなんて思いもよりませんでしたわ。

すべてエレクトラ嬢のおかげですわ。

また是非、遊びにいらしてくださいね。

大歓迎ですわ。」


エレクトラの言葉にメアリーはにっこりと笑って答えた。カーライルもこの話に賛同する。


「エレクトラ嬢にこんなに喜んで頂けるなら、私も付き添いますよ。

お父上の説得はまかせて下さい。」


そう言った彼にエレクトラはちらりと視線を送る。


「カーライル、あなたはドリーに会いたいだけでしょう。

そのために私を利用しようなんて許せないけれど、ここが素敵な場所だからのってあげなくもないわ。」


エレクトラはそう言って笑った。


「年頃のお嬢様の言葉は痛烈ですね。

ですが私は会いたい女性には、会いたいときに自分の力で会いに行きますよ。」


真剣な彼の表情にエレクトラは頬を染めて視線をそらす。


「そう言ってもらえる女性が羨ましいわね。…ところでドリーはどこにいるのかしら?

せっかくこんなに気持ちがいいのに参加しないなんて。」

「妹は楽しみを避けるところがありますの。」


メアリが困ったように告げる。


「本当に苦行みたいな生き方をするのね。

それが何になるというのかしら。

いいわ、私が引っ張ってくるわ。」

「私が呼んできましょう。

お嬢様方はどうぞ話に花を咲かせてください。」


そう言ってカーライルは立ち上がり、屋敷の方へ歩いて行った。


「…カーライルはドリーが好きなのね。」


突然の呟きにメアリーは目を丸くした。


「どうしてそう思われますの。」

「見ていたらわかるわ。

彼、いつも目で彼女を追っているもの。

でもドリーってそういうのは鈍感そうよね。

なんだかじれったいわ…。」

「エレクトラ嬢…。」


エレクトラはしばらく無言で手元のリンゴをもてあそんでいたが、何かを決意したように顔を上げてメアリに問うた。


「ねぇメアリー、時にハットフォード氏に恋人はいて?」

「え…。」


メアリは思わずたじろぐ。


「本当は今日はハットフォード氏も来てくれるものだとばかり思っていたのよ。

なんだかお仕事が忙しいみたいだけれど、お医者様の仕事ってそんなに忙しいものなのかしら。あの方のなさってる研究も関係があるではなくて?いったいどんなことを調べていらっしゃるの?

お屋敷はどちらなの?訪ねても迷惑にならないかしら。」


メアリはエレクトラに落ち着くように促した。


「一気にそんなに質問されても答えられませんわ。落ち着いて下さいまし。

エレクトラ嬢はハットフォード氏を気に入っていらっしゃるのですね。」

「そうね…。

舞踏会で会った時から気になっていたのよ。

なんだか謎めいていて素敵な方だと思わない?」

「…しかしハットフォード氏は…その…。」

「中産階級なのよね。

でも本当にそうなのかしら?

なんだか私の知る人たちよりよっぽど高潔で洗練されているように見えるわ。

もっとお近づきになれないかしら。」

「エレクトラ嬢、そんなに急がなくてももっと素敵で、あなた様にふさわしい方が現れますわ。まだお若いんですから。」

「本当にそうかしら?」


ここでメアリが言葉に窮した。こちらを振り向いたエレクトラの瞳が真剣そのものだったからだ。


「あの2人はそう言っていたけれど、本当に私の力は抑えられるの?

私を不安にさせまいとしてごまかしているんではないの?

私…発作が起こると全く動けなくなるの。

頭が痛くて、吐き気がして…。

ここに来てから調子がいいけれど…ロンドンの屋敷ではカーライルがいないと外にも出られないのよ。

私…きっと死ぬんだわ…。

だからみんな憐れんで優しくしてくれているのよ…。メアリーもそう思っているんでしょう…?

だから…」


ここで急にエレクトラが押し黙った。

メアリが異変に気づいて彼女に触れると、小刻みに震える肩から魔力が染み出していることがわかった。彼女の感情に魔力が反応しているのだ。


「息が…。」


彼女が苦し気にうずくまるのを見て、メアリはいよいよ叫んだ。


「ドリー!!ドリー!!ディギンズ氏!!

エレクトラ嬢が…!!早く誰か来て!!」



次の瞬間にはドルイドとカーライルが飛び出すように屋敷から出て来た。

カーライルはエレクトラのそばに駆け寄ると、すぐに彼女の魔力を抑えにかかる。

メアリーは固唾をのんでその様子を見守っていたが、苦し気に喘ぐエレクトラを直視するのはつらかった。


「彼女を中へ。」


ドルイドの言葉にカーライルが頷き、彼女を抱え上げる。

全員が急いで屋敷の中へと入って行った。

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