第28話 荒野の魔女

タイを結び終えたところでカーライルの部屋を訪ねる者があった。ノック音がした扉にちらりと視線を向けてから時計を確認すると晩餐まであと2時間程あった。最後に髪を手櫛で整えてから扉を開けると、予想した通りゲイリーがそこに立っていた。

驚いたことに彼はまだ何の支度もしておらず昨日と同じような恰好をしていた。


「何か用でしょうか。」


丁寧に尋ねると、ゲイリーは目を丸く見開いてカーライルの頭の上から足の先まで眺めまわした。


「なんだその恰好は。」

「…晩餐の正装ですが?」


招待状にはドレスコードは無かったが、一般的に晩餐と言えば燕尾服を着ればまず間違いないだろう。逆に気になるのは、ゲイリーの服装である。


「…まさか、あなたはその恰好で行かれるのですか?」

「…問題あるか?」


カーライルはため息をついた。魔法使いの集会など正直、服装はどうでもよいだろうが、今回は海千山千の集う場所なのだ。侮られるわけにはいかない。


「マントがあるから大丈夫だ。」


ゲイリーはふんと鼻を鳴らして言い切った。カーライルはやれやれと首をふる。


「マントは外套がいとうですよ。晩餐会場に到着すれば、脱がなければなりません。

物見遊山をしたいなら、あまり目立たない方がいいかと思いますがね。

あなたのその出で立ちはどう見ても非常識だ。」


まさかこんなことになるとは、と内心嘆息しながら時計を確認する。本当はこれからドリーと連絡をとりたかったのだが、仕方がない。


「30分で仕上げます。」


そう言ってゲイリーを中に引き入れた。





結局準備が整うまでに1時間かかってしまった。というのもゲイリーを晩餐に出席しても恥ずかしくないように整えるには、服装だけではだめだと気がついたからだ。髭を剃ってやり、櫛を通したことのなさそうな髪をなんとかセットすると、やっと服装に着手した。


「私の予備の礼服を着てもらいます。背格好が似ているのでサイズは大丈夫でしょう。」

「どうして俺がこんな格好をしなけりゃならねぇんだ。」

「あなたは私と城へ行くつもりだったんでしょう。でしたらある程度の恰好をして頂かないと困ります。私はここで侮られるわけにはいかないんです。」


ゲイリーがどうしてカーライルを訪ねて来たのかは察しがついていた。カーライル自身も1人で乗り込むよりは心強いと思っていたので、こうして彼にかける苦労も無駄ではないだろう。


「しまった!すっかり忘れちまってた!」


彼のカフスボタンを留めていたところで、ゲイリーが慌てた。


「何がです?」


カーライルが訝しんだところで、タイミングを計ったように突然扉が開かれた。


「ゲイリー!やっと見つけたわ!

あなた、どれだけ私を待たせるつもりなの?

玄関で凍えるかと思ったわ!」


カーライルは驚きでカフスを取り落とした。扉には黒色の外套を身に纏った女性が立っていた。

だが女性は2人を視界に入れると、驚きで目を見開いた。


「あれ?あなた…ゲイリー?」

「おお、すまねーフェイス。

何だか妙なことになっちまって。

もうすぐ終わるからそこに座って待っててくれ。」

「これはどういうことですか?」


カーライルが落としたカフスを拾い上げながら、説明を求めるようにゲイリーを見上げる。ゲイリーがばつの悪そうな顔で説明した。


「ええ…と、こいつが昨日言ってたもう1人の招待客だ。

俺が一緒に行こうと誘ったんだが、お前さんに声をかけたらすっかり忘れちまってて

いやぁすまねぇことをした。」

「忘れてたですって…!」


フェイスの目が怒りで吊り上がっていく。魔力もじわじわと彼女の身体から染み出してくるのを感じ、これはまずいと思った。


「レイディー、お怒りはごもっともですが、晩餐前にトラブルは頂けません。

どうか抑えて…。もう少しで彼の支度が終わります。すぐに出発できますのでもう少々お持ち下さい。」


カーライルは笑みをつくって、彼女をなだめた。フェイスも紳士の前で決まりが悪くなったのか、なんとか怒りの鉾を納め、腕を組んで椅子に座った。


「ご紹介頂いても?」


カーライルがゲイリーのカフスを付け直しながら、尋ねた。自分に言われているのだと気づいたゲイリーが、気が進まなさそうに紹介を始めた。


「フェイスだ。魔女だ。」

「それが紹介だと言うの!」


フェイスは立ち上がって息まいた。


「もういいわ!自分でするわよ。

紹介くらい!」


カーライルはゲイリーの支度の手を止めて立ち上がり、失礼のないように彼女に向き直った。その振舞いを見て彼女も留飲りゅういんを下げたようで、少し口調が柔らかくなった。


「こちらの方は礼儀を御存じのようでよかったわ。私はフェイス。荒野ムーアの魔女と呼ばれているわ。

以後お見知りおきを。」

「まだ北の魔女って名乗れねぇんだ。師匠がお許しにならないんだと。」

「ゲイリー!それ以上しゃべったら女と遊べない体にするわよ!」

「うわっ…それだけは…!」


ゲイリーは真っ青な顔で縮こまり、すぐに謝った。


「あいつの呪いは強力なんだ。

お前も気を付けろよ!」

「お二人はもともと知り合いなんですか?」


カーライルが尋ねると、フェイスは心底嫌な顔をした。美人な顔が台無しだ。


「そうね、腐れ縁みたいなものだわ。

まぁ話せば長くなるからそれはいいのよ。

あなたはどなたなの?」

「私はカーライル。ただの…」

「ディギンズの坊ちゃんだよ。」


魔法使いだと言おうとして、ゲイリーに素性をばらされた。彼を本当に傍においてよいものか疑問に感じてくる。


「まぁあなたがカーライル・ディギンズ…?ご当主も来ておられるのかしら?」

「いいえ、今日は私が代わりを務めています。それよりもそろそろ出発しなければ。

ゲイリーさん、出来上がりましたよ。

どうですか?」


ゲイリーは鏡の前に立って、口笛を吹いた。


「俺はこんなにいい男だったのか…!」

「しゃべれば台無しね。」


フェイスがすかさず突っ込むと、ゲイリーはにやりと笑って言い返した。


「それはつまり黙ってればってことだな?」

「そんなこと言ってないでしょうが…!」


カーライルはやれやれと心で嘆息しながら2人に声をかけた。


「すいません。先に降りてもらっていてよろしいですか?すぐに私も支度を済ませて行きますので。」


カーライルは今すぐにでもドルイドと連絡が取りたかった。

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