第25話 ドルイドの提案

「あのネックレスにかけられた魔術は高度なもので、しかもとても強力なんだ。

だがすでに造られてからおそらく100年以上経過していて、ネックレス自体の魔術が不安定になっている。

そのためにエレクトラ嬢の体調も思わしくないんだ。

訓練も受けていない彼女の身体にあれだけの魔力があれば、彼女の神経を圧迫していてもおかしくない。」

「それであなたがそばについているのね。」

「そうだ。

今日はウォード伯爵の命で娘が粗相をしないかのお目付け役だ。」


それで彼がマクシムの前を歩いていた理由がわかった。下見をかねて訪れていたのだろう。カーライルはやるせないとばかりに溜息をついて言葉を続ける。


「馬鹿らしいと思うよ。

問題はそんなことではないんだ。

舞踏会で失神することくらいなんでもないことだが、実際は彼女の命が危険にさらされているということだ。

今日こそ元気そうにしていたが、酷い時はベッドからも出られず水も飲めない程なんだ。」

「あの身体にあの魔力では相当な負担でしょうね。」

「それで君に彼女に会ってもらったというわけだ。」


やっと理解者が得られたとでも言うように、彼は疲れた笑みを浮かべる。


「ネックレスを直すことはできないの?」

「彼女から取り去って検分するというのかい?」

「1人ではできないわ。

お父上に…ブロムトン卿に協力して頂けばいいのよ。卿はなんておっしゃってるの?」


ここでカーライルは表情を曇らせる。


「それはできない。

今、私の父は床に臥せっているんだ。」

「…ご病気なの…?」


ドルイドは半ば予測していたことが事実だと知った。

そういった理由で今日の舞踏会に息子であるカーライルが来ていたのだ。

もしかすればエレクトラ嬢の件もそのせいで彼が代わりを務めているのかもしれない。

卿が元気ならば彼は今でも現役の強力な魔法使いだからだ。


「それが原因がはっきりしないんだ。

だがおそらく…が関わっていると私は思っている。」

「今日言っていたあの手紙のことね。」

「そうだ。」


カーライルは、ほぉと息を吐いて片手で顔を拭った。


「すまない。今はこの話はいいんだ。

とにかく今はエレクトラ嬢の問題を解決しなければならない。

何かいい方法がないか、小さなことでもいいから教えて欲しいんだ。」


ドルイドは深く何かを考え込むような様子で暖炉を見つめた後、ふいにカーライルに向き直り決然とした声で話し出した。


「私の干渉を許すなら…方法がないでもないわ。だけどそれは私が助力するというよりは、私に一任して頂いた方がいいと思うの。」


カーライルはドルイドの意図がわからず目を眇める。


「…それはどのような方法なんだい…?」

「彼女の魔力の心臓を取り出すのよ。」


カーライルは一瞬言葉に詰まった。


「何を言い出すかと思えば…。

そんな方法は聞いたこともないし、見たこともない。

彼女の身に何かあれば私だけではない…

ディギンズ一族は破滅するだろう。」

「だから私に一任して欲しいのよ。

あなたたちに責任が及ばないようにしたいの。」


カーライルは首を横に振る。


「それだけじゃない。

あなたの身にも危険が及ぶ。

この業界から追放されるだけじゃない。

何の後ろ盾もない君は全てを失うことになるだろう。」


全く取り合う気のないカーライルにドルイドは語気を強める。


「カーライル、私は勝算のないことを提案したりしないわ。」

「…成功すると言うのかい?」

「一度も失敗したことはないわ。」


カーライルは驚愕の目でドルイドを見返す。


「何度目だ。」

「エレクトラ嬢が6人目になるでしょう。」


カーライルが息を呑んだのがわかった。


「とにかく今すぐに答えを出す必要はないわ。私も今の仕事が片付かないことには動けないもの。

そうしてもし今の話を前向きに考えようと思ったならば私に報せをよこしてちょうだい。ただしあなたが1人で考えなければだめよ。

わかっているだろうけれど、この手段は秘匿されるべきものなの。」

「魔力を持つ人間を永久に封じ込める手段…というわけか。恐ろしい御業みわざだ。」

「私は望んだ者にしかそれを行使していない。」


ドルイドははっきりと告げる。


「…どうして私にそれを教えてくれたのかを尋ねても?秘儀を会得していることを知られれば、あなたの身が危険に晒される。

黙ってエレクトラ嬢を預かることもできたのでは?」

「あなたの信頼に報いたのよ。」


ドルイドは伏し目がちで呟いた。

カーライルは微笑を浮かべ、そっとドルイドの手に自身の手を重ねる。

手袋越しに伝わる温もりにドルイドは思わず手を強張らせたが、カーライルが手を退けることはなかった。彼の優しく温かな笑みがドルイドを見つめる。


「感謝する。もしあなたに何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。生業なりわいを同じくする者として支え合えることもあるだろう。」

「あ…」

「その手を放せ。」


ドルイドが言葉を返そうとして、それは叶わなかった。いつの間にかレイモンドが起きていたのだ。カーライルはそっとドルイドの手を放しソファに座り直すと、小さく口角を上げてレイモンドを見やる。


騎士ナイト気取りだが、血に飢えた竜は果たしてどちらだろうね?」


レイモンドは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたが何も言葉を返すことができなかった。カーライルのけんのある言葉に一瞬ドルイドも驚いたが、ここで生産性のないケンカを眺めるつもりはなかった。


「カーライル。」


ドルイドが諫めると、カーライルは肩を竦めて立ち上がった。


「それではまた会おう、ドリー。

報せは必ず送る。」


ドルイドは彼の言葉に頷き、背中を見送った。彼が立ち去ったところでレイモンドが怒りを抑えた声で訴える。


「あれは打算的な男だ。

近づいてはいけない。」


ドルイドは手を上げて、彼を制した。


「レイモンド、あなたは私の怪我が治るまで近づかないでちょうだい。」


レイモンドが傷ついたような表情を浮かべた瞬間、ドルイドの心の奥に刺すような痛みが走ったが、彼を守るためなのだと自分に言い聞かせてさらに強い口調で言い切った。


「私にとっては血筋を求める人間も血を求める吸血鬼も同じよ。」


ドルイドは彼の目を見ないようにしながら、さっと扉に視線を向けて立ち上がった。


「絵を確かめに下へ降りるわ。」


ドルイドはそう言って書斎を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る