第2話 カーライルの到着

エレクトラはジェイクの言う通り、静かに眠っていた。


「エレクトラ嬢はあなたが出て行った後もずっと泣いていて、泣き疲れてやっと眠りについたの。」


ドルイドは自身の彼女への仕打ちを思い出した。あの時は焦っていたとは言え、彼女への態度は褒められたものでは無かっただろう。彼女がメアリーの言っていたような状態に陥っていても不思議ではない。


「彼女に謝らなければ…。もとはと言えば私の魔物がしでかしたことなんですもの。」


メアリーが怪訝そうに眉根を歪める。


「あなたの魔物が…?どういうこと?」

「全て話すわ。」


ドルイドはレイモンドとエレクトラがこのようなことをしでかしたのは自身の魔物のせいだと明かした。またレイモンドを探しに行った森でのこと、そしてそのあとブロムトン卿の屋敷で何があったのかも話した。

全てを聞き終えるとメアリーは何とか今聞いた話を整理しようと額に手を当てている。


「えっと…まずレイモンドさんとエレクトラ嬢が同じ屋敷にいても大丈夫なのかしら?」

「大丈夫よ。

彼が出られないように部屋は封印したから。今はジェイクがそばについているし、目覚めてもじっとしているはず。」


メアリーはほっと息を吐く。


「それで…これからどうなるの?」


ブロムトン卿の屋敷から逃げるように出てきてしまった以上、何も解決していない。それをメアリーは心配しているのだ。黙り込むドルイドの隣にメアリーはそっと移動すると、ドルイドの手を取り、真剣な口調で告げた。


「私も責任を感じているの。

彼女に隙を与えてしまっていたのは私のせいでもあるもの。」


顔を上げるとメアリーの瞳は真剣そのもので、鬼気迫るものを感じる。ドルイドは胸騒ぎを覚えた。案の定、ドルイドは彼女の次の言葉に驚いた。


「ディギンズ一族があなたを害するようなことがあれば、私たちの一族も黙っていないわ。一族は私たちを守ってくれる。」


ドルイドはメアリーの手を振り払った。


「私は一族の助けなんかいらないわ。」

「ドリー…。」


メアリーが苦し気に何事かを言おうとして、それはノック音に遮られた。

入室を許すとエイミがおずおずと入ってきて、用向きを伝えた。


「ドルイドお嬢様、ディギンズ氏がお目見えです。」


メアリーはさっとドルイドを振り返る。ドルイドは特に驚きはしなかった。もともと彼はランカシャーから戻ればここへ来ることになっていたのだから。


「ここへお通しして。」






「施術はうまくいったんだね。」


カーライルは眠りにつくエレクトラの頬にそっと手を当てて、顔色を確かめて尋ねた。


「ええ…施術自体は何の問題も無かったわ。

ただ心配なのは発作直後の施術だったことよ。それとこれは全ての事例で言えることだけど、たとえ魔力を生み出す器官だとは言え、内臓をひとつ取り出したようなものだから、その状態に体が慣れるまで様子を見る必要があるわ。」

「その通りだな。」


カーライルはエレクトラから顔を上げると、心配気にドルイドを見やる。


「それは私にもできることかい?」


ドルイドはカーライルを見返し、力強く頷いた。


「ええ、大丈夫よ。

むしろあなたにお願いしたいわ。

信頼できる人がそばにいる必要があるもの。」


カーライルは小さく微笑んだ。


「ではここからのことは私が預かろう。本当にいろいろとありがとう。メアリー嬢も彼女の傍にいてくれて本当に感謝している。」


メアリーは小さく微笑み、ドルイドは静かに首肯した。

エレクトラのことはメアリーに任せ、2人は応接間に移動した。彼と話をしなければならないことは山ほどあったからだ。

2人が席に着くと、少しの逡巡を見せてから話を切り出したのはカーライルだった。


「先程は大変失礼をした。」


その言葉を聞いてブロムトン卿とのやりとりが今日の出来事だったことを思い出した。


「あなたが謝ることじゃないわ。

あれは卿と私の問題だった。少なくとも私はそうしたかったのよ。

あんなことになるとは思っていなかったけれど、私は覚悟の上で屋敷に赴いたの。」

「自分1人で責任を取ろうと考えたんだね。」

「実際、私の責任なのよ。」

「いや違う。

あちらでも言ったが、この件に巻き込んだのは私なんだ。

私に責任がある。」


ドルイドは溜息をついた。


「…この話が平行線になるのは目に見えていたわ。」


カーライルはぐっと言葉に詰まったようだった。


「だから卿を直接訪ねたのよ。」

「私では役に立たないと?」


ドルイドが顔を上げるとカーライルは皮肉な笑みを浮かべていた。ドルイドは首を横に振る。


「違うわ。そういうことじゃないのよ。

最後はどうしたって、卿に報告する必要があったわ。ならば早い方がいいと思ったのよ。」

「だけど先に私に話して欲しかった。

いや、あなたの考えはわかっている。すべて自分で背負うつもりだったんだとね。

だがどうも…」


カーライルは額に手を当てて、溜息をついた。


「どうも自分の無力感が拭いきれない。

実際、私は無力だ。

父も今回の件の始末については自分が預かると言ってきた。」


ドルイドは目を瞠った。


「それは…私が去った後に卿がそう仰ったの?」

「そうだ。正直、父が何を考えているのかはわからないが…。」


苦々しげな表情を浮かべるカーライルを見つめながら、ドルイドは考えた。このことをどう捉えていいかわからない。あんなことがあった以上、手放しで喜べる話では無いだろう。ドルイドの考えを察して、カーライルが言葉を続ける。


「警戒する気持ちはわかる。だが今すぐに何かが起こることは無いと思う。あなたのことも、今すぐに糾弾したりはしないだろう。

だが父に動きがあればすぐにあなたに報告する。」


ドルイドはぎこちなく頷いた。


「カーライル、私は自分のしでかしたことから逃れるつもりは無いわ。

ただ…私は、私で責任を取りたいのよ。」


そう、これ以上レイモンドを犠牲にするわけにはいかないのだ。


「わかっているよ。」


カーライルは困ったような笑みを浮かべた。


「あなたは自分を無力だと言うけれど、あなたは私を守ってくれたわ。私のために卿を止めてくれたし、術の件も黙ってくれていてた。」


カーライルははっとしたように顔を上げたがすぐに悲しそうな表情になる。


「父にこれ以上、あなたを利用されるような事態は招きたくなかった。」

「とても感謝しているわ。」


カーライルは少しためらいを見せてから尋ねた。


「…それでハットフォード氏は無事なのかい?」

「ええ、大丈夫よ。」

「それはよかった。」


少し声音を和らげたが、すぐに表情は険しくなった。


「正直私も驚いている。父があんな強硬手段に出るとは思っていなかった。」

「あれが魔法社会の現実なのね。」

「父は特殊だと思うがね。」


カーライルはやらせない表情でため息を漏らしたのでドルイドは不思議そうに尋ねた。


「あなたは違うの?」

「…確かに吸血鬼の持つ脅威については私は警戒している。それが偏見や差別と同義だと言われてしまえば返す言葉は無いが…。」


それからカーライルは口を閉ざしたが、ドルイドは何とか言葉を返す。


「…あなたの言いたいことはわかるわ。だけど彼自身もその脅威と戦っているのよ。」

「わかっているよ。」


カーライルは気まずげに相槌をうった。ドルイドはひとつ息を吐いてから別の話題を切り出すことにした。


「それで、あちらでのことは全てうまくいったのね?」

「そうだ。あなたに報告しなければ。」


居住まいを正したカーライルは改めてあちらでの出来事を全てドルイドに話して聞かせた。

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