第5話 2月7日の出来事(2019/12/29改稿)
モレル氏はカバンから年季の入った手帳のようなものを取り出すと、これまでのことを3人に語って聞かせた。
「最初にその現象が起こったのは3年前のことなのです。2月7日の深夜1時です。
ええ間違いありません。
私は仕事上、その日のことを記録しておくんですよ。だから間違いありません。
ほらここに…このページです。
私は会場の様子を見て回っていたんです。
すると談笑していた一団が何かを見つけて騒ぎ始めたのです。私は彼らが見つめる方向に視線を向けました。それはワルツを踊る紳士淑女たちの中にいて、私もすぐに発見することができました。ある令嬢が他のペアたちと同じように、ですが1人で踊っていたのです。」
モレル氏はここでハンカチを出して、額の汗を拭く。
「演奏が終わると、その令嬢は何事もなかったように談笑の一団に戻ってきました。
そうするとそれを
いったいあなは誰と躍っていたのかと。
令嬢はわけがわからないというように困惑していました。令嬢は彼らからあなたは1人で踊っていたのだと言われ、自分はからかわれているのだと思ったようでした。
ですが周囲の者たちがみなそれを目撃していて、口々にそう言うものですから、令嬢はパニックになってしまい、真っ青な顔でその日はすぐにその舞踏会を後にしました。
幸いその時はまさか我が会館に問題があるなどということにはならず、その令嬢のおふざけか、お酒の飲みすぎだったのということになりました。ですが私は気になったのは、彼女の周囲で躍っていた方々は、彼女が1人で踊っているなどということに気づいてなかったのです。というより、彼女は1人ではなかったし、みなペアで踊っていたはずだと言うのです。その点において、私はこのご令嬢が嘘をついているのようには思えなかったのです。」
モレル氏は疲れたようにため息をついた。
「ですが、私も日々を忙しく生きている者でして、そんな出来事は落ち葉に埋もれる羽虫のごとく忘れ去られていきました。
ですがその時はやってきました。
あの出来事がはじめて起こった翌年のことです。私は記録を見返して驚きました。
その年も2月7日に起こったのです。
いよいよ面白がって書き立てる記者が出てきました。何とか名前は出されずにすみましたが、おそらくハットフォード氏が読まれたのはその当時出版された記事のうちのどれかでしょう。私は対策を練りました。
2月7日に舞踏会を開かなければよいのだと。そしてその翌年、つまり昨年のことですが、私は2月7日は休館日として会場を貸さないことにしたのです。」
「それで何か起こったのかしら?」
メアリは好奇心が抑えられず尋ねた。
「何も!」
モレル氏は明るい顔で答えた。
「それが何も起こらなかったのです。
用心してもう1日空けて2月9日から会場を貸すことにしましたが、その日も何も起こりませんでした!何か解決したとは思いませんでしたが、これでひとまず安心だと思いました。」
「ではどうして私を尋ねてこられたのかしら?」
この質問にモレル氏はたちまち元気をなくし、彼の身体が半分のサイズになってしまったのではないかと思う程、
「それが…2月7日は今年も休館にするつもりだったのですが、昨年の末に突然、いつもごひいきにして頂いている伯爵夫人からお声がかかりまして、夫人宅を訪ねますと、2月7日に舞踏会を開くためにマクシムを借りたいと仰せになられて…。」
「貸すことになったのね。」
メアリが最後の言葉を引きついだ。
しかし彼の判断は無理もなかった。
商売人が貴族の顧客の依頼を断ることなどできるはずもない。
「しかしそれは身の破滅も意味します。
あの方が主催される舞踏会で粗相が起これば、我がマクシムは立ち行かなくなります!どうか!どうか、この依頼を聞き届け、そしてどうか無事に舞踏会を終えられるように助けて頂きたい!」
モレル氏は丸い顔に鬼気迫る表情を浮かべ、ドルイドに懇願した。ドルイドはゆっくりと頷く。
「まずは会館を見せて頂きたいわ。」
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