第22話 幽霊紳士

モレル氏には異変がないことを伝えてから、2人はマクシムの巡回を続けてその時を待った。

そうして深夜1時を過ぎた頃、ついに例の紳士が現れたのだった。


「レイモンド、現れたわ。

見つけられるかしら。」


ドルイドの表情に緊張が走る。

レイモンドにもそれは伝播した。


「どうだろうね。

私は君ほどはっきりとは見えないからね。

それにしても速い。」


確かに速かった。物理的にはありえないスピードで動いていることから人間でないことがわかる。

残すところダンス曲目も2曲となったところで、その気配はホールの中を絶えず移動していることから考えると、おそらく今はパートナーを物色しているのだろう。

最後のワルツまでに何とか捕まえたい。

ドルイドは広げていた網を引き揚げるように、結界の輪を狭めていく。

こうして獲物をドルイドに近づけていくのだ。


「あなたは私を上から見ていて。

異常があれば降りてきてちょうだい。」

「何かあれば私の名を呟いてくれ。

すぐに現れる。」


ドルイドの返事を待つことなく彼は消えた。

そうしてドルイドは決然とした足取りでその気配の元へと歩いて行った。


人混みの中、多くの気配が入り混じる中で、ドルイドは集中してそのの気配だけを追いかけた。

感性の鋭い人間は、ドルイドがいくら気配消しのまじないをかけていても彼女に話しかけてくる。先程まではレイモンドがパートナーとしていい隠れ蓑になってくれていたが、今は違う。慌てた様子で女1人が歩いていれば、紳士ならば声をかけずにはいられないだろう。


「大丈夫ですか。何かお困りですか。」

「いえ…何も…。」


また1人、紳士がドルイドに声をかけてきた。

時間は無いが、舞踏会で粗相を起こせば目立つことになる。せめて一言だけでも断りを入れて去ろうと振り返ったところでドルイドは言葉を飲み込んだ。

声をかけてくれた男性は赤褐色の柔らかな髪の持ち主で、きれいに整えられた髭に柔和な笑みを湛えている。

ドルイドが彼に見入るようにたたずんでいると、彼は優しく言葉を返してくれた。


「これだけ美しい令嬢が何か思いつめたように1人で歩いていれば、声をかけないわけにはいきません。

しかし本当にもし何もないならば、あなたような魅力的なお嬢さんと躍れたらさぞ幸せだろうと思っていたところです。

私と次のワルツを踊って頂けますか。」


彼の魅力的に輝くアンバーの瞳に引き込まれ、ドルイドは思わず頷いていた。


「ええ、喜んで。」





「なるほど、あれが今回の獲物か。」


2階からドルイドを見守っていたレイモンドは、彼が近づいていたことに気づかなかった。レイモンドは隣に来たカーライルに一瞥いちべつをくれ、そばにエレクトラがいないことを確かめると再びドルイドに視線を戻した。

上流階級の人間に対して礼を欠いた行為だとは認識しているが今はそれどころではなかったのだ。

ただし余裕があっても礼節を示したかは疑問だが。

カーライルはレイモンドの反応など気にせず、言葉を続ける。


「それで、この後どうするつもりなんだい。」

「…彼女次第です。」

「そこには君の意思はないのかい。」


レイモンドは眉間に皺を寄せてカーライルに向き直った。状況を考えるとドルイドから目を離したくなかったが彼の言葉が聞き捨てならなかったのだ。


「何の話をしているんです。」

「もちろん、彼女についてだよ。

私はうつろな男に興味などないからね。」


カーライルはにやりと笑みを浮かべる。

虚ろな男とは例の幽霊のことだろう。

先程の明るい雰囲気とは違い、今は何か影のようなものを感じる。結局は彼も猫を被っていたということなのだろう。

彼も同類なのだと思うと気分が悪くなる。


「彼女は人をそばに置きたがりませんよ。」

「昔からそうだ。」


カーライルはワインを口に含むと、ある提案をしてきた。


「勝負といこうじゃないか。

誰が最後に彼女のそばに立つのか。

誰が彼女にふさわしいのか。」


レイモンドはこの言葉に苛立ちよりも戸惑いを感じた。


「どうして私なのですか?

私とあなたは今日あったばかりです。

あなたが私の何を知っているというのです?」

「君こそ先程から私をかたきを見るような目で見ているが、私の何を知っているというんだい?」


レイモンドは虚を突かれた様に押し黙った。

つまり時間など関係無いということだ。

すでに2人はお互いを敵と認識していて、そしてそれは正に事実なのだった。


「それに申し訳ないが、レイモンド君。

私は君のことをよく知っている。

君があの屋敷を訪れた時から。」


レイモンドはさっと色を無くし、何も言えなくなった。

カーライルはグラスをテーブルに置くと視線をホールに向けた。

レイモンドもつられるように視線をホールに戻すと、幸いにもドルイドはすぐに見つかった。彼女は赤毛の男に微笑みかけながら何かを話している。


「さてお手並み拝見だ。」


カーライルが楽し気な声をあげた。

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