第49話 列車の中で

カーライルは憮然と列車の席に深く座りこんでいた。というのも、目の前に意に沿わない人物が座っていたからだ。

彼はコンパートメント個室席には似つかわしくないいかにも労働者階級のいで立ちだったが、その振る舞いは誰よりも尊大だった。


「なんだよ、不機嫌そうな顔をして。

俺がロンドンに用があったらだめか?」


ゲイリーの言葉をカーライルは無視した。カーライルから言葉を引き出せないと踏んだゲイリーは話し相手を、カーライルの隣に座るアルバートこと、メイヨー男爵ゴードン・オブライエンに移した。


「こいつ、本当に不愛想で困りますよね。」


ゴードンはちらりとゲイリーに視線をくれただけで何も答えない。

彼はどうやらゲイリーを警戒しているらしかった。それも当然と言えた。晩餐の席では剽軽者ひょうきんものを演じているようで、要領よく立ち回っていたのだ。

ゲイリーの一挙手一投足に何か意図があると考えても仕方がない。だがゲイリーは2人に邪険に扱われてもめげる様子はなかった。


「あ!俺を下層の人間だからと侮ってますね!いやだなぁ、お互い苦労人なのに、そんな考え方じゃ人民を導くなんてできませんよ!」


この言葉は聞き捨てならなかったのか、ゴードンはようやく口を開いた。


「問題は階級じゃない。お前の胡散臭さが耐えられないのだ。」


凄みのきいた低い声音にも、ゲイリーはひるむことなく絡んでいく。


「それはひどい!

言っちゃあなんですが、よっぽどあなたの方が悪人ですからね!

なんてたって人を呪い殺そうとしていたわけですから!

そんな犠牲の上に立った、”お国開放”にいったい何の価値があるんです?」

「ゲイリー!」


さすがにまずいと思ったカーライルがゲイリーを諫めるが、もう遅かった。

ゴードンは顔を真っ赤にして、自身の魔力を増大させる。


「お前に何がわかる!

我々がどれほどの辛酸をなめてきたか!

知りもしないでよくもそんなことを…!!」

「メイヨー卿!

どうか抑えて…!

ここで争うのは賢明ではありません!

ゲイリー!謝罪するんだ!!」


カーライルは必死でゴードンを止めにかかりながら、ゲイリーを鋭く睨んだ。こんなところで必要のない労力を割かなければならないことにカーライル自身も怒りが込みあげてくる。彼が謝らないならば、一発殴っても構わないと思った。

ゲイリーもやっとカーライルの怒りを察して、慌てて謝罪の言葉を口にした。


「申し訳ありません、メイヨー卿!

育ちが悪いもんで学もなくて、浅はかな発言でした!」


ゲイリーは平身低頭謝ったが、身を翻したような謝罪に果たしてゴードンが納得したかは怪しい。だが一応は謝罪をしたことにより、ゴードンも一旦は引き下がざるを得ないと思ったのか怒りの魔力を収めた。


「外の空気を吸ってくる。」


そういっておもむろに立ち上がり、ゴードンは扉を開けて部屋を出て行った。

カーライルは扉が閉まると同時に、ゲイリーを睨んだ。


「ゲイリー、わざと卿を怒らせたな?」

「何のことだ?」


ゲイリーは軽く肩をすくめる。その態度のますます腹が立った。


「一発殴らせろ。それか、そこの扉からお前を落としてもいい。

お前がいるとうまくいくものもうまくいかない。」


口調も荒くなったカーライルに本気の怒りを感じ取り、ゲイリーはやっと本気で慌てはじめた。


「ちょっと待てって!

これには訳があるんだ!

卿の前では、渡せないからよ!

ペルソンヌから預かってるものがあったんだ!」


カーライルが信じる気がないと悟るとゲイリーは急いでカバンの中を漁り始めた。


「すぐに見せてやるから!

ほら!これだよ!

こいつをお前に渡せってよ!」


ゲイリーはカバンの中から取り出したものを見てカーライルは瞠目した。それはカーライルが燃やしたはずのリプリースクロールだったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る