第9話 窓辺の語らい(2019/12/29改稿)

 その日は調べ物で時間を費やしてしまった。

作業を始めてからしばらくしてモレル氏は仕事のため階下に降りて行ったが、2人は夕方まで資料や記録を確認する作業に没頭した。だが結局ドルイドたちが目を止めるような記事や出来事は見つからなかった。死亡記事も念のため確認したが2月7日にこの周辺で亡くなった貴族男性はいなかった。


夜になるとドルイドとメアリはモレル氏の邸宅に呼ばれ、夕食と宿を頂くことになった。モレル氏の屋敷は老舗社交会館を経営しているだけあってなかなか立派な住まいで、2月7日の舞踏会を無事終えるまでここに滞在することになる。

モレル氏の奥方が2人を温かく出迎えてくれ、すぐに夕食をあがることになった。モレル夫人は全ての事情を知っていて魔女2人を丁寧にもてなしてくれた。商売人の妻なだけあってなかなか気さくでユーモアがあり、メアリともすぐに意気投合したようで2人は始終場を沸かせていた。ドルイドはそれに合図地を打つだけでよかった。


「あまり歓迎される形ではありませんが、とお知り合いになれるなんて、人生何があるかわかりませんわね。私興奮が抑えられませんわ。そういったものは、おとぎ話とばかり思っていましたのよ。」

「でも私はこの仕事としては足を引っ張ってばかりで大したことはできませんのよ。

全ては妹の才能ですの。」

「まぁ謙遜なすって。

あなた方はいいチームなのですよ。

見ていればわかります。

商売というものはね、決して1人の力では

できないものなのですよ。」


チームという言葉でまだ戻らない彼について夫人は思い出したようだ。


「助手の方が心配ですわね。

一応この家の場所はわかってはいるのだろうけれど、使用人には伝えておきますわね。

いつ戻ってきても彼らが対応してくれますわ。」

「お気遣い感謝します。けれど大丈夫ですわ。彼はロンドンに住まいがありますの。ですから遅くなればそちらの方に戻りますわ。」


ドルイドの言葉に夫人も安心したようだった。だがドルイドは本当に彼が自分の屋敷に戻るとは思っていなかった。彼は仕事が終われば必ずここに戻ってくるだろう。

問題はそれがいつかわからないことだった。

夕食後、ドルイドとメアリは2階の客室に案内され、何不自由なく過ごすことができた。2人は就寝着に着替えしばらくは、メアリはベッドでくつろぎ、ドルイドは窓際に腰かけロンドンの街並みを眺めていたが、就寝時間になってメアリがドルイドに声をかけた。一向にベッドに入ってこようとしない妹にしびれを切らしたらしい。


「彼は彼の仕事をしているのよ。

私たちも明日があるんだから休んでおかないと。」


そう言ってメアリは自分の傍のマットレスを叩いたが、ドルイドは一切動こうとしない。メアリはーつ溜息をついてどうしたものかと考えたが、そういえばと思いついた質問を口にした。


「ブロムトン子爵の依頼っていつのことなの?」


ドルイドは窓を眺めていたが、そっと口を開いた。


「…7年前かしら。」


ドルイドが答えてくれたことに驚いたが、それに勇気づけられてメアリはこっそり笑みを浮かべた。ガウンを胸元に手繰り寄せるとベッドから下りて窓際にいる彼女のそばにより向かいに腰を下ろした。


「子爵は自身で彼を探されなかったの?」

「カーライルは才能豊かな人物よ。彼の姿くらましを暴くのは至難の業なの。」

「だけどあなたは見つけたのね。」


ドルイドはふとこちらを視線を向けた。


「私は人探しが得意なのよ。」


それは初耳だとメアリは思った。だが思い返せば昔から彼女は家族の失せものをよく見つけていた。それに姉妹でかくれんぼなどをしても彼女とはゲームにならなかったことを思い出した。


「私はまずはこの特技を生かして開業することにしたのよ。子爵からの依頼はこの仕事が軌道にのりはじめた頃に頂いたものだったわ。

由緒ある一族だからこそ親族の醜聞を恐れて、地位のない半人前の若い魔女に依頼することにしたんだと思うわ。とにかく私にとって初めての大きな仕事だった。」


ドルイドはまた視線を窓の外に戻した。


「彼は一族のしがらみに嫌気がさしていて、それから逃げていたの。彼を見つけるのは容易かったけれど彼を子爵の元に連れて帰るのは大変だったわ。」

「どうやって連れて帰ったの?」


ドルイドはすぐには答えなかった。しばらくの沈黙が下り、メアリは膝を抱えて壁に身体を預けるドルイドを眺めた。

彼女の周りの空気は静謐で、そしてはかなげな姿に一抹の不安を覚える。

彼女はいったい何を糧に生きているのだろうか。何を目的として日々を過ごしているのか。それを知るためにメアリは彼女の元に来たのではないだろうか。

そんなことを考えているとドルイドがやっと口を開いた。


「昔話をしたのよ。」

「あなたの…?」

「ええ…でもすべてではないわ。

だけどカーライルは彼自身と私に何か共通点を見出したようだった。

それから彼は何を考えたかわからないけど、私と一緒に父親の元に戻ることを決めたのよ。」


ドルイドは少女の頃に一族の保護を捨て自活を始めた。

カーライルはそんなドルイドの姿を見て何かしら考えるところがあったのだろうか。メアリはそう推論立ててドルイドに尋ねた。


「あなたは2人の再会を見て家族が恋しくならなかったの?」


ドルイドはこちらも見ずに答えた。


「私には帰る家はないわ。」

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