第40話 秘密の地下室 【ウェザークローハウス】

ドルイドは必死で考えた。

今何をしなければならないのか。


目の前のエレクトラ、遠く離れたカーライル、そして去りゆくレイモンド。

ドルイドは全てに手を伸ばしながら、判断を下した。


「……姉さんはジェイクを呼んできて。

それから、エイミを眠らせて。

彼女にこのことを知られてはならないわ。」


エイミに知られればいずれ村人に知られることになる。メアリーは間髪入れずに頷いて、脱兎のごとく部屋を飛び出していった。

ドルイドは再び、の呼び出しを試みたが、なしのつぶてだ。そうこうしているうちにバタバタと足音が近づき、ジェイクが血相を変えて部屋に入って来た。ドルイドはすぐに彼に指示を出す。


「ジェイク、彼女を地下室に運ぶわ。

手伝ってちょうだい。」


ジェイクはすぐに彼女の身体に手を差し入れる。だが男性とはいえ、高齢の彼1人で抱えさせるわけいはいかない。

ドルイドとジェイク2人がかりで彼女を運んだ。1階に辿り着くと、ドルイドはメアリーがいないことを確認して食糧部屋へと入る。ジェイクにエレクトラを任せるとドルイドは急いで作業台を動かし、床の粗末な絨毯をどけた。ドルイドが床の切込みに手をかけると軽々とハッチが開いた。

ジェイクとドルイドしか知らない秘密の部屋だ。

先にドルイドが入り込み、エレクトラを受け取るため手を伸ばすとジェイクも一緒に降りようとしたのでドルイドは押しとどめた。


「ここからは私がやるわ。

あなたは私たちが入ったら、絨毯と台を元に戻して。

メアリーが気づく前によ。血も拭き取ってちょうだい。いいわね。」

「おひとりで大丈夫ですか。」


ジェイクはドルイドの身を案じて尋ねる。

ドルイドは彼の目をしっかりと見て安心させるように答えた。


「大丈夫よ。」


そうして急いで扉を閉めた。

ジェイクが絨毯を引きずる音が聞こえると漏れ入っていた蝋燭の光もなくなった。あるのはドルイドとエレクトラの息遣い、そして彼女の血の匂いだけだ。


「グウェンダル、蝋燭に火をつけてくれるかしら。」


すると地下室の石壁のくぼみに置かれた燭台に火がともった。


「ありがとう。」


そう言ってドルイドはなんとかエレクトラの身体を抱え、階段を降りていこうと一歩足を踏み出したところで、体が軽くなった。


「私が運ぼう。」


低い声が耳元で囁かれ、ドルイドは驚きで一瞬身を固くしたが、すぐに燭台を掴んでかざすと、一歩先を降りていく男の背中が照らされた。

男はエレクトラを横抱きにして降りていくが、ドルイドが動かないことに気づくと彼女を振り仰いだ。蝋燭の光に照らされた彼の瞳は金色に光り、そして彼女を咎めるように細められた。


「急がなければ、彼女が死ぬぞ。」

「今まで何をしていたの。」


何度呼んでもは現れなかった。何かが起こっていたことは明白だ。だがドルイドの鋭い声にも動じず、彼は何も答えないまま踵を返した。ドルイドは追求しようとして止めた。今はそれどころではない。エレクトラを救うことが先決なのだ。ドルイドは蝋燭を掲げてスカートのすそをたくし上げると急いで階段を降りた。


ドルイドが階段を降り切ると、すでに3つある扉のうち真ん中の扉が開かれていた。ドルイドが急いで中に入ると、男は部屋の中央にある石造りの寝台にエレクトラを寝かせていた。手慣れたように彼女の四肢を、寝台に備え付けられていた手錠で繋いでいく。

白のナイトガウンを血で汚し、青い顔で横たわる彼女はさながら生贄のようだが、それも間違いではないのかもしれない。


ドルイドは急いで場を清め、魔法陣を整えていく。いつもならもっと念入りに準備をするのだが、今日はそんな猶予はなかった。


準備が整ったことを確認すると、ドルイドは深く息を吸って瞑想に入り、整理のつかない頭を落ち着かせていく。集中力を高めなければこの術は必ず失敗するからだ。今は特に頭の中の声がうるさすぎた。


ドルイドはゆっくりと呼吸を繰り返しながら

頭に浮かんでは消える疑念をひとつひとつ無に返していくことにした。


カーライルは巻物を手に入れたのか。


ブロムトン子爵を呪った犯人は見つかったのか。


メアリーは無事エイミを眠らせたのか。


横に立つこの男は今までどこで何をしていたのか。


あの猫が意味するものは何なのか。


———どうしてレイモンドがエレクトラを訪ねたのか。



ドルイドがゆっくりと目蓋を開けると、すべての疑問がを潜め、静まり、そして心が凪いでいた。

ドルイドはエレクトラの額に手をかざし、彼女を深い眠りに誘うと、魔法陣に魔力を流し始める。


 この女の力の源を私の前に晒せ


すると彼女の体から淡い光が立ち上り、胸のあたりで形を成した。

脈打つ光の塊は心臓のようで、拍動と光の明暗が同じリズムを刻み、ドルイドと男の肌を柔らかく明滅の光で照らす。

魔力の心臓は幾重もの血管のようなもので覆われ、全身の各所へと繋がっていた。

今からこれらを全て断ち切っていくのだ。


「魔力の流れを緩めて。」


男は視界の端で頷くと、エレクトラに手をかざした。すると不思議なことに魔力の流れが鈍くなっていく。これが彼の力のひとつだった。ドルイドはこうやって、彼の力を借りて望まぬ力を持ってしまった者たちを救ってきたのだ。新月の闇に乗じて彼らを探し、魔力の心臓を頂いてきた。

今日もそれを実行するまでだ。

ドルイドは脈打つ魔力の塊に、手を伸ばしたのだった。

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