第4話 ロンドンへ
馬車の中は気まずい空気が漂っていた。
メアリがそう思っていればの話だが。
ドルイドはもともとの冷たい雰囲気に加えて、苛立ちを滲ませていた。
その原因はメアリにある。
ドルイドがしばらくウェザークローハウスを離れることを彼女に告げると
自分もついて行くと言って譲らなかったのだ。
しかも自分の馬車でついて行くという。
ドルイドはなんとか姉を屋敷に留まらせようと説得にかかったが
残念なことにモーリス夫妻がこの会話を聞いており
お姉さまにもぜひ協力いただければ嬉しいということや
自分たちの馬車は4人が乗るには窮屈すぎるということを言い出した。
つまり夫婦はドルイドと3人で長時間馬車の中にいる自信がないのだ。
相手は魔女ときていて下手な会話をすれば呪われるとでも思っているのかもしれない。
結局、夫妻の希望もあってドルイドはメアリの馬車で移動することになった。
こんな扱いは慣れっこだし、ドルイドも夫妻の話を聞いてもちっとも嫌な気分にはならなかったが何よりも許せなかったのは自分の計画に割り込んでくるメアリの存在だった。
ドルイドが許せなかったのはそれだけではない。
御者が馬の準備をする間にメアリは夫妻と打ち解けてしまい、家のプライベートなことまで話し出したのだ。
まずモーリス夫人が話しかけた。
待ち時間のこの重苦しい空気をどうにか変えようと、元来の社交性を奮い立たせて口を開いたに違いない。
「お二人はよく似ていらっしゃいますわね。
それにとても美人でいらっしゃるわ。」
「まぁありがとうございます。
奥様もとても素敵な方だと思っていましたの。
お嬢様もさぞ美しいのでしょうね。
こんなことになってしまいとても残念ですが、私も尽力いたしますわ。」
夫人はありがとうございます、と言葉を返しながら
ほっと胸をなでおろしたのがドルイドにも見えた。
メアリの方は一般的な会話ができると判断したようだ。
「ではメアリーさんも魔女でいらっしゃいますの…?」
「一応…。
でも私は薬草だとか、おまじないだとか不得意であまりうまくいきませんの。
それにひきかえ妹はとても優秀で昔から私とは比べ物になりませんでしたわ。
こうして立派に人助けをしているわけですもの。
私としても嬉しい限りでとても誇りに思っていますわ。」
姉からの思わぬ賛辞に驚かぬわけにはいかなかったが、それよりもあまりにメアリが気軽に内情をしゃべりだすので気が気でない。
「魔女にもいろいろありますのね。」
「もちろんです。
レディーに生まれたからと言って皆、フランス語やピアノが上手とは限らないでしょう?
魔女も同じことですわ。」
ここまで黙って聞いていたモーリス氏もむくむくと沸き起こる好奇心を押さえられずに口を開いた。
「魔女の教育というのはどこで行われるのですか?」
「家庭ですわ。」
「では専門の教師がいるのですか?
例えば我々の
「
思い出したわ、ドリー。聞いてちょうだい。
覚えてるかしら?ミス・ルーのこと。
本当に嫌な女だったわね。
あなたもそう思っていたでしょう。
だからね、今から胸のすく話をしてあげるわね。
実はね、私、彼女に呪いを送り付けてやめさせてやったのよ。
あとでお母さまにこっぴどく叱られてしまったけれど。
これもずっとあなたに報告したかったことなのよ。
やっと話せて嬉しいわ!」
メアリがそう話したところで、モーリス夫妻は表情を凍てつかせ黙り込んでしまった。
メアリはころころと笑いながら会話を続けようとしたが、ジェイクが馬車の準備が整ったと知らせにきた。
夫妻にとってはジェイクは救世主だったに違いない。
そして内心、別々の馬車にしたことを喜んだだろう。
「ちょっと馬のことは心配だけど、少しは休めたもの。大丈夫でしょう。」
メアリの呑気な発言はますますドルイドをイライラさせる。
ドルイドはメアリの言葉に返事をする気などなかったが、メアリは気にしている風でもなく1人でしゃべり続けた。
「あなたがどうやって生活をしているのか心配していたけど、こうして生計をたてていたのね。
私も一緒に暮らすんですもの。少しは役に立たないとね。」
ドルイドは窓から視線をはなしメアリを見た。
「これのどこが役に立っているというの?」
ドルイドは今日彼女が来てから我慢していた苛立ちがついに限界に達した。
「姉さんは私の生活をかき乱しているだけ。
一族から何を言われて来たのかしらないけれど、私とあなたたちとはもう何の関係も無いの。
今さら何をしたって無駄なのよ。
わかったらこの仕事が片付いたらレディングへ帰ってちょうだい。」
そう言うとドルイドは再び窓に視線を戻したが、その瞬間にメアリのショックを受けた表情が視界に入ってしまった。
ドルイドは気にしないようにして窓の外に広がる景色に意識を集中させた。
メアリが自分も同伴し自分の馬車で行くと言い出した時、村をともに出るついでに帰ってくれないかとも言ったが彼女は拒否した。
それを思い出すとまた苛立ちが募る。
ドルイドは久しく感じていなかったこの不快な感情をなんとかコントロールしようとした。
どうしてこのようなことになったのか、ドルイド自身にもわからなかった。
ただ昨日までの生活から何もかもが変わってしまったことだけはわかっていた。
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